序章 プロローグ
三匹のお伴を従えて、鬼ヶ島に鬼退治。
日本で最も有名な童話を、自分なりの解釈と視点でアレンジして行こうとおもっています。
「ならんと言ったならんっ!」
耳をつんざく怒声が大広間に響き渡った。それまで喧々諤々としていた会議の場は一瞬で静まり返る。
「あの山を切り崩すことは、儂の生ある内は決して許さん! どんな理由だろうと関係ない。聞く耳すら持たん! よいなっ!」
あまりに横暴な老人の言い分に、幾人かの出席者が口を開きかける。しかし、老人の鋭い眼光で睨み付けられては何も言えず口籠る他無かった。とても平均寿命を優に超えた老人の眼差しとは思えない。威圧感すら放つ老人の迫力に、もはや異論を唱える者はいなかった。
「彦摩呂。後は任せる。他の案件はお前たちで処理せよ」
「畏まりました」
隣に座る男に後を委ねると、不機嫌な態度を隠そうともせず老人は大広間を出て行った。老人が退席すると、それまで張り詰めていた空気が一気に緩み、大広間のあちこちから安堵の吐息が聞こえてくる。
「父上の我が儘に付き合せてしまい、誠に申し訳ない」
彦摩呂と呼ばれた男は、畳に手を付き深々と頭を下げた。
「彦摩呂殿。何故、彦那様はあれ程までにあの山に拘るのです。何か思い当たる節は無いのですか」
不満気な表情を浮かべた男が、足を崩しながら問いかける。先ほど老人の眼圧に黙らされた男だ。よほど悔しかったのか、言葉には苛立ちが感じられる。
あの山。ここ蓬莱島に造られた都・桃安京の北東に位置する大きな山、御門山のことだ。都の更なる発展の為、御門山を開拓すべきだという大勢の意見に、先ほどの老人――吉備津彦那だけが強く反対している。
実務の大半を息子の彦摩呂に委ねたとは言え、この蓬莱島の統治者はあの老人。彼が頑なに拒んでいる以上、それを無視する訳にはいかないのだ。
「御門山を切り拓けば、都も更に大きく出来る。それに、あの山の資源は民の生活も豊かにしてくれる。それを分からぬ彦那様では無い筈なのだが……」
別の男も怪訝な顔で首を傾げる。
彦那は決して反対する理由を口にしなかった。かつての英雄も歳には勝てぬのかと思えば、他の案件に関しては理路整然とした判断を下し、今でも聡明な様子を見せる。それがかえって他の者たちを困惑させるのだった。
「残念ながら、わたしは何も」
申し訳なさそうに彦摩呂は首を振る。
「……武殿は父上との付き合いも長い。この島に来た時からの仲。何かご存知ではありませんか」
会議の最中から今に至るまで、一言も発することなく座していた老人に視線が集まった。彦那が退席し皆が足を崩して楽にしている中、一人足を崩す事も無く、ピンと背筋を伸ばしたまま身動ぎ一つしない。
皆が期待の眼差しを注ぐと老人はゆっくり口を開いた。
「彦那様のお考えは彦那様にしか分かりません」
淡々と語られる言葉に皆が肩を落とす。しかし、老人は構わずに言葉を続けた。
「ただ、わたしが考えるに……恐らく鬼の所為でしょう」
鬼。その一言に皆が言葉を失った。彦那の鬼退治は、誰もが知る伝説だ。しかし、今となっては当時を知るものは極僅かであり、この場にいる面々も鬼と彦那の戦いを逸話として知るばかり。この老人――狗神武、ただ一人を除いては。
「一人の鬼。あの鬼が、今も彦那様の心に棲みついているのです」