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魔王が嫁になりました  作者: 明日今日
第一章 黄泉比良坂
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(2)

 珠江に応急措置を施し、希の服を探しだして、良平達は市立病院へ向かって歩きだした。

 希はパジャマを着替え、カッターシャツの上にセーターを着込み、その上に黒のジャンパーを羽織っていた。下はスラックスと言う動き易さを重視した服装で背中には貴重品や水、医療品を持ちだしたリュックを背負い、手には良平の持ってきたリュックを両手で抱えている。

 良平は珠江を背負って歩いていた。幸い、命に別状はないが全身に傷を負っていた。

 途中、希が携帯でレスキューを呼ぼうとするが回線がパンクしているのか、繋がらない。

 こんな状況下で人同士争わなければならないのだろうか。そんなことを考えて、良平は沈んでいた。

 逆にこの状況だから、人の悪意に歯止めがかからないのだろうか。

 比較的損害の少ない小さな商店街に差しかかったところで魔王が急に立ち止まった。

「ふむ。思った以上に早かったな」

 魔王は夜空の中央部を見つめながら呟く。

 それに呼応したかのように魔王が見ていたと思われる辺りが裂けた。

 月明かりと火事の炎の中、化け物達が裂け目から蟻のように湧き出てくる。

「何あれ」

 希は異質な存在を見て、呆然となっている。

「君の配下じゃないのか」

 魔王を睨みつける。その横顔は人形のように白い。

「我は復活直後でエネルギー不足だ。手下を呼ぶ力すらも勿体ない。それに我の使役する連中は――あんなに醜くはない」

 良平を横目で捉え、魔王は呆れと思しき感情を見せる。だが、その様子に憂いは感じない。

「素手で勝てるか? 本契約でないと勝てぬぞ」

 むしろ、魔王は涼しげに事実を告げる。

「――暦さん……あたしとも、契約を交わしてください」

 黙っていた希が意を決した顔で良平の前を通り過ぎ、魔王の前に立った。

「我が人外と分かっているのか?」

「良平君が人を殺すことになったのは、あたしの責任です。珠江お姉ちゃんのことを助ける為にも。だから、少しでも背負いたいんです」

 希は少し他人行儀な喋り方で魔王に訴える。良平との関係を悟らせたくないのか、或いは自分の為に殺人をさせてしまった良心の呵責なのだろうか。

 姉のことを考えず、安心してしまったことを後ろめたく感じているのだろうか。

「ちょっと待って。そんなこと、僕だけで充分だ」

 良平が慌てて、口を挟む。だが、こちらに振り返った希の表情は硬い。

「良平君」

 な、何。と良平は狼狽を隠すことができず、そのまま、上ずった声で返す。

「さっき、二人見逃そうとしたよね。どうして? 殺したくなかった?」

「それは――」

 まるで別人のように冷たく問いかける希に良平は窒息するように息が苦しくなり、言葉が上手く出てこない。

「暦さんが結果として、罰してくれたから良かったけど――あの人達、今の状況で野放しにしていいの?

 あたしはそう思わない。殺せばいいなんて思わないけど、あたしは女だから、次の犠牲者なんて……珠江お姉ちゃんみたいな目に遭う人を見たくない。だから、良平君が殺してくれないなら、あたしが殺すよ」

 希の声は怒りではなく、悲しみと決意に満ちているように聞こえた。

 余所余所しいのは己の判断の甘さのせいだと知り、良平は打ちのめされる。自分が後先を考えていなかったことを思い知らされる。

「……女子の方が冷徹だな。汝と契約するよりも、そなたを選んだ方が良かったかも知れぬ」

 魔王は愉快げに良平と希を見比べている。

「待てよ。僕が――」

「決めたの。もう二度とこんな目に遭いたくないって。それに良平君の甘さをフォローしたいの。だから、あたしも暦さんと契約したい」

 良平の申し出を希は容赦なく遮る。

「しかしながら、本契約できるのは一人のみ。何せ、今、既朔で困っておる。今、契約をしても大した力を与えてやれぬぞ」

 魔王は不愉快らしく、手入れする必要もないほど整った深紅の眉毛を歪ませるが、それでも彼女の美しさは損なわれなかった。

「構わないから。契約して。見返りとして、暦さんに協力する」

 希は大きく息を吐いてから、体を反転させ、良平に向き直る。垂れ目の中に収められた一対の宝石がまっすぐにこちらを見据える。

「良平君。言いたいことがある?」

 蛇に睨まれた蛙のような息苦しさを感じた。

「そんな馬鹿なことは止めてくれ。僕が何とかするから」

 希の瞳に黒い炎が宿ったような気がした。だが、瞬きした次の瞬間にその炎は消えていた。

 見間違いだろう。と良平は思った。いや、そう思いたかった。

「じゃあ、誓ってくれる? 今度、同じような人間に襲われた時、確実にその人間を殺して。二度と繰り返さない為に」

 希は右手を挙げて、誓いの形を取る。そこには自分の知らない少女がいた。

「ちょっと待って。それは――」

 しかし、希の表情は真剣そのもので反論の余地を与えるつもりはないらしい。

「何とかできないなら、言わないで」

 希の表情には失望と言うより落胆らしき感情が浮かぶ。対照的に魔王はこの遣り取りを見て、笑っている。

 思い悩んだ後、覚悟を決めた。

「分かった。僕、鬼緒良平はここに誓う。僕達に危害を加えたりする危険な人間を躊躇しないで殺害することを」

 良平は希の真似をし、右手を挙げて、一気に宣言した。横目で見ると魔王は満足そうに笑っていた。

 希は――

「御免。こんなこと……誓わせて。でも、あたし、良平君と珠江お姉ちゃんを失いたくないの」

 視線を逸らして、伏せ目がちに謝った。当然ながら本意ではなかったらしい。

「契約は済ませたぞ。希とやら。この男ほどではないが、それなりに戦える筈」

 希が黙って頷く。

「珠江さんを抱えている以上、無駄に戦うのは避けよう。とにかく、病院へ」

 良平は魔物が湧き出てくる夜空を見ながら、促す。

「ちょっと、あんた達、鬼緒に鷹羽でしょう。私を助けなさいよ」

 高圧的な少女の声が遠くの方から聞こえた。眼鏡をかけた背の高い少女が長く青い髪と黒のロングコートの裾を振り乱しながらこちらに走ってくる。

 同じ高校で生徒会に生徒会長として所属する紫藤彩。見れば、ガーゴイルのような石の肌と容姿を持った石像の魔物達に追われている。彼女は送り狼を連れてやってきた。

「人とは醜い。己が助かる為に無為に人を巻き込む。それがどのような結果をもたらすか――考えもせずに」

 魔王は誰にともなく呟く。同じ意見だった。



 ガーゴイルは三体。

 魔物はこちらに気付いたようで良平達の方にも一体、向かってくる。紫藤は細い路地に逃げ込んで、良平の視界から姿を消す。

「やり過ごせない上に逃げられないか」

 良平は背負っていた珠江を下ろし、商店のシャッターを背に座らせる。

「これを使えばよかろう。あれくらいは殺せる」

 魔王がショルダーバッグから一振りの小剣を取り出し、良平の前に差し出す。それは鞘に収まった状態でも禍々しい紫の光を放っている。

「人間が持って大丈夫なのか?」

 良平は躊躇いがちに小剣を受け取る。低温火傷で皮膚が焼けるような感触が手に伝わってくると同時に妙に落ち着くような感覚を覚え、戸惑う。

「何故、そう思う? ……汝は既に、普通の人間とは言えぬのだが……あれは石像を動かして尖兵として遣っておる。まともに斬れると思うな。良く狙え」

 魔王は希に向き直って言った。

「それと、希とやら、お主はこれでも持っていろ」

 魔王がショルダーバッグから小さな袋を希に渡す。

「何ですか?」

「入っている石を投げて応戦しろ。魔力を込めているので効果がある。ただし、使い過ぎるな。それに、これはお主にしか扱えんか。故に他人には渡すな」

 魔王の姿が虚空に溶けていく。

「どこへ?」

「増援を絶つ。戻るまで持ち堪えろ」

 言うだけ言って、魔王はこの場から姿を消えた。彼女がいなくなると同時に空気が淀む。

 魔王が消えた瞬間、良平の広がった視野に迫ってくるガーゴイルが見える。

「珠江お姉ちゃんはあたしが何とかするから」

 良平は小剣を鞘から抜き放つ。片刃の刀身は不気味な紫の光を帯びていた。鞘をジャンパーのポケットにしまうが、はみ出してしまう。仕方がないのでそのままにして小剣を構えた。

 襲ってくるガーゴイルの一体に良平が飛び出し、注意を引く。

 唸り声と共にガーゴイルは爪を向かって振り下ろす。それを良平は向上して身体能力で苦もなく避け、小剣で魔物の腕の関節を斬りつける。

 ところがガーゴイルの腕は多少、傷ついただけで痛感覚がないのか、平然としていた。

 良平は慌てて、間合いを取り、ガーゴイルの腕の届く範囲から逃れる。

 数秒前まで良平のいた場所をガーゴイルの爪が引き裂く。その音と風圧が良平の前髪を揺らす。

「良平君!」

 希が魔王から渡されていた袋の中身を投げる。小さな石に見えるそれはガーゴイルの右胸に命中するなり、その部分から凍結し、凍りついていく。

 凍結した箇所なら、攻撃が通じるかもしれない。

 その凍結が右腕、胸部、腹部に広がって止まったところで、良平は再び、小剣でガーゴイルの肩を切り裂く。

 先程と違い、易々とガーゴイルの腕を斬り飛ばす。その勢いで右胸を切り裂き、反撃を警戒し、ガーゴイルから距離を取る。

 良平の懸念したとおり、ガーゴイルは右腕と右胸部を失ったまま、動き続けていた。

『胸の中央に形を留める為の核がある。それを狙え』

 魔王の声が頭の中に響いた。契約の影響なのかもしれないが、良平はそんなことを考える前に目の前のガーゴイルの懐に飛び込み、胸の中央に小剣を深く突き刺した。

 その一撃はガーゴイルの核を砕いたのか、やっと動きを止め、その体はゆっくりと砂になって消えた。

「良平君。きた!」

 希の声に良平が辺りを見渡すと、逃げ回っていた紫藤がこっちへ向かってきている。後ろにはガーゴイルを連れて。

 もう一体のガーゴイルの姿は見えない。

 良平は取り合えず、新たに現れたこのガーゴイルの相手をすることに専念する。

「鬼緒。生徒会長として、命じるわ。ここはあんたに任せるわ」

 紫藤は良平に丸投げして、希の方へ逃げた。

 紫藤自身は気付いていないだろうが、その一言は良平を不快にさせる。

 巧妙に猫を被っているとは言え、こんな女にファンがいるなんて信じられない。

「少しでいいから、姉さんを見てて」

 希の声が聞こえ、こちらに迫ってきていたガーゴイルの胸に向かって、石が投げつけられた。

 良平は石がガーゴイルの胸部に命中し、その周辺が凍結するのを見届けた後、先程と同じように心臓と言える位置に小剣を突き刺す。手応えがあった。

 ガーゴイルが消滅するのを確認してから、良平は希の方に振り向く。

「大丈夫?」

 平気。と良平が返そうとした瞬間、珠江が背にしていたシャッターが内側から弾け飛んだ。

 紫藤は予め、異変に気付いたのか、慌てて走って、シャッターから離れていた。

 喪心状態で能動的に動けない珠江は巻き込まれて、アスファルトの上に投げ飛ばされた。

 壊れたシャッターの破片で切り裂かれたのか、珠江の腹部が鮮血で赤く染まる。

「紫藤。なんで見てくれないの!」

 希が怒りの声を上げる中、紫藤はシャッターから現れたガーゴイルから一目散に逃げ出す。

 良平が駆けだそうとした瞬間、魔王がガーゴイルの近くに姿を現す。

 戻ってきた魔王は服が汚れていた。言葉通り、魔物達と交戦していたのだろうか。

 魔王が最後のガーゴイルの首を紫色の光を纏う右手で紙のように切り裂き、一瞬で首を落とし、素手で心臓部を抉る。あの光は恐らく、魔力なのだろう。

 核を破壊されたガーゴイルは実体を保てず、砂になって消えた。魔王が見えないのか、紫藤は呆然としている。

 良平は魔王の傍を通り抜け、希が戦闘前に置いたリュックを回収して、珠江の傍でしゃがみ込む。

 希も少し遅れて珠江に駆け寄り、良平の顔を見る。お姉ちゃんを助けて。目が訴えていた。

「とにかく押さえて。止血を」

 リュックから清潔なタオルを取り出す。希はタオルを受け取り、珠江の傷口を押さえる。

「もっと早く助けなさいよ! どうして、隠れて、やり過ごそうとするの」

 我に返った紫藤は横から珠江の止血を行なう良平と希に抗議する。

 希は一瞬、殺意すら含まれているような目で見ているだけの紫藤を睨みつけた。

 その視線に押し黙ったのか、紫藤は沈黙する。

 良平は希から珠江の傷口に視線を戻す。白い肌を走る裂傷から血が溢れ、着替えさせた服を赤く染める。傷口から赤い物が見えるが思考を停止させて、止血の為に手で押さえつける。

 しかし、血は一向に止まらない。

「汝、あの女を黙らせないとまた、新手がくるぞ」

 少し離れた位置から魔王がことの成り行きを見守っていた。

「紫藤。頼むから、黙っててくれ。騒ぐと奴等に見つかる」

 魔王に急かされて、良平が振り返って紫藤を睨みつける。

「分かったわよ。早くして頂戴」

 やはり、魔王が見えないのか、紫藤は自分のせいで珠江を巻き込んだにも関わらず、何一つ後悔の念も見せずに冷淡に言い放った。

 文句の一つでも言ってやりたくなったが、今はそれどころではない。

「良平君。血が止まらない。傷口が深い」

 涙目で希が訴える。素人の目から見ても珠江の様子は危険だ。

「病院までもうすぐだ。僕が運ぶ。急いで診せよう。荷物を持って」

 良平は珠江をお姫様抱っこの状態で抱き抱え、走りだす。希が追ってくるのを足音で確認しつつ、余震で地面が揺れる中、病院へと急いだ。

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