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魔王が嫁になりました  作者: 明日今日
第二章 焦慮
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(3)

 良平達は病院の敷地を出た途端、扉守市を徘徊している魔物に襲われた。

 最初に襲ってきたガーゴイルと比べれば、信じられないほど、弱い魔物達を倒しながら、床ノ座森林公園の目と鼻の先までやってきた。

 魔王曰く、「我がいるのに苦戦する方がおかしい」と。

 各所で道が寸断されている為にここまでくるのに一時間以上かかっている。そんな街中を魔王は散乱する瓦礫の山を苦もなく歩き、生き生きとしていた。

 封印されていたせいなのか、現代の物が珍しいのだろうか。魔王は警戒の片手間に童女のように目を輝かせていた。

 嬉しくてしょうがない――そんな風にも見える。

 良平達は山からの降りてくる冷たい風が吹く中、道路の街路樹や遮蔽物の陰に隠れて、床ノ座森林公園の内部を窺う。

「あの紫藤と言う娘、余程、ろくでもないクジを引いたようだな。或いは……」

 突然、魔王の瞳孔を細め、険しい表情になる。

「どうして、そこで紫藤の名前が――」

 魔王は手で良平の口を押さえ、言葉を遮る。恐らく、危険の前兆を感じ取ったのだろう。

 希と宗一郎もそれを察したのか押し黙る。

 良平が魔王の視線の先を辿ると、公園の中央に、夢か、幻か分からない中で見た男に似ているような気がした。

 その男は妙に艶っぽく黒髪をオールバックにし、烏帽子を被り、白い狩衣……所謂、テレビドラマなどで陰陽師を連想させる服を着て、周囲を魔物達に囲まれながらも平然としていた。

 魔物達はガーゴイルを除き、まるで魔物の見本市の如く、レパートリーが揃っていた。

 まるで、映画の一シーンかと見間違えるような既視感に縛られる。

 何故か、酷く気持ちが悪い。天敵と対峙したそんな感覚に囚われた。それはこの男の存在が容認できないことに他ならない。

 良平がもう少し距離を詰めようと歩きだすが、魔王は左腕で進路を遮り、ジャンパーの胸元を掴む。

「この場から先には進むな。あれの放つ力は我にとって最悪の相性だ。その上、力をそがれると言うのは魔族に堪える以上に屈辱だ」

 あからさまに敵意、いや、殺意と呼べる意志らしきものが魔王の声に含まれていた。

「加勢しないんですか?」

 すぐ隣にいた宗一郎が小声で聞く。

「聞いておらなんだか? あやつは今の我など苦にせぬほど強い」

 魔王は小声で淡々と答える。恐らく内心は腸が煮えたぎっているのだろうが――

「ここで見ていればいいの?」

「最初からそのつもりだし。それに、下手に加勢するとかえって足手まといなる」

 良平は希の問いにそう答えた。

 元々、助けてもらう側の人間でいたかったが、魔王と契約を交わしてしまった以上、彼に助けを求めるのは不可能だろう。先程から感じる不快感は恐らく、契約が影響だ。

 小鬼、コボルトと呼ばれるような魔物の一体がこちらを察知するが魔王の姿を見て、戸惑っている。

 他にもこちらを探知した魔物はいたが、すぐに視線を逸らし、陰陽師らしき男の方を向く。

 恐らく、男にもこちらの存在を気取られただろう。

「あたし達を魔物が避けてる?」

「今、扉から出現しているのはただの尖兵。我と契約した人間と敵対したくはないのだろう。奴等には独自の判断を下すことが許されておらぬからな」

 疑問を口にする希に、前を向いたまま、魔王は答えた。

「そう言えば、君はあいつらを雑兵と言ってたが、あいつらを追い払った後、扉は閉じれるのか?」

「できぬこともないが無駄だぞ。我の力で扉は閉めれない。系統が違うからな」

 良平の隣にまで下がって魔王が喋りだすが、視線は前を向いたままだ。

「系統?」

「我が力では扉を閉じることはできぬ。ぶち破られた扉を板で塞いでも、それを閉じるとは呼べぬであろう? 元通り閉じることができぬ。そういう話だ」

 魔王は魔物が陰陽師に襲いかかるが返り討ちにされる様子を観察しながら語る。

 陰陽師は日舞を舞うような華麗な身のこなしで敵を寄せ付けない。

「つまり、水の入った水槽を板で塞ぐような直し方しかできないから、水は漏れ続ける。……意味がないじゃない」

 希は少しだけ元気を取り戻したのか、普段に近い明るい朗らかな声で言った。そんな様子の彼女を見て、良平は少しだけ安堵する。

「希。だから、暦氏はそう言ってる」

 宗一郎が呆れた感情を込めて諭す。

「……あやつ、大技を使うつもりぞ。この位置だと我が巻き込まれる。しばらく、この場を離れるから無駄に動かぬようにな。あと、もう一つ。あやつには適当に誤魔化せ」

 魔王の姿が掻き消える。彼女が言っていた確かめなければならない事実とはあの男の一件だろうか。

「封魔陣!」

 良平の考えを遮るように公園の中心部から大きな光が発生し、それは太陽の如く、辺りを満たし、視野が全て白色に塗り潰される。

 良平の視界に周囲の情報が戻った時には公園の中心部には陰陽師の男だけが立っており、魔物達は全て跡形もなく消滅させられていた。

 良平はそれを見ても喜べなかった。希も同じ精神状態なのか。眉を顰めて、男の方を黙って見ている。

「私の名は鴨野篤弘。君は――珍しい力を使っているみたいだな。中々、興味深い」

 鴨野と名乗る男はこちらに歩み寄りながら、手招きをする。女性が聞いたら、ウットリしそうな声だ。

 良平には鴨野の目元が狐に似た胡散臭い男だと感じた。その上、この男は隙がない。

 希は彼自身には興味がないのか、思案顔でこちらを見る。縋っているように見えるのは自己満足だろうか。

 良平は魔王に言われたとおり、誤魔化すと決めた。「宗一郎。希を頼む」と告げて、歩み寄る。

 鴨野が眺める中、公園の小さな柵を跨いで園内に踏み込む。

「僕には言いたいことの意味が分かりませんが」

 良平は花壇を抜け、公園内部に入ったところで足を止める。

 妙な違和感を感じて、良平は微かに不快感を表情に表してしまう。

 鴨野はその場に立ち止まり、顔色を変える。

「……そうか。それは失礼。職業上、怪異が見えるのが当たり前になっている。私はそれを他人にも強要してしまうところがある。許して欲しい。

 ところで、君には見えないかい? 空に見えるあの小さな月のように紅く光る物体が」

 鴨野は良平への警戒も周囲の警戒も無頓着に明け始めた空に輝く紅き月を指差す。

「私にはあの月が満ちていくように見える。人々が苦しみ、死んでいくほどに」

 黙っている良平を無視して、鴨野は背を向けて、話を続ける。

「……これまた、失礼を。こんな状況で悦に浸って喋っていては疑われるのも道理。この魔物共への対処は、この道に通じている人間の手で行ないますのでしばし、お待ちを。

 あの扉さえ閉めれば、魔物の出現は収まりますので」

 鴨野はこちらに向き直る。その顔には爽やかとしか形容しようがない笑みを浮かべて。

 だが、良平にはそれを好意とは受け取れなかった。

 後ろからする足音を聞いて、良平は振り返る。宗一郎がこちらに駆け寄ってきた。

 そのまま、希の姿を探すが、木の陰に隠れているらしく、ここからは姿が見えない。

「公衆電話を知りませんか?」

「見るには見たが、固定電話は全て、魔物達に破壊されていた。恐らく、指示を与えている上級魔族がいるのだろう。携帯もあの雲が電気を帯びている為、電波に干渉する。

 だから、通じない」

 宗一郎の質問に鴨野は今度は上空を指差し、淡々と答える。

 良平は目を凝らす。黒煙の隙間から覗けた雲は雷雲のように見えた。

 宗一郎は落ち込んでいるように見えた。

「ありがとうございます。じゃあ、僕達は安全な場所に避難させていただきます」

 良平は宗一郎の腕を掴んで、ゆっくりと二、三歩後ずさる。鴨野を警戒しながら、公園を立ち去ろうとした。

「それがいい。お連れの方にもその旨、しかとお伝え下さい。……途中でいなくなった方にもしっかりと」

 その言葉を背に受けながらも、良平は宗一郎を引っ張り、できるだけ取り乱さないようにして、木の陰に隠れていた希と合流して、床ノ座森林公園を出た。

 空を見上げると、既に太陽が昇る時刻だったが、今度は扉守市全体を焦がす炎が生み出す黒い煙のせいで太陽光が遮られているようだった。

 後ろを振り返ると、鴨野には追ってくる気配はなかった。少なくとも、良平に感じ取れる範囲では――



 良平が希と宗一郎を伴って公園を出た。繁華街に入った地点で魔王がすぐに目の前に現れる。

 突然、現れた魔王に宗一郎は声を上げる前に自分の手で口を押さえて堪えた。

 契約の影響なのか、何となく、魔王が現れるのが良平には分かった。希も同じなのか驚いている様子はない。

「脅かさないでくれますか」

 宗一郎が抗議の声を上げるが魔王は平然としている。

「すぐ、固定されている物に掴まれ。余震がくる」

 良平は希の手を取り、考えるまでもなく建物から離れ、交差点の真ん中に屈む。宗一郎は近くにあったガードレールに掴まる。

 魔王だけがその場に残って、自分の体を宙に浮かぶ。

 それと同時に地面が揺れ、ビルが軋み、ガラスが散っていく桜のようにコンクリートの上にばら撒かれ、信号機が落ちた。

 地盤が弱っていたビルの一つが倒壊し、繁華街の道路を塞ぎ、良平達がきた病院への道が絶たれる。

 多分、数十秒ほどして余震は収まった。

「うわぁ。繁華街に入ってたら、今頃、ペシャンコだな」

 宗一郎が青ざめながら、ガードレールを離す。

「助かったよ」

「気にするな。今の我は汝等がおらぬと難儀するのでな」

 魔王は顔を背け、辺りを見渡す。気のせいか、その後姿は照れているように見える。

 良平も周囲を確認するが、病院への最短ルートであった繁華街は今の余震で塞がれ、道は瓦礫の山と化していた。

 四方を見渡して、この場から一歩も動けないと言う事態は避けられたが、通れるルートを考えれば、市立病院まではかなりの距離になる。

「とんだ遠出になったか。だが、汝達には夜が明けて良かったと言うべきか。暗闇の中では人間の視力は役に立たぬからな」

 魔王は空を見上げながら皮肉を述べる。微かに差し込んできた太陽光が彼女の横顔を照らす。

 光の下でも平然としている魔王の横顔を見ると、人間にしか見えない。

「太陽の光を浴びても大丈夫なのか?」

「平気ではないが……太陽光を浴びて消えるほど柔ではない」

 魔王が苦笑いしつつ肩を竦める。

「安全な道は分かる?」

「愚問だな。安全など、どこにある? 我が教えて欲しい」

 希の言葉に魔王が良平、宗一郎に視線を移す。その態度に良平は何故か、違和感を覚える。

 魔王は希を視野に入れるのを意図的に避けているように見えたからだ。

「君は昼間と言うこと以外除けば、障害はないように思えるけど」

「敵対している魔物。さっきの陰陽師に……そっちから新手がやってくる」

 魔王が良平を睨みつけ、その方向を指差す。

 良平は魔王が指差した方向を見る。人影が立っていた。

 こげ茶色の髪のボブカットに緑色の瞳。鋭い眼差しで小顔の少女。背は希よりも高いように見えた。

 少女は服装はダークブラウンのスーツを着ている。足元は服装に似合わず、スニーカーだった。

「探したぞ。元凶。ここで滅び消えろ」

 開口一番、少女は告げた。良平を指差して。

 余りに露骨だった為に良平は眩暈がした。ひょっとしたら、何かの術だったのかもしれないが。

「誰が元凶だ。失礼だな」

「貴様に決まっている! 小生が、この阿倍野靖花が祓ってくれる」

 恐らく、偽名だろうが、靖花と名乗ったスーツ姿の女は魔王よりも良平を睨みつけた。

「僕は魔王じゃないぞ」

「貴様を倒せば、今回の件は半分終わる!」

 靖花はいつの間にかその手に玉串と護符を持っている。

「祓いを得意とする流派の人間が滅びろとは……とんだ皮肉か?」

 魔王が靖花の前に立ち塞がった。純粋に怒っているように見える。

「知れたことを――」

「そうか。紛い物か。そうであろうな。差し当たり、我の首を手見上げに破門を解く腹積もりか? 所詮、人間が考えそうなことはその程度であろうな」

 魔王は靖花の声を遮って嘲弄した。まるで心を読んだかのように。

 靖花の顔色が真っ赤に染まる。怒っているらしい。

「魔族如きが知った風な口を聞くな」

「人間が森羅万象の何を悟れると言うのだ? もし、それをできると言うのならば、見せて欲しいものだ」

 護符を投げる靖花に対して、魔王は左手を突きだして、自分の正面に紫の障壁を作り、護符の到達を防ぐ。

 だが、障壁に触れると同時に護符は爆発し、障壁を横から抜けてきた爆風で良平は吹き飛ばされる。

 地面に叩きつけられると思った瞬間、落下地点に宗一郎が助けに入ってくれたお陰でアスファルトの上に落ちることだけは避けられた。

 良平は下敷きになっている宗一郎から起き上がり、自分の体を退ける。

 念の為に魔王の方を見るが、彼女はこちらを一瞥して、無事を確認したのか、爆風で汚れた服の埃を払っていた。

「大丈夫か?」

 良平は宗一郎が起き上がるのに手を貸す。

 ああ。平気だ。と宗一郎は答えて、靖花を睨みつけた。

「おい。どうして、良平まで巻き添えにするんだ! 関係ないじゃないか」

 靖花は巻き添えではなくて、最初から防がれても良平に被害が及ぶように攻撃しているのだろう。

「その男はそこの怪異と結び付きがある。災いの芽は根底から消し去る」

 靖花は玉串で良平を指す。何故か、その動作に不快感を覚える。

「本当なのか?」

 宗一郎は良平の肩を掴みながら、問う。

「ああ。地震直後、窮地に陥った時に止むを得ず、魔王と契約を交わした。今、僕の生命をこの世に繋ぎとめてるのは彼女だ。彼女が倒されると僕もどうなるか分からない」

 隣の宗一郎を真っ向から見据えて、答えた。もし、生命力の供給を絶たれれば、生きているか――恐らく、死ぬだろう。

 それに魔王が目的を遂げた後も、良平に生命力を供給し続けるとは限らない。

 ショックを受けたのか、宗一郎が良平から離れる。

「知れたこと。一緒に消えるだけのこと! 魔と共に滅びろ!」

「勝手な理屈吼えてるんじゃねぇ! 年増!」

 黙って聞いていた宗一郎が吼える。魔王を追い抜かして、靖花の前に立ち塞がる。

「小生は十九歳だ!」

 靖花は激しく狼狽しているように見えた。

「あたし達から見れば、年寄りだよ」

 様子を道路端から遣り取りを眺めていた希が容赦なく切り捨てる。

「だ、黙りなさい……ここは引いてやる。いずれ必ず」

 靖花はいとも簡単に引き下がった。最初から威力偵察が目的だったのか、宗一郎の庇いように計算が狂ったのか――

 魔王は黙ってそれを見送った後、良平の隣に立つ。

「追わなくていいのか?」

「汝を置いて、罠に引っかかりにゆくのか? 痴れごとにしては笑えぬな。確かに我は後天性とは言え、魔族であることは否定せぬが、もう少し信じてはもらえぬか?」

 魔王は子供のように唇を尖らせる。

 意外な態度に良平は言葉を詰まらせた。演技の可能性もあったが、何故か、そうには思えなかった。

「この街に何人か……霊力を発する人間が蠢いておる。位置は疎らで街中に散らばっている。あの人間が逃げた先にいるのは四人。我を相手にするには手が足りぬ。急場の結界で弱体化させて封印するつもりなのだろう。追跡して来ないことに気付かれたら厄介だ。離れるぞ」

 魔王はショルダーバックから折り紙で作られた人形を三つ取り出し、息を吹きかけ、それを地面に落とす。

 地に落ちた瞬間、人形は人型の巨大な影になり、靖花の逃げた方向へ滑るように追い始める。

 良平は影が視界から消えるまで黙って見ていた。

「……何を呆けておる? ゆくぞ。あやつがいるルートは使えぬであろう?」

 魔王は希や宗一郎に指で方向を示しながら、促していた。

 靖花が逃げた方向とは逆の方向に歩きだした魔王達を良平は何も言わずに追いかけた。

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