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屑ノ街

挿絵(By みてみん)


 神経を逆なでするサイレンの音が鳴り響いている。

 ネットリ身体にまとわりつくような熱気に俺は身体を攀じる。そんな暑さに外から責められて、体温もみるみる上昇していく。

 息を吸うが入ってくる空気が体温より暑いので身体を冷してくれない。ベタつく汗が身体を覆い濡らしていくが、それも体温を下げるのではなく不快さを増すだけ。暑さというより息苦しさで目を開ける。

 時計を見ると朝の二時。しかし近所はやたら五月蝿い。

 窓を開けると何とも嫌な匂いが漂ってくる。少し離れた場所を見ると妙に赤く明るくなっている場所があった。

 近所の家が燃えているようだ。大通りを挟んでいるし、距離もそれなりにありそうなのでここまで火が伸びてくることはないだろうとぼんやりと考える。俺は炎によって赤く染まる空を虚ろな感情で眺め続けた。


 今年の春から二浪となった。それまでもそうだったが、周りが益々煩くなりそうなので、都内の予備校に通う為という理由で家を飛び出した。しかし俺は相変わらず周囲からの騒音に悩まされている。

 関東にあるとはいえ田舎臭い場所にある実家は、良い意味でも悪い意味でも近所付き合いが密。

 俺の学校の成績、俺が片思いしている女性、俺がどの大学を狙って落ちたのか? みんな知っていて、それらの触れてほしくない事を無遠慮に話題にしてくるのだ。

「おい、浩史(ヒロシ)! 今のような状態だと奈緒美ちゃんに振り向いてもらえないぞ!」 

「勉強出来る事だけが得意な佐藤(サトウ)なのに、大学にも受からないなんてビックリだよな」

 田舎者特有の愚鈍でデリカシーもない奴らが、馴れ馴れしくそういった品のない弄りをして馬鹿みたいに笑う。

 そんな周囲に耐えきれず飛び出した。

 ここは上野まで乗り換えなしの一本で行けるものの、飲み屋街とホテル街に挟まれた所にある下宿はハッキリいって最低だった。

 【裏野ハイツ】というセンスもないネーミングから分かるように、昭和の香りが漂う木造のボロアパート。

 バストイレ付きの1LDK。ベランダ有りとされているが、室外機置いたらそれでいっぱいという感じ。四万九千円という家賃の安さも納得の物件である。


 俺の部屋は二階の角部屋で一室だけ別の外階段で入る構造の為、他の住民との接触も少なく独立した空間を満喫出来そうだと思っていたのだが、それも甘かった。

 東京だけに誰も表札をつけていないから、互いに名前も知らないし、顔を合せたら簡単な挨拶して頭下げる程度の付き合い。

 そこは俺としても有り難いのだが、アパート自体が安普請な為、他の部屋の生活音がダダ漏れなのだ。

 隣のトイレの音、風呂の音はまる聞こえ、押入れを開けると隣の部屋の灯りが漏れている場所がある。

 下の部屋からは夫婦喧嘩の声が響き、隣の部屋からはブツブツという独り言が聞こえる。

 プライベート空間にも他人の気配が嫌をなしに入り込んでくる。下手に揉めるのも嫌なので耐えて我慢をしている。

 七十過ぎの婆さん、草臥れたサラリーマン風と無職風のおっさん、貧乏臭い夫婦、顔も見たことのない謎の隣の住民。

 俺とは違い良い年をした人がこんなアパートで暮らしているなんて、どう考えても終わっている。まさに負け組人生のドツボに嵌っている奴ら。

 そんな奴らと必要以上に関わりにもなりたくなかった。しかし負け犬な世界はアパートだけでなかった。

 アパート周辺にいるのも五時過ぎから酒飲んでクダ巻いていたり、明らかに怪しい爛れた関係に見える二人がホテルへと入っていったりしているのを見える。

 顔を思わず顰めるしかなかった。この街は屑な奴らのたまり場である。そんな所で生活をしていると苛立ちは募る一方。しかも季節はさらに不快な夏へと突入していく。

 安物のクーラーのせいなのか、アパートの構造の問題なのか、涼しく快適な室温なんてなることはない。

 食欲も無くなり日に日に体力が落ちグッタリしていく自分を感じる。

 屑のような人達の出す呼気と、クーラーの室外機の出すムワッとした排気の中にいると、俺までが腐っていきそうで恐怖すら感じる。そこで予備校での講義と自習室で一日の殆どを勉強に費やし、部屋には寝に帰るというだけの生活を続けていた。

 しかも最近は暑さ以外にも俺の貴重な睡眠を削る事が起こっている。近所で不審火が多発しているのだ。

 最初はバイクとか車とか物置とかが狙われていたがとうとう民家にまでその魔の手は及んだようだ。しかしその事に恐怖や嫌悪感などで心を激しく動かす程の気力もない。

 精神的にも体力的にも疲労困憊。しかし寝る事も出来ず消防員によってだんだん小さくなっていく赤い光をベランダからぼんやりと見つめていた。

 朝焼けが空を染めていくのを見てから布団に戻った。

 アパートの住民は皆不安げに窓を開け外の様子を見ていたが、隣のヤツは気にもならないのか窓も閉まったままだった。そんな神経の太さが俺には羨ましい。俺は溜息をつき窓を閉めた。


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