(2)
魔王の指示と希のナビを受けて、良平達は近くにある戸津之守神社へと向かう。
だが、病院の出来事が街中の魔物達に知れ渡ったのか、先程まで大人しかった魔物達が良平達に襲いかかってくる。
前後を挟むように人間と同じくらい背丈がある魔物が三匹襲撃してきた。
「人徳ないですね。相手は雑魚なのに」
宗一郎がスタンロッドを槍のように使い、襲ってきたコボルトらしき魔物を打ち払い、追い討ちに先端に括りつけたナイフで刺して、仕留める。
「魔王に人徳はないと思うよ」
希が周囲を見渡しながら、地図と睨めっこしている。
良平は希に飛びかかろうとした獣人の胸に小剣を衝き立て、蹴り飛ばし、新手がいないか確認する。
上空も含めて、見える位置にいたのはこいつらだけだった。
「弱っている者から餌になる。それが魔族のルールだからな。人間とて大差がなかろうに。それを非難される言われはない」
魔王は最後の一体を徒手空拳で軽く凪いだだけでその姿を灰になって消え去る。その手が淡い紫色の光を帯びていることから魔力で磨り潰したのだろうか。
「そして、それを嘆いている暇もないのか」
「我の為にやる気になってくれたのなら、喜ばしいことだな」
良平の不満に魔王は背後を気にしながら、皮肉を言う。
「複雑。……崩れてないから、真っ直ぐ進めるよ」
希のナビを受け、宗一郎が警戒しつつ進んでいく。
良平も希の護衛と前後のバックアップをしながら、進む。
「言っておくが、こんな雑兵相手にしていてもキリがない。扉から幾らでも湧いてくる。
故に進行方向だけ倒すなり、蹴散らすなりせよ。それと退魔師の連中が妨害してきたら、我が食い止める。汝等は封印を壊すことを最優先に考えよ」
良平が振り返れば、魔王は後方を警戒しながら離されることなく追い着き、封印や退魔師に対抗する為の方針を告げる。
「それは構わないけど、一人で勝てるのか?」
良平は前方の安全と上の安全を確認する。
「阿倍野と名乗った女子の方はやり方次第で何とかなるだろう。問題は……男の方だ。あれは手強い。封印に近付くということは我の力がそがれると言う現実。それが一番厄介ぞ」
「矛盾か。完全復活する為にわざわざ、力が弱まる場所に向かわないといけないなんて、不愉快でしょう」
希が珍しく魔王の言葉に続ける。
角から向こう側を覗いていた宗一郎が手招きする。良平は壁を背にして宗一郎の隣に移動する。
「なあ、神社の方から、魔物が逃げてきてる気がするんだが――」
「どうやら、嬉しくない先客がいるようだな」
宗一郎のぼやきに魔王の表情が曇る。宗一郎が持っていた鏡を覗くと大通りに通じる道には魔物達の死体が多数、道路の上に転がっている。
それらはアスファルトを溶かすことなく焼かれ、体の一部を欠損していた。
「つまり、戸津之守神社から撤退してきた魔物が……追い出した奴の仲間だと思って攻撃してきてる訳か」
良平はウンザリした声を出した。魔王じゃなくて、人間を見つけたから必死に襲いかかる。相手にしてきた連中は己の身を護る為にやっていただけだ。
「慌てて撤退し、統制も取れてない上に我がおるのに襲ってくるとは呆れた連中だ。我と人の区別もつかぬのか」
魔王は腰に手を当てて、立腹しているらしい。見分けるのは難しいだろう。どう見ても彼女は人間にしか見えない。
「先程、言ったことは頭に入ったか?」
「僕達は余計なことをせず、封印を壊す」
返答に魔王が満足そうに頷く。
「具体的に封印はどんな形をしてるの? 分からないと壊せない」
「それは汝等には無理かも知れぬ。封印に触れると痛むぞ。故に予め、そこの男に教えておいた」
希の文句に魔王が宗一郎を指差す。
「暦氏曰く、注連縄とか岩とか飾られてる物。見分け方は地震とかで壊れていない物」
宗一郎は鏡で大通りを窺いながら、答えた。どうやら、彼は自主的に魔王の僕になっているようだ。契約を交わしている良平よりもそれらしく見える。
ここにくるまで時々、二人で何かを話しこんでいた。
しかし、それを見て、希に接する時よりも当惑の感情が湧き上がってくるのは何故だろうか。
良平が鏡を覗き込むと魔物達は大通りを東側に逃げ、こちらにはやって来ない。
「確認するが、ここにいるのは退魔師か?」
「多分、骨が折れる相手だろう。後方の警戒を代わって、あとは祈っててくれ」
良平の問いに魔王は腕組みを止め、大通りの方へ堂々と歩み出ていく。
魔王が素早く大通りを渡り、反対側のカフェテリアに着いてから、こちらを見ずに手で続くように合図する。
宗一郎がそれに続き、希を先に進ませて、辿り着いたのを確認してから、良平は大通りを渡った。
その場所から、コンクリートで作られた鳥居が見える。戸津之守神社の入り口だ。
「言ったとおりに先頭を頼む。我やこやつらでは罠で手傷を受けてしまう可能性がある故」
その言葉に宗一郎が先頭を代わり、慎重に進み始める。
魔王は宗一郎の合図を待ってから進み、希、そして、最後に良平が続いた。
それを何度か繰り返し、宗一郎が鳥居を潜り、罠らしい護符や縄を力任せに引きちぎる。
「汝等、ゆくぞ」
宗一郎が罠を解除したのを見届けて、魔王は鳥居へ向かって走る。
希が鳥居を潜った後、彼女がこちらを警戒している間に良平は一気に鳥居まで走り、境内へと侵入した。
良平が戸津之守神社の境内に入って、異常に気がついた。境内にはおびただしい数の魔物の死体が散乱していた。そして、焦げた匂いが鼻につく。
宗一郎は片っ端から、仕掛けてある対魔用の罠にわざと引っかかり、それを解除していく。
足元には魔物の死体一部が散乱していた。宗一郎は人間に反応しない物の見分け方を教わっていたのか、それもスタンロッドの電流で焼き、無効化していく。
魔王はこの場所が不快なのか、表情が険しい。ショルダーバッグを下ろして、希に渡している。
「やっぱり、キツイのか?」
「……それもあるが、以前、同じような状況で煮え湯を飲まされた。それを思い出しただけだ」
魔王は玉砂利の上を進んでいく。
良平もバックを受け取った希と顔を見合わせて、後に続く。
「もう罠を解除しなくていい。ここから先は我が先頭に立つ」
魔王は宗一郎を止めて、その脇を通り過ぎて、先頭に立った。
既に拝殿への道に仕掛けられた対魔用の罠は解除されている。
屋根を失った拝殿の階段には一人の男が座っていた。烏帽子こそ被っていなかったが間違いなく、鴨野篤弘だった。
あの夢のような靄の中に干渉してきたのは彼なのだろうか。鴨野の狩衣は一部が破れ、その髪型は乱れていた。
拝殿の周囲には戦闘の形跡が残っており、神社内の施設は壊れている。
鴨野は魔王が鳥居を潜るのを待ってから、立ち上がった。
良平達も魔王の後に続いて、鳥居を潜り、鴨野と対峙する。
「魔王と知りながら、その復活に力を貸すのか?」
ゆっくりと階段を下りながら、鴨野は魔王に対して、戦闘体勢に移る。
「僕だって、望んじゃいない。でも、扉守市から魔物を追い出すにはこうするしかない。待っていれば、あんた達が追い出してくれるのか」
良平は今までの出来事を思い返しながら叫ぶ。誰も必要な時には手を差し伸べてくれなかった。
「そのつもりだが……確かにお主達の言う方法でも、できなくはないな」
「でも、僕達を排除する方が先なんだろう」
何の感慨もこもっていない声で答える鴨野に良平は憤る。
「私は陰陽師。穢れを浄化するのが目的であって、滅することを第一の目的にはしない」
鴨野の視線は魔王で固定されたまま、良平を見ようともしない。一方、彼女も素手で鴨野の隙を伺っている。
「襲ってきた女はお前の仲間だろう! ふざけんな。街の人間に追い出された以上、俺達にはこうするしか手がないんだよ」
鴨野に反発を覚えたのか、宗一郎が声を荒げる。
「誤解だな。彼女は神道。私とはやり方が違う。あいつ等から見れば、私達は中国から伝わった呪術をベースに使う廃れた家柄の連中。そんな奴の手を借りんよ。
そろそろ、始めようか? 《絶望の満月》とやら。お主の力でこの神社に張られた結界も薄まってきた頃合いだろう?」
鴨野は自分のことにも関わらず、他人事のように言った。
「つまらぬな。我の素性を知っておるのか?」
良平は魔王が引きつけている間にゆっくりと鴨野の隙を伺いつつ、回り込んで拝殿へ向かおうとする。
気になることを言っているが、今の良平には余裕がない。
「対象を事前にリサーチしておくのは礼儀であろう。危険な封印については――特に。興味深いのはお主が反転の能力を有している魔族と言うことか。巫女殿」
鴨野が仕掛けた。玉砂利を後ろに蹴り飛ばし、魔王に襲いかかる。魔王は両手に紫色の光を宿して迎撃する。
双方共、素手にも関わらず、ギリギリ触れないで範囲で攻撃を繰り出す。
お互いがお互いに触れそうになった瞬間、周囲に衝撃波が放たれる。
良平は衝撃波を逃がせずにまともに受けてします。その体は拝殿の方に吹き飛ばされ、木の枠に肩を叩きつけられた。
痛みを堪えながら、良平は立ち上がり、希と宗一郎を探す。
宗一郎は反対側で咄嗟に伏せて衝撃波を回避し、希は潰れた手水舎を盾にしてやり過ごしていた。
魔王は不快そうにし、鴨野には余裕があるように見える。急いで封印の柱を破壊して、この場を逃げなければ、危険なことになる。
良平は自分が触れられない物を探して、屋根のない拝殿の中に入る。黒煙に覆われ、辛うじて差し込んだ太陽光を利用して、神棚に飾ってあった鏡に触れようとする。
痛みが走ると思って鏡を掴むが何も起きず、鏡も割れていた。腹いせにそれを投げ捨てる。
「拝殿にはあったか?」
宗一郎の大声に良平はボロボロになった拝殿内を見るが、壊れているものだけだった。
「ない! 奥じゃないのか?」
「ここは拝殿と神殿が一緒なんだ! もっとちゃんと探せ」
宗一郎の文句には顔を顰めた。不愉快だ。
壊れていない物など見当たらないし、鴨野の相手をしている魔王は押されている。
「やはり、封印が近いと、まともに戦えぬのか?」
鴨野が嘲る訳でもなく、ただ、その事実が面白くなさそうに言った。
魔王はそれが歯痒いのか、左手折り曲げ、右手を下げた状態で戦闘体勢を維持し、何も答えない。
希の悲鳴が聞こえた。
良平がそっちに視線を移すと希の手から微かに白い煙が見えた。彼女の前に拝殿の屋根から落ちた巨大な鈴があった。鈴には傷一つない。
「宗一郎! それだ!」
言うまでもなく、宗一郎が走って移動し、スタンロッドの柄を鈴に叩きつける。金属音と共に鈴は形を失う。
要を失った封印が弱まったのか、大気が振動し、一段と街の全体空気が淀んだように感じられた。
「ふむ。ここを護る意味がなくなったか。次は裏鬼門か。待っているぞ」
鴨野はさして残念そうに聞こえない声で言い放ち、原理は分からないがあっと言う間にこの神社から姿を消し去った。
良平は座り込んでる希に駆け寄り、両手を見る。
ただ、鈴に触れただけなのに、希の手の平は塩酸を浴びたように爛れていた。
「治せないのか?」
「神聖なる物を触ったことによる怪我はすぐに治癒できない。ショルダーバッグの中に痛み止めの塗り薬が入っておる。それを使え」
宗一郎の言葉に魔王は希の前で何故か、観察するような態度を取る。
良平はショルダーバッグの蓋を開け、中を見る。色々な物が動かないように小さなポケットに入っており、それがクッションの役目を果たしていた。
ショルダーバック内は整頓されていたが、中の構造が複雑で初めて開けた人間には何がどこにあるか、検討もつかない。
希は比較的、軽症である左手で迷うことなく、ポケットの一つから貝殻を取り出し、片手で蓋を開け、手の平に薬を塗り始めた。
良平には希の行動に違和感を覚えたのだが、何故か、思考回路が上手く働かない。かぶりを振り、上空を見上げると、紅き月は敵を撃退したことを喜ぶように十日夜まで満ちていた。




