セカンドキスは何の味?
「ねぇ、香織は今、幸せ?」
自分が幸せかどうか問われたのは、いつもの学校の帰り道、いつも一緒に帰るクラスメイトだった。
「難しいことを聞くね彩香は……」
夕暮れの空を背景に飛んでいくカラスを目で追いつつ、クラスメイトの質問に対する答えを考える。
「いや、あたしと一緒にいて幸せかな、って思って……」
「ああ、そういうことね。勿論幸せだよ?」
「そっか……よかった。」
彩香は少し笑うと、今更恥ずかしくなったのか、少し歩調を速める。心なしか、少し顔も赤い。
私、香織はクラスメイトの彩香と付き合っている。
世間一般的には同性愛、と括られるのかもしれない。普通ではないことは承知しているので、他の友人には、まだ話していない。彩香も同じように。
「でも告白された時はびっくりしたなー。まさか彩香にそんな風に思われてたなんて。」
「やめて……今でもすごい恥ずかしいから…」
私と彩香が恋人になったのは、もう一ヶ月程前の話になる。
それまでは休み時間に雑談したり、放課後に寄り道して遊んだりする、一般的な友人だった。
しかし、一ヶ月前、突然改まった文章で綴られた手紙が、学校の机に入っていた。手紙に書いてある場所へ行くと、顔を真っ赤にした彩香に唐突に告白された。
「だって前置きもなく、あたしと恋人として付き合って、だよ?驚くって。」
「うわああ!やだやだやだ!やめてってば!」
告白された私は、何が起こったのか理解できず、呆然と立ち尽くしてしまった。
顔を赤くしたままの彩香は、拒絶されるのが怖かったのか、少し涙ぐみながら、しばらく私の返事を待っていた。
私は同性愛者ではなかったけれど、彩香の告白は不思議と嫌ではなく、むしろ少し嬉しかった。
ただその後に少し問題があった。
「それに……その、き、キスも……されたし……」
「う……あの時は……本当にごめん……」
私が彩香の告白を承諾すると、彩香は大泣きしながら私に抱きついてきた。
そして彩香はしばらく私にしがみついて泣いてから……私の唇を奪った。
完全に泣いている子供をあやす気分でいた私は突然のことに驚愕し、何もできずにされるがままになっていた。
「でも香織だって抵抗しなかったじゃんか!」
「だ、だって……抵抗なんてしたら、泣きながらどこかに行っちゃうかもしれないじゃない……」
実際は、そんなことは考えていなかった。唇が触れた瞬間に、背中から頭に電気が走るような、そんな感覚に襲われ、惚けるような気分で彩香に体を預けていた。こうして私のファーストキスは、予想外の場所で奪われた。
「だ、大体、なんで告白した直後に、あんなに大胆になれたのさ。」
キスの感覚を思い出してしまい、途端に恥ずかしくなってくる。恐らく赤くなっているであろう顔を誤魔化すように顔を背けて問い詰める。
「それは……これのせいかも……」
彩香は暫くもじもじとした後、鞄から鮮やかな包み紙に包まれた菓子を取り出した。ピンクと黄色のポップなデザインで飾られたそれは、飴玉のように見える。
「何これ?飴?」
「いや、ウィスキーボンボン……結構度数高いやつ……」
言われてみれば、飴玉にしては少し大きい気がする。それにしても、これとキスと何が関係しているのだろうか。
「その……告白する勇気がなかなか出なくて……酔ってたりしたら上手くできるかな……とか考えたり……」
「つまりあの時、酔っ払ってた……ってこと……?」
「かもしれない……」
なんだそれは。つまり私は酔った勢いでファーストキスを奪われたのか。初めてを、そんな軽いノリで。
そこまで聞いて段々と腹が立ってきた。勇気を出して告白してくれたんだな、なんてドキドキしていた私が馬鹿みたいじゃないか。
「つまり彩香はお酒の力がないと私に告白できなかったんだね。」
少し嫌味ったらしく言い放つ。彩香はお菓子を持ったまま俯いている。
「勇気を出して告白してくれたんだな、なんて思ってたのにな。なーんだ。」
彩香は反論するでもなく、足元を見つめている。よく見ると少し肩を振るせていた。
泣いてしまったのだろうか。別にそんなつもりはなかった。少し意地悪をしたくなっただけだった。
「……なーんて、じょうだ……ん……!」
慌てて冗談だよ、と流そうとした香織を急に抱き寄せ、唇を重ねる彩香。カサリ、と彩香が持っていたお菓子が地面に落ちる。
ふわりと彩香の匂いが強くなる。それだけで脳がクラクラとする。整理をつける暇もなく、唇の感覚が伝わる。柔らかい、熱い、気持ちいい。
呼吸をするのを忘れて、情事に溺れる。前に感じた、ビリビリとした刺激が背筋から脳へと伝わる。
暫くした後、ごく自然にゼロ距離から離れる。
「……あたしだって……勇気、だせるし。」
先に口を開いたのは彩香だった。そっぽを向きながら小声でそうつぶやいた。真っ赤な耳が、今彩香がどんな顔をしているかを安易に想像させる。
またキスをされた。また不意打ちで、また彩香から。
彩香ばかりずるい、という妙なプライドが私の中に生まれる。
「……本当に食べてないかなんて……わからないじゃん。」
かくいう自分も余裕があるわけではなかった。脳の神経が焼き切れるかと思う程の刺激にあてられ、感情のコントロールが上手くいかない。
彩香は香織の方に振り向き不思議そうな顔をする。
日は完全に落ちたらしく、暗がりの中にもかかわらず、まだ上気しているような彩香の顔の赤さがよくわかる。
「だから……確かめる。」
「確かめるって……」
反論などさせないうちに、今度は彩香を抱き寄せ、私からキスをする。
唇を重ね、舌を少しだけ出し、彩香の唇に遠慮がちに触れる。
彩香は驚いたように僅かに震える。しかし、拒む様子はなく、私の舌に舌を触れさせる。
どちらからともなく舌を絡ませ、もっと深く、深くと入り込もうとする。先程の刺激とは比べ物にならない電気が脳髄を駆け巡る。頭の中が真っ白になり、このまま溶けてしまうのではないか、という錯覚すら感じる。
キスをしながら閉じていた目を薄く開く。目をぎゅっと閉じて、行為に没頭している彩香の顔が、文字どおり目と鼻の先にある。それがまた淫蕩な気分を駆り立て、背筋に走る電気がより一層強くなる。
息の続く限りのキスをして、若干名残惜しく、再びいつもの距離に戻る。唇と唇を離したときに伝う唾液の糸が街灯の灯りに照らされ、淫靡な光を放つ。
「……お菓子、食べてなかった。」
「うん……」
キスの言い訳のように口を開く。彩香は特に咎めるでもなく、じっとしている。
「その……さっきはごめんね。意地悪な事言って。勇気を出してくれたの、わかってたのに。」
「ううん……あたしがちゃんとできれば良かったんだ。こんなのに頼らないで。」
彩香は足元に落ちているお菓子を拾い上げ、暫く眺めた後、カバンに入れた。
「それに……いい事もあったし。」
再び顔を赤らめる彩香。香織もつられて頬を染める。
「ねぇ、香織。」
「何?」
「大好きだよ。」
「私も、大好きだよ、彩香。」
思えば私が彩香に好きと伝えたのはこれが初めてかもしれない。でもそんな事はどうでもいい。
これからいくらでも伝えていけばいいのだ。
大好きな恋人に。