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魔王が嫁になりました  作者: 明日今日
第五章 人身御供
21/25

(1)

 良平達が魔王に起こされ、目的地であった海岸沿いにある遺跡公園に辿り着いた時、既に日付を跨ぎ、午前一時を回っていた。

 この遺跡公園は昔、海底に神殿があった名残りで造られた。

 希と宗一郎の雰囲気は悪く、二人の空気は淀んでいた。とても話しかけられる様子ではない。

 それに二月の寒さと二日間の疲労は唇を動かすのも躊躇う。

 良平達は冷たい海風が吹く中、オブジェや遊具が崩壊した遺跡公園内を進む。

「ここで間違いないのか?」

 良平は問う。だが、魔王は前方を向いたまま、反応しない。

「ああ。少し気が散っていた。今すぐ、必要な物を取り出す故、待っておれ」

 魔王は告げると同時に印を結び、聞き取り難い声で呪詛を唱える。

 公園中に五角形の魔方陣が浮かび上がり、大地が揺れる。

「地震?」

「他は揺れてないな」

「原因はあれじゃないの?」

「杖みたい見えるが錫杖?」

「あれがここでの用事か」

 魔王を横目に公園の中央からせり上がってくる杖に注視する。錫杖と思しき形状の物体で得体の知れない金属でできていた。人の背丈くらいはありそうな長さだった。

「それが目的の物か?」

「ああ。間違いない。魔王! ここがお前達の墓場だと言うことについては!」

 物陰から現れた徒屋が鞘を投げ捨て、聖剣の切っ先を魔王に向ける。

 本物、いや、そんなことよりもデビル・ハンターを自称するだけあって、敵を嗅ぎ分ける嗅覚は持っていたのだろうか。

 希が前に出た。同じ手を使うつもりなのだろう。

「一昨日はよくも騙してくれたな。やっぱり、操られてる様子もないし、この魔女め!」

 徒屋が振った聖剣が真空の刃を生み出し、その風が微かに希の手の甲を浅く切る。

 だが、向こうも本気で攻撃した訳ではなく、牽制なのか、希の手の甲を切っただけだ。

 その対応に希は冷ややかな視線を送るだけで何も言い返さない。

「黙れ。クソ野郎。俺が相手になってやる」

 宗一郎が希よりも前に出て、スタンロッドを構えながら、吼えた。普段の彼とは雰囲気が違う。

「宗一郎。その男はともかく、その剣は危険だ。無謀は止めよ」

 魔王は事実のみを告げる。良平も同じ意見だった。

「暦氏。こいつは俺が倒します。意地でも」

 宗一郎の態度が明らかにおかしい。希にアピールしようといるのだろうか。そんな生易しい相手ではない。

 それよりも、宗一郎が錫杖を気にしているように見えた。

「宗一郎。止めといた方が――」

「うるさい。相手はただの人間だ。俺にでも勝てる。お前は引っ込んでろ!」

 希の言葉を振り切るように宗一郎がスタンロッドを槍のように構えて、徒屋に挑む。

 良平はリュックを下ろし、鞘から小剣を抜き放ち、援護しようとするが魔王に止められる。

「まともに斬りあうと、剣が折れる。接近するのは止めに」

 魔王がそう言いつつ、ショルダーバックから何かを取り出し始める。

 良平は宗一郎と徒屋の一騎打ちに視線を移す。

「邪魔だ! どけぇ! 魔王さえ倒せば」

「お前さえ退ければ! 俺は認めて」

 獲物の差か、一瞬でスタンロッドは切っ先を斬り飛ばされ、宗一郎の得物はただの棒切れに成り下がる。

 だが、宗一郎はその一瞬を見逃さなかった。切断され、尖った部分を槍の穂として利用し、そのまま、徒屋の右胸部に突き刺した。

 徒屋の体から血が飛び散る。だが、出血量は致命傷には見えない。

「自分に傷を負わせると」

 徒屋が怒りの形相で即席の槍を聖剣で切り払うと軌道を変え、宗一郎の左腕を深々と切り裂く。

 その一撃で宗一郎は鮮血を撒き散らしながらも右手で徒屋を掴もうとする。

 だが、徒屋は宗一郎を蹴り飛ばして、振り払う。

 宗一郎は呻き声を上げて地面を転がりながら、錫杖の方に追いやられた。

「宗一郎!」

 良平は棒切れが刺さり、自由が利かない徒屋の右側に回り込み、小剣で止めを刺すタイミングを見計らう。

 徒屋はそれを予測していたのか、左手一本で聖剣に秘められた魔力で風を起こし、良平を近付けさせない。

 それを打開する為に希が投げた石が徒屋の胸部へ向けて飛来する。

「邪魔だ!」

 それに気付いた徒屋が下から救い上げるように風を纏う聖剣を振るう。その余波で石はあらぬ方向へと逸れた。

 最初の時と桁違いの威力を秘めた真空の刃を放つ気だ。今度の一撃を食らえば、確実に死ぬかもしれない。

 良平の位置からでは希を助けるには間に合わないし、魔王は助けるつもりはないだろう。

 徒屋は宗一郎の時とは違い、容赦なく、聖剣を大上段に構え、振り下ろそうとするが、急に何かに気付いたのか、こちらに背を向けて走りだす。

 その先には血まみれになりながら、宗一郎が錫杖に近寄り、右手一本でそれを抜こうとしている。その度に彼の左腕から大量の血液が砂を赤く染め替える。

「それをお前達には渡す訳にはいかない!」

 徒屋は死に物狂いの野獣を思わせる形相で襲いかかる。

 良平が徒屋を追いかけるが位置から間に合わない。

 その直前、予期せぬタイミングで魔王が横から投げた拳大の石が徒屋の左腕に当たる。それに一縷の望みを託すが、徒屋の斬撃は宗一郎の背中を深々と抉る。

 今までと比べ物にならない血液の量が空に舞う。

 良平の喉が無音の絶叫を、希が言葉にならない悲鳴を上げる。

 宗一郎は斬撃の威力で錫杖を引き抜き、紙人形のように飛ばされた。その体が地面の上を転がって、そして、仰向けの状態で停止する。

「こ、これは俺が……俺に、必要なんだ」

 宗一郎が力を振り絞って、喋ろうとするが、吐血し、背中から大地と言うキャンバスを赤に塗り替える。

 魔王が投げた石が徒屋の剣撃を鈍らせ、即死を防いだようだ。

「黙れ。それを引き抜いたら、どうなるか分かっているのか!」

「彼は人間だったのに!」

「それがどうした! 背信者の命に何の意味がある!」

 良平は叫びを上げながら小剣を構え、徒屋に何も考えず、突進した。

 瞬時に良平に意識を移した徒屋が聖剣を手に向き直る。

 徒屋が剣を構えようとした瞬間、右から黒いワイヤーが彼の腕に巻きつき、左手首を切り落とす。

 勢いが止められない良平はそのまま、小剣で徒屋の左腹部を貫く。傷口から今、零れ落ちたこと示す真紅の液が学生服を染める。

 けれど、徒屋は信じられないタフさでその瞳は戦うことを諦めていないように思えた。

 徒屋が右手で良平の手ごと小剣の柄を掴み、引き抜こうとする。

 魔王によって、強化されている筈の良平が渾身の力で押し返すが、それは徐々に徒屋の体から引き抜かれる。

「デビル・ハンターか。余り笑わせないでくれるか? ただの殺戮者ぞ」

 魔王のロンデル・ダガーの先端が徒屋の胸から微かに生えていた。そして、心臓から溢れでた血が良平の顔にもかかる。

「お前、お前は間違っている。この魔王は、自分の、復活で、は、なく――おま」

 徒屋が良平の手と小剣の柄を離す。その口は水から出された魚のように酸素を求めていた。

 良平と魔王がほぼ同時に徒屋の体から、小剣とロンデル・ダガーを引き抜く。

 徒屋が仰向けに地面に倒れてもまだ、尚も息をしていた。

 魔王がショルダーバックから取り出した黒い球体を徒屋に叩きつける。黒い球体は彼に命中すると同時に黒い炎を発生させ、一瞬で全身に燃え広がる。

 不思議と肉の焼ける臭いはしなかった。

 良平はそれを見て、転げるように後ずさって地面に座り込む。人間とは思えないほどのタフだった。そういう意味では徒屋はデビル・ハンターと呼べるのだろう。

「……倒したのか?」

「ああ。それは魂まで焼き尽くす炎だ」

 疲れた様子の魔王が短く答えた。良平は徒屋の体が灰になる僅かな間、油断なく見届けた。

 炎が鎮火した後、良平は体を引き摺って、宗一郎に駆け寄る。

 見れば、希が宗一郎に膝枕をしていた。彼の目は力を失いつつあった。良平の頬を涙が伝う。共に死線を潜り抜けた親友の命は助けようがない。

 いずれ、破綻するであろう関係だったとしてもこんな状況で幕引きは考えられなかった。

「宗一郎はもう――」

 希は呟く。誰の目に見ても助かりようがない。意識があるのが不思議なくらいだった。――これが扉守市の現状なのだろうか。

「……助からない、のか?」

「助ける余力がない。そういう判断を下した」

 魔王は感情を殺した声で言う。宗一郎は何故か、笑っていた。

「暦……は、立派……魔王だ」

「褒め言葉だな。素直に受け取っておく」

「ごめ、んな。……俺は……助け、たかった、んだ。死んだ肉親を。……希」

「御免なさい。あたしは宗一郎の気持ちを受け入れられないの。例え、貴方が死に際であろうとも、いい答えは返せない」

「キツイ……な。せめ、て、死ぬ前、に言えて良か」

 唆したのはあいつか。と魔王が問う。

 宗一郎の顎が微かに動き、そして、支えていた力を失い、頭が下がった。

 最後の瞬間まで彼は良平を見ようとしなかった。その事実が答えた。仰ぎ見るように薄暗く炎に炙られた汚い夜空を視界に移す。

 魔王は立ち上がり、錫杖を取りに向かう。沈黙に耐えかねたのか、希が口を開いた。

「もう分かってると思うけど、彼、あたしに好意を抱いてた。でも、受け入れられなくて、だって、だって、あたしが好きなのは――ずっと好きなのは良ちゃんだけなんだもん。他の誰かを好きになれないよ」

 希の目から涙が流れる。それは亡くなっている宗一郎の顔に落ちる。

 良平には答える言葉がなかった。少なくとも今は希を慰めることができなかった。

 結局、どうあろうと希の心は宗一郎には向かなかった。その涙が彼の顔を濡らすのは皮肉なのだろうか。

 魔王が地面に転がっている錫杖を拾い上げ、こちらに近付いてくる。

「それが目的の物か?」

「《転生の輪音》と言う祭具だ」

「ここまでしなきゃいけないのか!」

「無駄死にの方が好きか」

 そんな訳がないだろう。でも、返答はしない。言い争う気にもなれなかった。

 魔王は錫杖を右手に良平の隣に立つ。

「このままにしておくか? それとも――」

「頼みます。焼いて、荼毘にふして下さい」

 希は静かに宗一郎の頭部を地面に静かに寝かせ、立ち上がり、遺体から離れる。

 魔王は手に持っていた紅い球を宗一郎の胸に置く。同時に赤い炎が包み、全身を焼く。

「時間がない。街中央の山中にある社で全て揃う」

 魔王は宗一郎を見ずに公園の入り口の方へと歩きだす。

 希が必死にジャンパーの袖で涙を拭い、深々と頭を下げた後、魔王を追った。

 良平にはこれが現実かどうか、心が麻痺して分からなかった。空を見上げれば、雪が降り出している。左手の親指と人差し指で涙を拭う。

 良平はリュックを拾い、消えゆく炎を見る。宗一郎の亡骸は既に燃え尽き、灰になって、海風に舞っていた。

 転がっていた聖剣に目をやる。使えるかもしれない。

 手ごと拾い上げ、握り締めていた徒屋の手を振り落とす。そして、落ちていた鞘を回収し、それに収めて、持っていくことにした。

 何故か、その聖剣とやらを持つと酷く気持ちが悪い。魔王との契約のせいで魔族に近くなっているのだろうか。

 不意に「どうして、お前だけ、生き返らせてもらえるんだ」と宗一郎の声が聞こえた気がした。

 幻聴だ。これは絶対に幻聴だ。良平は自分に言い聞かせる。だって、自分は死んでいないのだから、死んでいない者を生き返らせる訳がない。

 かぶりを振り、良平は二人に追い着く為に全力で走って後を追う。だが、本当はこの場から逃げ出したかっただけだ。

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