(3)
昔に書いた時のまんまなんでおかしい所があっても直してません。すいません
病院の自動ドアをくぐった途端、玄関ロビーで若い医師が珠江を抱える良平に気付き、ストレッチャーを持ってくるように看護師に指示する。
看護師が腕にトリアージと呼ばれる治療優先順のタグをつけた怪我人や病人の溢れかえる隙間をぬって、ストレッチャーを持ってきた。
良平は医師と共に珠江をストレッチャーに乗せる。その両手とジャンパーの袖は珠江の血でべっとりとしていた。
「先生。助かりますか? お姉ちゃんを助けて! あたしにはお姉ちゃんしかいないの!」
希が取り乱して問うが、若い医者は言葉に詰まり、答えられない。
「非常に危険な状態です。これから、第二手術室で緊急オペを行ないますが、成功したとしても恐らく、今晩が峠です。今、輸血用の血液が足りません。この出血では……なんとも」
異変に気付いた中年の男性医師が珠江の状況を見て、答える。
紫藤は一緒にきているようだが、手伝うこともなく黙って状況を眺めていた。
「どういう状況でこうなったんですか?」
「余震で、原因はよく分からないですが、シャッターの破片が吹っ飛んだ際に巻き込まれて」
良平はわざと怪我以外の部分を誤魔化した。ガーゴイルが出てきたとは言えなかった。
今、必要ない疑惑を抱かれるのはマイナスでしかない。いや、単に魔物が出てきたと言う事実を認めたくなかっただけかもしれないが。
「お連れの方はここでお待ち下さい」
中年医師は珠江の乗るストレッチャーを押す看護師の後を追って、奥へと消えていった。
「貴方達は大丈夫ですか?」
若い医師が良平や希に問う。
良平は希と顔を見合わせた後、頷いて治療を断る。魔王のお陰なのか、傷は治癒していた。
服についた血は落ちそうにないが、今、手元に着替えがある筈もない。
「私、足が痛いんです。湿布か何かありませんか?」
ガーゴイルに襲われていたものの、一番平気そうな紫藤が口を開く。
希はそんな紫藤の様子に細い眉を吊り上げて、無言で怒りを表現していた。
「すいません。生憎、全ての医療品が足りない状態なので、状況の酷い方の分から優先しているのです」
紫藤は押し黙った。これ以上、彼女に関わる必然はない。
その時、玄関ロビーの奥から良平は浅黒く彫りの深い顔の少年を見つける。同級生の外村宗一郎だ。
やはり、動き易いラフな服装で腰には護身用なのか、警棒を携帯していた。
「おう、良平に希。取り合えず、お前達は無事そうだな。どこも彼処も酷い有様さ。馬鹿やらかす連中がいて、自警団まで結成する羽目になったよ」
宗一郎の挨拶に希が顔を背ける。自分の身に遭ったことを知られたくないのだろう。
「それより、隣の人は?」
宗一郎は魔王が見えるらしく、平然と良平に問う。
「見えるようだな。そこの女と違って。取り合えず、あいつを外して、話をせぬか。我からも伝えなければならないことがある」
魔王は希や宗一郎。そして、良平を見て、口を開く。
「ちょっとあんた達、誰と話してるのよ? 私をからかってるの? それとも、地震で気が触れたの?」
紫藤には声も聞こえないらしく、ヒステリックに叫ぶ。
「……ただでさえ、イライラしてるんだから。黙っててくれる」
希は紫藤の態度が頭にきたらしく、一喝する。
それに驚いたのか、紫藤は逃げるように去っていった。良平は希を咎める気はなかった。むしろ、感謝していた。
「中庭なら、この時間に誰も来ないと思う」
希の言葉に良平は腕時計を見た。時刻は午前二時二十分になろうとしていた。
希に連れられて、良平は魔王や宗一郎と共に病院の中庭にやってきた。希の言ったとおり、誰もいない。だが、街中から燃え上がる炎によって、不吉な印象を受けた。
断水しているせいで消火活動もできないのだろう。
宗一郎は後ろで魔王からあれこれ聞いている。彼女の姿が見えない人間には彼が独り言を言っているようにしか見えないだろうが。
「この人が魔族なんて、信じられん。じゃあ、あの穴も」
「それは我の知らぬこと。恥ずかしながら、この大地震が起きるまで封じられていた故、経緯に関しては大したことは分からぬ。しかし、この――」
宗一郎の問いに魔王が語り始める。途中で言葉を止めて、良平を見る。
良平は魔王に心を構わされるような感覚を感じた。この感覚は前にも味わった気がするのだが思い出せない。
「扉守市。扉守市は元々、結界を作りだした陰陽師やその手の類の人間が作った街。
だが、まあ、都市……開発……などと言うものによって、結界を破壊した為に、汝等があの穴と呼ぶ扉が開いた原因の一つ」
「一つ? それが直接の原因じゃないのか?」
「封じられていたのに、どうして、それが分かるんですか?」
良平は宗一郎と希の質問攻めを横目に近くにあった椅子に座る。ジーンズを通して、尻に冷たい感触が伝わってくる。
リュックから希の家で借りたウエイトティッシュを取り出し、血のついた両手を拭う。
「急くな。扉が開いた最大の原因は大地震だ。それが決定打ぞ。綻びかかっていた結界の要を粉々にした。今は点しか残っていない。残骸をかき集めて、即席の結界を作りだしたとしてもあの扉は容易には閉じれない。
腕の立つ術師でも完全に封印するには時間がかかりそうだな。
我が知っているのは、封じられている間も感覚を失っている訳ではない。それに先程、遠隔透視で確かめた」
魔王は辛うじて原型を残っていた噴水の淵に腰を下ろし、つまらなそうに言葉を紡ぐ。
二人はその事実に驚いているのか、苦々しい表情で黙っていた。
「もう一つ。君はどうして復活したんだ?」
良平は立ち上がって、魔王の正面に立つ。そして、彼女の瞳を正面から覗き込む。後ろで希と宗一郎が息を吸い込む。
魔王に殺されると思ったのだろうか。
「我は性質上、人の苦痛を糧にしておる。復活の際には地震で即死した人間の負の感情を利用して封印を破った」
魔王は目玉焼きの作り方でも教えるように何の感慨もなく言ってのけた。
良平の視界が歪み、意識が途切れるような感覚が襲ってくる。それに耐えられず、良平は地面に膝をついた。
魔王は良平の家族の命も吸い上げてここに存在している。それは良平自身も――
「だ、大丈夫?」
次第に色が薄れていく視野の中、青ざめる希が肩を掴む。
「疲れたのならば、休めばよかろう。無理に耐えるからそうなる。汝には頑張ってもらわなければならぬからな」
魔王は真面目な顔だった。その瞳には他意は感じられない。見間違いかもしれないが自分のことを案じているように見えた。
嫌悪感となんとも形容しがたい、いや、それは魔王の信望に対する歓喜の感情が良平の心をかき混ぜていた。
家族を亡くしたのに何故、そんな気持ちになれるのか、自己嫌悪を懐く。己が己ではない――そんな感覚に戸惑いながら、昔、こんな気持ちになったような――けれど、それがいつのことか、思い出せなかった。