(4)
あと11くらいでした
何が全部で18だ
すいませんすいません
良平が意識を取り戻した瞬間から慌しかった。希に急かされ、自分が持ってきた物を整理し、必要な物だけをリュックに入れる。
日が昇る前に市立病院を出発する為に、今、良平は病院の裏玄関に立っていた。
まだ、夜は明けきっていない。だが、朝日が昇っても黒煙で日が差すか、怪しかった。
この場にいるのは良平を含めて、三人。魔王は自分の姿が見えるのを嫌ったのか、この場には姿を見せてはいない。
ガラス越しの病院内には人が集まり、その中には紫藤の姿もあった。
希は良平や宗一郎よりも一歩前で見送りに、監視の為にやってきた連中を無視して、珠江の手術を行なった中年医師に頭を深々と下げた。
「お世話になりました」
「気にせんでくれ」
中年医師が軽く一礼する。顔を上げたその表情は血の気が引き、目の周りは青痣と化したクマ。次の瞬間に過労死しそうなほど、やつれていた。
「今は姉の遺体を置いてゆきます。お約束の通り、いずれ、取りに来ますので、しばらく、お願い致します」
「分かっています」
珠江が運ばれた時に立ち会った若い医師が答える。その表情はこの二十四時間ほどで死を見続けたせいなのだろうか。絶望しきっているように思えた。
『いい気味だわ。自分達だけ、いい思いして許せない。当然の報いよ。どうせ、その魔王は私を選ぶわ。蒔いた種は既に芽を出しているのだから……愉しみよ』
裏玄関のホールにいた紫藤の声が頭の中に響く。良平はこの現象を魔王の力と契約によることと受け入れた。
もっとも、魔王がそう思わせている可能性は捨てきれないが――
「大戯けめ」
魔王の声がして、良平はできうる限り、慎重に眼球だけを動かし、辺りを探す。
「馬鹿者。一々、探すな。術で姿を消しておる。我の努力を無駄にするな。それよりも、理由を聞かずにこの場より疾く離れよ。向かうは北東だ」
小声だったが希にも聞こえていたのか、希は病院の門へ向かって、悟られないようにゆっくりだが歩きだす。
宗一郎に促され、良平も門の方を見ると薄っすらと魔王の姿が見えた。雨がっぱに似たコートを被り、口元を同じ材質の布で覆い、声を漏らしそうになった良平を睨んでいた。
希や宗一郎に続き、良平も見ている人々に不信感を抱かせないように門へ向かって歩き続ける。
東の空に微かに太陽が昇ってきていた。
「……これから何か起こるのか? それに今まで何してた?」
良平は門を通過して、指示通り北東へ向かう。しかし、魔王は問いに答えなかった。
壁で見送りと監視の連中の視界から見えなくなったのを確認したのか、魔王が姿を現した。
「結界が御気に召さない様子だったので解除した。それだけの話だ」
魔王は歩きながら、雨がっぱに似たコートを脱ぎ、それを丁重に折り畳み、ショルダーバッグへしまい込む。
「結界を解除するとどうなる?」
足場が悪いせいで宗一郎は慎重に歩きながら聞く。
「大したことは起きぬ。ただ、その領域の優先順位が変動する。今まであの建物の中にいる人間を攻撃する優先権は我にあった。先程、それを放棄しただけの話だ。退魔師共は良かれと思って追い立てたのだろうが」
魔王は最後尾で良平達をせっつく。
「じゃあ、暦氏が来てから、今まで魔物の進入がなかったのは――」
「今まで優先権が君にあったから――」
良平も真実に辿り着く。
「人が密集してる上にその大半が弱ってる。――今、病院は他の魔物の狩場になってる」
希が結論を口にした。その言葉に魔王以外、その事実に動きが止まる。
「皆殺しだろうな」
軽々と荒れた道を歩きながら、魔王は先へ急ぐように手で示す。
良平は病院へ戻ろうとして、魔王に腕を掴まれる。
「今更、無駄だ。数が多すぎる。汝が戻っても棺桶に入る羽目になるだけだ。わざわざ、贄になる為に戻るな」
一瞬で体から力が抜ける。魔王が生命力の供給を弱めたからだろう。
「珠江お姉ちゃんの遺体、無茶苦茶にされるのかな。亡くなってからも乱暴されるなんて」
隆起したアスファルトの頂点に立っていた希が寂しそうに呟く。
良平は魔王の手を振り払い、希に近寄って、その白くて小さい手を握る。
励まそうとして、何も言えなくなった。無力な自分が嫌になる。
「それはない。さすがに嫌であろうから、結界を解除する前に事前に荼毘にふしておいた。しっかりと持っておれ」
魔王は移動しながら、ショルダーバッグから白い小さな袋を取り出して、希の前に差し出す。
良平は希の手を離す。彼女は白い袋を割れ物が入っているのかのように大事に両手で受け取った。
魔王が希を避けているように見えたのに――どうして。
「ありがとうございます」
「幾ら、時が流れても変な趣味の奴はおる。警戒はしておくべきであろう。それに汝達が公園に出向いた時に内部から焼いておいた。黙っておって、すまぬ」
魔王は希からほんの少しだけ顔を背けた。
「やっぱ、暦氏、いい人だな。ツンデレだけど」
宗一郎が場に似つかわしくない単語を口にする。
「つ・ん・で・れ? 意味が介せぬ。それに我は人などではない。言葉のアヤであろうが、見た目が一緒だろうが後天性であっても一緒くたにするな。不快ぞ」
魔王は困惑しているのか、眉毛を顰める。
希が自分のリュックに姉の遺灰と思しき袋を収めて、それを再び、背負うと同時に冥府の奥から聞こえるようなおぞましい叫び声が病院の方から複数聞こえた。
それはタッチの差で朝を迎えられなかった人々の怨嗟の叫びだったのだろうか。
聞いてるこっちの方が足が竦むような怨念を感じた。
「やはり、我が動くのを待っていたか。魔物達が今まで手を出さなかったのは我の供え物だと思っていたのだろうな」
魔王はとにかく、この場から離れたいのか、良平と希の肩を押す。
宗一郎は既に希の手を取り、走りだしていた。
視界の端に屋上へ逃げた少女の姿を捉えた。紫藤だった。既に魔族に追いつかれ、その服は赤に染まっていた。
「助け――」
紫藤が叫ぼうとした瞬間、明らかに他の魔族とは違う黒い羽を生やした人型の悪魔が易々と彼女の首を刎ね落とした。
良平が正面に向き直ると希と宗一郎が悲鳴を聞き、足を止めて病院の屋上を眺めていた。
「急ごう」
良平に促されて、二人は我に返ったのか、先を急ぎ始める。前を向く一瞬、希は笑みの形を作るように口の端を吊り上げていた。
多分、見間違いだろう。




