魔王くんVS勇者ちゃん
妄想が溢れて書いてしまいました。すいません。反省はしてません。
「そ、側室!?」
夕食時のテーブルを叩きながら立ち上がる女は元勇者であり我が妻、アオイ。最近新しく勇者が召喚されたらしくもし強者だったら娶る可能性があると話したところ、なぜかこのように翻弄し始めたのである。
「い、いや、でもこの国じゃああたしの許可なしじゃあそういうのできないんじゃあ……」
「それは妻が夫より強いの場合だぞ?お前はすでに私を討伐しに来たときに敗れているではないか。」
「で、でもあたしのこと強いから我の妻になれって……」
「ああ。強者は強者同士子を得ることで種族の存続を永らえるからな。」
我を育てた乳母である狼族のばあやに教わった我が重宝している数々の教訓の一つである。なぜ子を得るのに強者が二人必要かは未だに理解できないが。
「そ、そんな……」
呆然としながら夕食を終えずに部屋を去った彼女は、そのまま数日部屋に塞ぎこんだ。
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彼女に再びあったのは私が宰相にアオイが作った将棋盤で王手を打っていたところだった。
「……ねぇ、ヴァルド。あたしがあんたに勝てば側室の決定権はあたしに移るんだよね?」
長い間寝ていないのか彼女の目の下に隈が来ていて、髪の毛もところどころやつれている。
「そうだ。だがどうやって私を倒すつもりだ?今のところ強いどころか弱っているようにみえるぞ。」
「あたしあれから思ったんだけど、別に戦闘力であんたに勝つ必要はないんだよね?」
「……そうだな。」
確かに言われてみれば、ばあやはなんの分野での強者なのかは指定していなかったな……
「というわけで、そうねぇ……まずはそこの将棋で勝負よ。」
「ふむ……わかった。その申し出、受けて立とう。」
結果から言うと彼女は負けた。当たり前だ、たとえ自分の故郷の遊戯をもとにしたものとはいえ我とて一国を率いる者。勉学や策略でそこら辺のやつに負けるつもりはない。
だがさすが勇者として召喚されただけのことはあり、彼女は何度も違う分野を見つけては我に勝負を挑んだ。知識テスト、物づくり、歌などと敗北の連続が続く中、彼女はとある「分野」にたどり着いた。
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「……何をやっているのだ、お前は?」
睡眠中に我が寝室に忍び込んで暗殺でもするのかと思いきや、何故か我に跨がって我の服を脱がし始めたではないか。
「夜這いだけど。」
「……夜這いとはどういう意味だ?」
「いや、そりゃあ子作りだよ、もう。言わせないでよ。」
「……子とは作れるものなのか?」
「え?」
「ん?」
ばあやの断片的な話では子に関する情報はまだ謎に満ちていて学者たちの努力で解明中だと思っていたのだが。数ある説の中で我が個人的に気に入っているのは渡り鳥が朝市に赤ん坊を連れてくる説だな、うむ。
そんな話をすると何故か彼女は頭を抱えて唸りだした。悩むのはいいがいい加減服を元に戻してくれないだろうか?この季節は少々肌寒い。
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次の日、アオイが宰相に昨晩のことを話すと何故か彼は我を見て唖然としていた。どうやら話しによると我の教育に致命的な欠乏があったらしい。そして我の幼馴染である宰相に教育を任せたいと。
……な、なんと、アレには排泄以外の機能があったのか!?なんということだ……異世界に魔法がないとアオイに聞いたときと同じくらいの衝撃だ……む、アオイ、なぜそこで叩くのだ。
兎に角、彼女は方針を少し変えながらも「れんあい」という分野とやらで我に勝負を挑むつもりらしい。
『あんたの心はあたしがもらうよ!』
そういったアオイは手始めに我と「でーと」というものを実行しに城下町に行った。妙だな、最近ばあやが避けていた単語が次々と出てきている気がするが……偶然か?丸一日かかったがわかったことは一つ。
でーとは恐ろしい。
服屋に行ってアオイが服選んだり我に意見を求めてきたりしたのだがこれには正しい返答や正しくない返答があり……思い出すだけで頭痛がする。武器を向けられているわけではないのに何故か我の危機察知能力が悲鳴を上げるのだ。
街を歩くときは手を繋げという。やってみると鼓動が少し早まったり国民の生暖かい視線に耐えられなかったり。確か悪魔召喚儀式の中に手をつなぐ必要があったものがある気が……まさか我の精神耐性を無視することができる攻撃なのか!?
やはりでーとは恐ろしい。
しかも彼女はこれを定期的にやれという。やり返す方法が全く思いつかんし、防御する手段も見当がつかん。宰相も毎回満面の笑みで手を振りながら送り出すし。裏切ったな、貴様。
完全に油断していた。まだ余裕があった内に彼女を捻り潰すべきだったのだ。おかげで全く未知の戦場に引きずり出されてしまった。だがこれで今日の試練は終わる。魔王城にたどりついたとき、我はそう思ったのだが――
「今日はありがとうね、ヴァルド。」
その言葉の直後に頬に感じる彼女の唇。
「な、なんだ今のはっ!?」
「フフフ……不意打ち成功。」
クソッ、また油断した!何をやっているのだ我は、最後まで気を抜かないのは戦場の常識ではないか!
我は翻弄されたまま一日を終えたのだった。
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「魔王様!国境で勇者の目撃情報が!!」
「えっ!?」
「そうか。」
我とアオイの勝負が始まってから二年後。彼女はまだ勝利宣言を上げていない。我は充分敗北といえるほどの攻撃を受けたと思うのだが、彼女曰く決着はまだついていないらしい。
ついでに宰相が勇者が近くに来ているとか言っているようだが、そんなことなどアオイとの勝負に比べれば些細なことだ。
ちなみに今は庭園でアオイが作ったベントウと言う箱詰めの昼食を食べている。クッ、アオイめ、また腕をあげよったな……最近やっとこの種の攻撃に耐性ができたと思い始めていたのに。
「宰相さん、性別は?勇者の性別は!?」
「きょ、距離や勇者の移動速度のせいで判別しづらかったらしいです……」
「う、うぅぅ……いつぐらい来ると思う?」
「速度が変わらない限り明日でもおかしくないかと」
「……今夜が勝負かな」
「やっちまってください、魔妃様。」
その時の我はベントウに気を取られていたせいで背後で行われていた大変不穏な会話の意味に気づかずにいたのだった。
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どうしてこうなった。
我は少し懐かしい光景に対面していた。正確に言うと、二年前と同じようにアオイが寝台にいる我の上に跨っている。
「これは……まさか……」
「うん。決着付けに来た。」
「な、なぜだ……なぜ今になって」
「明日来る勇者が女だったら……そしてあたしより強かったら……側妃か……正妃にするんでしょ?」
「…………」
不思議なことに、昔なら即答できたはずの質問に今は答えないでいる。どういうことだ?強者なら嫁にすると、それだけの回答ではないか。なぜ我は躊躇う?
「そうならない可能性もあるけど、あたしはそれに賭けたくはない。あたしは、違う賭けに出る。この決着に。」
彼女の両手が我の頬に添えられる。
どういうつもりだ。なんの体制だこれは。
「だから……あんたの心、もらうよ。」
まて、なぜ顔を近づける。ハッ!まさか、まさか……これが「れんあい」の最終奥義なのか!?考えろ、まだ逆転はできるはずだ!何かこの状況を覆して勝利を勝ち取る方法があるはず……ん?
そういえば、この勝負での我の勝利条件はなんなのだ?
今更ではないか我ぇーーーー!!二年立って漸く勝利条件がなんなのか分からないことに気づくなど何をやっているのだ!?
余程慌てていたのか思考の渦に巻き込まれること数瞬。彼女との唇が重なり、舌が絡まれたところで……我の理性が崩壊した。
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「ムフフーー」
翌朝。我らはその……いろいろあった夜を終えて謁見の間にいた。何故かアオイは玉座に鎮座する我の膝の上に座り、ニヤニヤしながら我の頬をつついている。ジト目で見ても返ってくるのは指での頬付き。
「決着」とやらには勝った……と思うのだが。この分野に疎い我でも学習し始めたのか、分かる。「れんあい」の勝負では我の完全敗北だと。勝負に勝って戦に負ける、だな。
「ヴァ〜ルド〜〜♡」
今度は我の唇を指でなぞり始めた。
一体何があったのだ、アオイよ……あ、いや、あったな。文章にしづらいものが。
だが、そうか……
『あんたの心、もらうよ。』
うむ。今の我ならわかるぞ、あの意味を。つまり……
彼女は我の心臓を人質に取ったのだ!
なんという下劣な行為。いつの間にか魔妃としての素質に目覚めていたらしい。あの手を繋ぐ悪魔召喚儀式も我の心臓を抜き取るための前座だったのだろう。これであの脈動の不安定さに説明がつく。
だがなぜ勇者が来る前に儀式を完成させる必要があった?……まさか……他の勇者もこの闇魔法が使えるのか!?なるほど、あの下劣王国が召喚する勇者ならそれくらい邪悪な魔法が使えても不思議ではないな。
ということはアオイは我にその魔法が使われないために先に……?優秀な妻を持ったな。さすがアオイだ。
「ちょっと味見〜」
なっ!?まてアオイ、まだ我は回復していな――
「お前が魔王か!?」
ちょうどその瞬間に謁見の間の扉が蹴り開かれ、勇者が突入してきた。
もともと勇者が城に攻めてきた報告を受けたから国民を避難させて玉座で待機していたのだが……タイミングがひどいな。
「俺は勇者タケル!!お前を倒すために異世界から召喚……された……」
勢い良く名乗りを上げ始めたのだが、謁見の間には玉座で深い口付けをアオイに交わされている我だけ。彼女は背を向いているからか眼中にないだけだからなのか口づけを解除する気配はない。我は今口付けをされながらも目を見開いて戸惑いの視線を彷徨わせるという芸当を成し遂げている。
対して勇者は聖剣を掲げていた腕を落とし、目が虚ろになっている。
「……帰ろ。」
彼は短い言葉を漏らし、踵を返してそのまま謁見の間をあとにした。
何やら去り際に俯きながら色々呟いていたが、「リアジュウ」とはなんだろうか?
こうして我は知らずに歴代魔王の中で勇者撃退の最速記録を達成したのだった。