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魔王が嫁になりました  作者: 明日今日
第四章 反転
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(6)

 良平達は扉守市南区のビジネス街で燃料のなくなった軽トラックを乗り捨てた。

 南区にあるオフィス街は他の地域と違い、火災は発生していなかった。代わりに埋立地だった為に液状化現象や水道管が断裂しているのか、地域全体が水浸しになっている。

 それに加えて、冷たい雨が降り始めた。上下から身を切るような冷気が容赦なく襲う。手と爪先の感覚が鈍くなっていく。

 魔王が魔族の人気のない真新しく頑丈なオフィスビルを探しだし、良平達はそこに身を隠す。

 薄暗いビルの中、内部の安全を確認して、階段で二階へ上がり、テナントに入っている会社のドアを破って進入する。幸い、セキュリティ・システムは電力の供給を絶たれ、無力化していた。

 良平達は奥にあった応接室のテーブルやソファーで休んでいた。

 転倒していない石油ストーブには燃料の入っていた。それと仮眠室にあった毛布やエマージェンシーブランケットに包まって暖をとる。

 そして、水で濡れた靴や靴下を脱ぎ、それらをストーブの前で乾かしていた。

 既に良平が持っていた使い捨てカイロも使い果たしまっている為、寒さで震えが止まらない。

 見つけてきた蝋燭が放つ弱い光の中、疲労困憊で誰も喋ろうとしない。魔王は思うところがあるのか、また、姿を消してしまった。

「希、大丈夫か。昼頃から様子がおかしい気がするんだが」

 良平がソファーで横になって目を瞑っている希に声をかけた。

「平気。疲れてない……なんて言わないけど」

 希は良平の質問の意図に気付いていないのか、気付かなかったのか、欲してる答えとは違う返答を返す。

 テーブルの上に座って、ストーブに足の裏をかざす宗一郎に視線を向ける。

「俺には分からない」

 宗一郎が視線に反応するが素っ気ない。

 良平は持ってきていた来客用スリッパを履いて、応接室を出た。

 自分に対する遺恨があっても、宗一郎が希を傷付けることはないと確信して。

 ペンライトを使って、暗闇のオフィスに移る。窓際には外を眺めている魔王が佇んでいた。

「本当に完全復活だけが望みなのか?」

 良平は魔王の隣に立つ。夜空には紅き月が黒煙すら貫いて、淡い光を地上に到達させる。

「汝も愚かなことを問う。我がそれ以外の望みを持つと思ってるのか?」

「引っかかるんだよ。夢の中で見た巫女とか、声とか。君の態度やあの陰陽師や靖花とか抜かすムカつく奴の言ってたことも」

 魔王は外に視線を向けたまま、聞いているのか、いないのかよく分からない態度だ。

「夢の中の巫女。……良平、汝はその女が思い人なのか?」

 魔王がからかう。だが、目は観察しているように良平を見ている。

「思い人も何も、勘違いされた上に怨み言を言われたと思えば……問題はそこじゃなくて、君が何をなそうとしてるか、それが一番重要じゃないのか。世界征服か」

「もし、仮にそうだとして、汝に何ができるのだ? 聞かせて欲しい」

 魔王は体を反転させ、窓の縁に腰をかけ、自分の体重を両手で支え、良平を眺める。

 いつもの観察する視線ではなく、優しく静かな瞳だった。

 恐らく、地震で数千人は亡くなっている。それに加えて、魔物による死者もかなりの数に上るだろう。

 曲がりにも魔族である以上、負の感情を汲み取って、エネルギーとしている魔王には喜ばしい状況なのだが、彼女はそれに興味がなく、ただ、眼前の自分だけを見ていたように思えた。

 いつも、良平だけを見て、喜んでいたのではないのかと。

 頭の痛みと共に一瞬、脳裏に過ぎった。

 小川で素足になって楽しげに振舞う少女の姿が――そして、魔王が動揺した鴨野の言葉。

 良平は押し黙った。自分には魔王に何か――できたのだろうか。彼女を充足させるようなことはしていない。

 だが、一つだけ思い当たった。彼女が何故、魔王になったか。

 仮に靄の中の巫女が魔王としたら説明できる。彼女なら、この扉守市に住まう全員の屍の山上に立つことになったとしても、目的の為には躊躇しない。

 思い人の為に行動し、それだけの為に全てを敵に回し、戦える少女。倫理や理屈を遥か遠くに置き去った恋する情念の君。彼女が魔王の過去ならば、合点がいく。

「……汝には害などなさぬよ。――誰かが我の仕事を手伝ってくれたようだな」

 魔王が縁から離れ、目を瞑り、天を仰ぐ。

「何があったんだ?」

「汝にも見せてやる故、手の届く位置に来て、目を閉じよ」

 良平は恐る恐る魔王との距離を詰め、目を瞑る。

 魔王の手が良平の瞼の上に触れて、真っ暗だった視野に映像が流れ込んでくる。

 どうやら、扉守市の上空から見ているらしい。

 魔王の遠隔透視を一時的に共有してるのだろう。眼下には左中央南西部の火災で焼け出される神社と注連縄を巻いた岩が魔物によって破壊された。

 魔物達は歓喜の声を上げ、急いでその場を離れていく。

 その影響か、空に浮かんでいた紅き月は十日夜から十三日月になっていた。

「視野共有はこれで終わりだ。急いで目を開けるな。我が手を離してから、ゆっくりと目を開けろ」

 魔王が良平の瞼の上から手を離す。良平はその言葉に従って、ゆっくりと瞼を開ける。

 数回瞬きをした後、ぼやけていた人影が希の姿がしっかりと見えた。

 その希は魔王の着ていた服を着て、同じショルダーバッグを肩から下げていた。そして、こっちを不可思議な物体を見るように良平を眺めていた。

 慌てて、良平は目を擦って、もう一度、希を見る。今度は確実に魔王の姿が見えた。服装も今までと変わらない模様が描かれている。

「汝は何を呆けておる? 見せろと申したので見せた。正気に戻らぬか」

 魔王は何故か、笑っていた。何がおかしかったのだろうか。先程の希は魔王が見せた幻影なのか。

「それでどうするんだ?」

 良平は咳払いする。それを聞き、魔王は笑うのを止めた。

「必要な物を取りにゆく。その後、災禍の中心で全てが終わる。四時間も休めば、汝達も大丈夫であろう。我が見張っておるから寝ておれ」

 魔王が再び、外に向き直り、街の様子を眺めている。

 良平は何故か、そんな魔王を放っておけなかった。

「寝なくて大丈夫なのか。幾ら、魔王でも……体に堪えないのか」

「人間が魔王を心配するのか? 我は平気だ。嫌と言うほど、眠らされた。それに街に満ちている瘴気があれば何とでもなる」

 魔王はおかしそうに笑っている。

「僕は真面目に聞いてる。それに、コンビニで店長にかけたのは塩なんだろう。塩が平気と言うことは逆に瘴気が堪えたりしないのか?」

 真剣に問う。

 だが、魔王は近寄ってくるだけで何も答えない。良平が声を出そうとした時、魔王に抱き寄せられた。

 魔王と名乗る人物とは思えないほど、彼女の体温は暖かい。

「良平。汝、体が寒いぞ。これから更に冷える。暖房器具で体を温めて来い」

 魔王は背伸びして、良平の肩に顎を乗せる。そして、ただ、落ち着かせるように魔王は良平の後頭部を右手で撫ぜた。

 恥ずかしくて、良平は魔王を見ることもできず、何も行動できなかった。

「ありがとう」

 ただ、気遣ってくれたことに礼を言った。魔王は黙って離れ、顔を背け、外を見る。

「ゆけ。足を引っ張られるのは好まぬ」

「分かった」

 魔王が顔を背けるのと同じく、良平も誤魔化されたことに気付きながらも顔を見せない為に反時計回りに反転し、応接室へと歩きだす。

 だが、応接室に入る前に良平が振り返ると魔王は全身を震わせて泣いているように見えた。

 良平は不思議と魔王に近寄ろうと思わなかった。彼女はそんな姿を見られるのを嫌うだろう。だから、離れなくてはならない。それに良平自身も動揺していた。

 自分を落ち着かせる為に深呼吸した後、良平は応接室へと戻った。

「あたしは貴方とは違う気持ちだから相容れることはできない。それに……貴方は何かを隠してない? あたし以上に」

 無表情な希と俯き加減の宗一郎が向き合って話していた。いや、正確には今、終わったのだろうが、気まずい空気が漂っていた。

 見られたくなかったのか、宗一郎は自分の使っていたソファーに戻って、頭から毛布を被る。

 希も同じようにソファーに戻り、エマージェンシーブランケットに包まり、瞼を閉じた。

 自称デビル・ハンターが現れた際、希を背負った時、宗一郎の反応を見て、良平は三人の関係の綻びに気付いた。

 魔王が希に似てると言った言葉の意味についても。宗一郎が良平達についてきた理由も。――それは希に関係していたことに。全て、宗一郎が希に恋愛感情を抱いていたことが原因だ。

 たった今、希が宗一郎の告白を断った事実と、それに伴い、三人の関係が完全に破綻したことも。

 唯一の救いは宗一郎が希に対して、暴力に訴えなかったことだけだった。

 良平も魔王を信じてソファーで眠りにつく。何一つ解決させることができないまま。ただ、唯一できるのは体を休めることだけだった。

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