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魔王が嫁になりました  作者: 明日今日
第三章 痛哭
11/25

(2)

 良平が意識を取り戻すと希は隣で休んでおり、正面には座り込んでいる魔王の姿がある。

 寝れないと思っていたが、体は疲れ果てているらしい。

 辺りを覆う闇で時計を見なくても夜を迎えたことだけは分かった。

「どうした? 死体に囲まれて落ち着かなくなったか?」

 魔王は窓から差し込む月明かりに照らされ、魔物が飛行するようになった夜空を見る。

 人じゃなくても、魔王の雪を連想させる白い横顔は彫刻のようだった。

「そんなんじゃない。ただ、目覚ましに夜風に当たってくる。ここを頼む」

 良平はエマージェンシーブランケットから抜け出し、希を起こさないように立ち上がる。

「危なくなったら我を呼ぶがよい」

 魔王がからかうように言った。だが、その視線は空に向けられたままだ。

「……君は、実は本当の目的があるんじゃないのか?」

 良平は気になっていたことを口にする。傍においていたリュックから小剣を取り出し、ジーンズとベルトの間に鞘を差し込む。

「……人間は詮索が好きだな。我は己の復活以外興味はないぞ」

 魔王は良平を見ないまま、答えた。何かを隠しているのだろうが、喋るような相手でもない。

 もっとも、この問いは自分が契約を交わしていなければ、殺されるリスクを負っている質問なのは確かだろうが。

 それ以上、何も追求せずに希と魔王。そして、死者だけの別館から出た。


 良平は病院の中庭にやってきた。噴水の近くに向かって歩く。二月の夜風が冷たく吹いており、その風の冷気によって一気に目が覚める。

 見渡すと中庭の状況は夜中に見た時よりも酷く壊れていた。恐らく、余震のせいだろう。

 月明かりがなくても火事の炎によって最低限の視野は確保されている。

 だが、逆に普段、街を照らしている街灯は電力や切断されているだろう配線の関係で役目を果たしていなかった。

 だからこそ、すぐに中庭の隅にいた人物を認識できなかった。

「今、この時間でこの場所ならば、邪魔は入るまい。魔王と契約した元凶よ。今度こそ、小生が葬り去ってくれる」

 スーツ姿の少女が玉串を手にしていた。

「……阿倍野靖花。話を聞いてくれ。僕は仕方なしに契約したんだ。暴徒から人を護る為に! それが悪だと言うのか!」

 無駄だと思ったが、良平は靖花を説得しようと、彼女から見える位置に両手を挙げる。

「悪よ。どうして、それ自体が仕組まれたことだと思わないのです。それを察知できない時点で話し合いの余地はありません。人としての良心が残っているのならば、自害なさい!」

 靖花の主張に良平が絶句する。その可能性は否定できないが、そんな言い方をされて、黙っている訳にはいかない。

「じ、自殺なんてできるか。僕は死にたくない。ただ、生きていたいだけだ!」

 ゆっくりと歩み寄ってくる靖花に良平は手を下ろして小剣を鞘から抜き放つ。

「普通に生きていたい? 何を言っているのですか! この病院に張られている結界に気付かないのですか?」

 靖花は嘲るように言い放ち、更に近付いてくる。良平は小剣を両手で構えて戦闘体勢に移る。

「結界? 何のことだ!」

「――なるほど。お前には感知する能力がないのか。或いはとぼけてのか。

 いいだろう。教えてやろう。この市立病院には結界が張られている。魔族によって創られた結界だ。あの魔王が他の魔族に入り込まれないように創ったようだが、ごく微量だが、瘴気を発生させる。

 ここは病院、瘴気に中てられただけで死ぬ人間がでてくる。特にこのような状況では言わずとて分かるだろう」

 靖花は玉串を構える。恐らく、この距離が彼女の一瞬で詰められる間合いなのだろう。

 こうなった以上、良平は戦うしかない。

「だからと言って、ここで殺される訳にはいかない」

 良平が叫ぶと同時に靖花が踏み込んできた。打ち払う要領で小剣を振るう。

 だが、靖花の玉串を切断するどころか、玉串に宿った霊力に受け止められてしまう。

 靖花がすかさず、右足で蹴りを放ってくる。

 右に飛んで靖花から距離を取ろうとする。だが、靖花は向上している良平の身体能力を苦にせず、読んでいたのか最短ルートで迫ってくる。

 良平が転げるようにしてその場を離れた瞬間、玉串が振り下ろされた。

 振り下ろされた力で空間が爆ぜ、地面が焼け焦げる。

 慌てて、良平が立ち上がろうとするが、靖花はそれよりも早く移動し、玉串を振り下ろそうと襲いかかる。

 その瞬間、靖花が慌てて攻撃を中断し、急いで良平から離れ、裏口の方を睨んた。

 良平は急いで立ち上がり、靖花の視線を辿る。

「もう見つかったか? 早い」

「人間。貴様が結界の話をしていたではないか? まさか、忘れたのではあるまいな? それとも、貴様が我等を追跡していることを察せぬと思うたか?」

 やはり、魔王の姿があった。その手には胡桃のような得体の知れない実を持っている。

 靖花は舌打ちをする。

「呼べと言った筈だ。色々と笑えなかったぞ」

 魔王は憮然とした様子で靖花を睨んでいる。その態度は良平に向けられたものだが、彼女が放つ殺意は靖花に向けられていた。

「さて、二対一だがどうする? 我に慈悲でも乞うか? 人間、貴様が命乞いを望めるような立場だとは思わぬことだ。我は貴様のような奴が一番嫌いなのでな」

「助けに来なかった訳ですか? それとも、小生の隙を狙う為の囮か」

 靖花は蔑むように言い放った。原理は分からないが、魔王は予め、結界の内部の会話をある程度、把握できるようにしていたのだろう。

「後者は当たっているが、他の鼠を駆除しておっただけの話。鼠と言う点で言えば、貴様もさして変わらぬか。一族の爪弾き者」

 その言葉に靖花の表情が歪む。それは良平には激しい殺意に思えた。

 多分、靖花の仲間が病院内に入り込んでいたのだろうか。

「言ったであろう。生まれた時から魔王ではないと」

 魔王は良平に向けて言ったのか、からかうような響きがあった。それは人の心を読むことに関してなのだろうか。

「とうとう、半月まで満ちたか。魔王とその従者よ。お前達は人間に災いをなす。上空の紅い月がその証だ!」

 見れば、夜空にあった紅い月は半月に変化していた。同時に人の気配を感じて、良平は中庭への出入り口を見た。

 出入り口には紫藤がドアのガラス張りつくようにして、こちらを眺めている。視線の先は魔王がいる辺りだ。

 しかし、紫藤に魔王が見えているとは思えない。声は聞こえているのだろうか。

「これ以上、ここで戦う必然はないか」

 一般人を巻き添えにする必要はないと思ったのか、騒ぎを嫌ったのか、再び、靖花はあっさりと引き下がった。

 魔王は追わずに紫藤の方を眉毛を顰めて、観察していた。

『取り合えず、あの小娘が魔王に従う人間を追い立ててくれれば、この襲撃の意味はあるか』

 再び、声が聞こえた。靖花の声だろうが、既に彼女は病院から姿を消しており、聞こえるとは思えない。

 自分に読心術がある筈もない。これは魔王の能力だろうか。それが契約を介して、自分にも伝達しているのだろうか。

「人間はえげつない手を平気で使う。それより、聞かれたと思うが、アレはどうする」

 いつの間にか魔王は良平の近くに立っていた。その表情はやや困惑しているように見える。

 良平には魔王が困惑する理由が分からない。

「……紫藤と話す」

 良平は無理だと確信しながら、魔王に自分の考えを話す。

「アレに話が通じるとは思えぬがな。女子が言ったことが真実ならば、あの手の人間は思い込みが激しいからな。魔族の立場から言わせてもらえば、利用する分には問題ないが、話し合える相手ではないぞ」

 希の言葉を引用しつつ、魔王は呆れていた。

 この件に関して、魔王の認識が正しいと考えた。多分、人間として――なのだろう。

「何故、我が汝を連れて公園に向かったか……分からぬか?」

 魔王が良平の腕を掴んでいた。その目は真剣だった。

 良平は公園で紫藤の名を出したことの意味を考えた。彼女が怪しい儀式を行なっているのならば、尚更、追うべきではないのかと。

「紫藤が関わってるなら追いかけるべきじゃないと言いたいんだろう。それでも、病院内に言いふらされるよりはマシだと思う」

 魔王が腕を放した。表情には結果が分かっているような雰囲気が漂っていた。それに反発するように紫藤の後を追った。



 良平が紫藤に追いついた時、既に病院内には不穏な空気が漂っていた。疑惑と不信。負の感情が渦巻いている。

 良平に被災者の視線が集まるのを感じる。それが疑心と不安の眼差しだと直感する。

 紫藤は被災者の中心にいた。その姿は教祖と信者のように見えた。彼女は魔王のことを話したのだろう。

 そして、この先の見ない不安定な状況下と精神状態で彼等は普段、虚偽だと一喝される出来事を信じてしまったのか。或いは紫藤が生徒会長としての能力を使い、巧みに誘導しているのか。どちらにせよ。良平にとって最悪の状態だった。

「紫藤。話がある。場所を変えてくれないか」

 良平は紫藤に告げる。だが、彼女は鼻で笑っていた。

「ここで話せないことなのかしら。ふざけないでよ。あの女の話、聞いたわよ」

 紫藤は勝ち誇ったかのように腕組みする。

「それは誤解だ。あの人は何かを勘違いしてる」

 良平は紫藤の様子を窺いながら、言葉を選びながら話す。

「あの女、魔王と契約とか言ってたわよ。それが本当なら、あの空のでかい穴は鬼緒が開いたことになるんじゃないの?」

「僕は扉に関して何もしていない」

「はっ。馬脚を現したわね。扉? どうして、空に開いた変な穴が扉だと思うの。鬼緒が開けたからでしょう」

 好機とばかりに紫藤が追求してくる。隣にやってきた魔王が良平の耳元で囁く。

「伝承で調べた。お前こそ、空の異変を穴だと認識する」

「古い伝承で見たんだ。紫藤こそ、空の異変を穴だと認識する根拠を知りたい」

 良平の対応に紫藤が笑みを浮かべる。

 紫藤の瞳は魔王の姿を捉えているのか、良平に対して、妬みらしき感情を含んだ羨望が向けられている気がした。

「そんな時間ないでしょう。それに隣にいる得体の知れない女の言葉をそのまま言っても説得力はないわね。皆さんにも見えるでしょう」

 紫藤の言葉に誰も反応しないと思われたが――

 「ああ、薄っすらとだが見える」「返り血のようなのが」などと口にして騒めく。

 魔王の力が半月まで戻った余波か、魔王の姿が人々にも見えていたらしい。最悪の展開だ。

 すかさず、希が現れ、良平の前に立ち、紫藤との間に割って入る。

「良ちゃんが魔王と契約して、暴漢を退けたのはあたし達、姉妹を助ける為よ。あたしと姉に犯された上に黙って殺されろと言うの? ふざけないで!」

 その反論に被災者達が黙り込む。

『貴方達が消えれば、私が鷹羽の姉を巻き込んだ件は永遠に葬り去れる。悪魔を呼び出しことも。そして、代わりに私が魔王を使役できれば――』

 また、声が聞こえた。紫藤の声で間違いないが、彼女はこちらに止めを刺すタイミングを狙って押し黙っている。

 やはり、魔王自身が読心術を会得し、契約の副作用で良平に伝わってくると考えた方がしっくりいく。

「言ったところで、人間共が聞く訳がないと思うが。何故なら、ここの人間共は汝等を追い出したがっている。追い出せば問題が解決すると思い込んでおる」

 魔王は前を向いて、口元を手で覆い、良平だけに聞こえる声に言った。

「君達が必死に生死を潜り抜けてきたことは分かった」

 白衣で医院長と書かれたネームプレートを胸にぶら下げた初老の男が現れ、口を挟む。

「だが、ここにいる人間を巻き添えにすることは許されない。君達には出ていってもらう」

 一瞬、喜んだ希の希望を粉々に破壊するように医院長の言葉は重々しく容赦がない。

 対照的に紫藤は良平以外に悟られることなく密かに醜悪な笑みを浮かべる。

 それは良平が紫藤を魔物と見間違えたほど、強烈で歪んでいた。生徒会長だった彼女にはファンが多くいたが、彼等にその性根を見せてやりたい。

「お前等、自分が助かる為に、良平と希を追い出すのか? 街には魔物が徘徊してるんだぞ! 今、追い出したらどうなるか考えなくても分かるだろう」

 奥から現れた宗一郎が良平達を除く全ての人間に対して、噛みつくように怒りをぶつける。

 被災者達は目を逸らすが誰一人賛同しようとしない。

『良平はともかく――希を追い出させる訳にはいかない』

 宗一郎の心境が聞こえた。良平の体に震えが走る。友人にそんな風に思われていると信じたくなかった。

「その幽霊みたいな女もだ。……今、出ていけとは言わない。夜が明けたら、出発してくれ」

 医院長は溜め息を吐きながら、譲歩案を提案する。

 希は真っ青でふらつく。良平が後ろから抱きかかえるようにして、彼女の体を受け止めた。

 宗一郎の本心を知って良平は彼の方を見れなかった。

「……俺も逃げ出させてもらう。人間として最低限の誇りも常識もない奴等と一緒にいたら、寝首を掻かれかねないからな」

 宗一郎の皮肉に被災者達の大半が驚きに身を震わせた。明日は我が身。恐らく、同じようなことが起きる可能性を懸念したのだろう。

 物資は来なくてもここに立てこもれば、魔物の侵攻を防げると思っているのかもしれない。

 魔王に言わせれば、それまで生き残れないらしいが――

「黙れ! 俺は本気だ」

 宗一郎は何か喋ろうとした医院長より先に言い放ち、背を向ける。良平を含めて、この場で言葉を交わすことさえ拒絶した彼の背中が遠ざかっていった。

 被災者達は宗一郎を止めようとはしなかった。追いかけることもなく。

「大丈夫。一人で立てるから」

 希が良平の手を振り解いて、一人で立った。

「では、厚かましいですけど、もう一つだけお願いします。姉を頼みます。全てが終わったら迎えに来ます……から」

 希は精神的にかなりのダメージを受けているのにも関わらず、珠江のことを口にした。

 医院長は「ああ」と小さく頷いた。良平達を追い出すことに対する罪悪感はないように思えた。

 冷静になって考えれば、暴動を防ぐ処置なのだろうが、この状況で追い出されて納得ができるわけがない。

「良ちゃん。日の出まで休もう」

 希はその華奢な容姿に似合わぬほど、良平の二の腕を強く掴んだ。恐らく、服の下に痣ができるくらい。

 希の目には一切の拒否を受け入れない強い光が輝いていた。

「そうだな。次はいつ、屋根がある場所で寝れるとは思えないし」

 精一杯おどけて見せる。しかし、希の表情は固い。

「皆さん、お世話になりました」

 希はこの場にいた連中に対して深々と頭を下げた。その行動が皮肉だったのか、謝意の表現だったのか、良平には区別がつかない。

 良平は希に引っ張られるようにして、珠江の亡骸が安置されている別館に戻った。その間、何もかける言葉が見当たらなかった。

 そして、何も言えないまま、まどろみの中へと沈んでいった。

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