エピソード009「観自在の小心」
床に寝転んで、見慣れた自分の家の天井を眺めている。
弟も妹もお母さんも居ない昼間の家の中で、僕がこの部屋を独り占めしていた。 昔、大風邪をひいて学校を休んだ時の事を思い出す。 もっと早く、…こうすれば良かった。 それでも、隣の部屋からはお父さんの大いびきが聞こえてくる。 それでちょっと学校をさぼっている事が後ろめたく感じられた、でも、だって、
殺されかけたんだ、…大けがしたんだ、…
なのに、僕の身体には傷一つ残っていない。 服が汚れていたから、血反吐を吐いたのは確かなのに、何一つ証拠が無い。 昨日夢で見た不思議な悪魔が、僕に「永遠不滅の身体」をくれると言っていたのは、本当に起こった事だったのだろうか? それと、悪魔はもう一つの事を言っていた。僕に「透視能力」をくれると言っていた。
でも、どうすればそんなモノが使える様になるのかはさっぱり判らない。 天井の向こうも、家の薄い壁の向こうも、透視する事なんて、幾らやっても無理そうだった。
僕は、もしも透視能力がもらえたとしたら、一体何が、見たかったんだろう? あの隠れ部屋の隣の女の人の裸? クラスの女子の裸? もやもやと、肉の欲望がこんな情けない僕の腹の中でも、鎌首をもたげ始める。 結局、僕は、何の取り柄も無い、ただのエッチな男子なんだ。それが時々嫌になる。時々情けなくなる。 人並みな事を何一つ上手くできないくせに、僕の身体はエッチな事だけは要求する、こんな自分の言いなりになる事が、本当に時々嫌になる。
ラプラス:「浩太君の本当の価値は、私が一番よく解っているわ。」
あの、悪魔はそう言った、いや、きっと僕は、そう言ってくれる誰かが欲しかったんだ。
その時、家の外で、子供の、女の子の声がした。 歩き始めたばかりの小さな子が、お母さんと話をしながら散歩している。
ふと、何気なく声のする方に首を傾けた、その瞬間に、何かが見えた気がした。 いや、もっと正確には、何かを思い出した気がした。 小さな女の子が、柔らかな日向の道を、楽しそうに散歩している。 それから、女の子は、僕の方を見た。 確かに、僕に気づいた?
僕は急いで、その記憶?から目を背ける。 途端に、現実の視界は元の部屋の天井になって、記憶の中の風景は一瞬の内に消え失せる。
呼び鈴:「ピンポーン!」
突然、呼び鈴がなって、僕は、お父さんを起こさない様に急いで玄関に駆けつける。 …何かの集金か、宅配便か、まさか学校の先生?
ガラガラと格子にガラスのハマった引き戸を開けると、そこに立っていたのは、昨日の綺麗な女の人の姿をした悪魔、デーヴィー・ラプラスだった。
望月:「本当の、…こ、と…」
事だったんだ?
ラプラス:「ええ、全て、現実に起こった事よ。」
ラプラスは遠慮も無しに、ずかずかと家の中に上がり込む。
望月:「あ、い、…」
今、中でお父さんが寝てるんだ。…と言おうとして、
ラプラス:「心配しなくても起きないわ、なんならずっと眠らせておく事もできるけれど、どうする?」
ラプラスは、妖しい微笑みを浮かべながら、僕の事を上目づかいで見る。
そんな事は、望んでいない。
ラプラス:「能力の使い方は、解ってきたみたいね。」
彼女は、部屋の隅に畳んだ布団の上に、勝手に腰かけて、ゆっくりと脚を組み替える。
僕は、自然とその陰の奥の方に、視線を、意識を奪われて、…
実際には真っ暗で見えない筈の、その、ラプラスの素肌の剥き出しの「女陰」の更に奥を、記憶の中で思い出していた。 本当の「本物」を僕は実際に見た事なんて無い筈なのに「それ」は余りにも鮮明に、僕の記憶の中にあった。
ラプラス:「そう、貴方の「観る」能力は、実際の目に頼っている能力では無いわ、貴方が「観よう」としたモノは、情報として貴方の記憶の中に出現する。 それを思い出す様にして「知覚」する。 そうね、貴方たちの見る「夢」と似ているかも知れないわね。 それは物質でも、電磁波でもない、純粋な「情報」。 普通の人間に「知らない事を思い出す」事は出来ないけれど、貴方には「知らない事を知って思い出す」事が出来る。」
ラプラス:「そうしてもう一つ、大切な事が有るわ。それは、…貴方が「観て」いる事は観られている相手にも解る、と言う事。観られている者はそれを「何処からとも判らない視線」や「違和感」の様に感じるかも知れないし、「不意に貴方の事を思い出した」様に感じるかも知れない。 どちらにしても「観る」という行為は、観る側と観られる側を繋ぐ行為だから。 黙って、相手に知られない様に覗く事は出来ない。」
どうして、僕に、こんな、…
ラプラス:「誰でもがこの能力を使える訳ではないわ、貴方が、選ばれた人間だったと言う事よ。」
僕に、何を、…
ラプラス:「時が来たら貴方を迎えに来るわ、貴方は私にとって重要なカードの一つ、私の命令に従って「神々の戦争」で戦ってもらう。でも暫くは、これまで通りに暮らしていなさい。その能力を上手く使える様に、出来るだけたくさんのモノを「観る」練習を、すれば良いわ。 今の貴方になら、西本美幸の爪先の隙間から耳朶の裏側まで、全部、暴く事が出来るはず、…」
僕は、もう、…
ラプラス:「そうよ、クーリングオフは受け付けないわ。」
その時、僕は、デーヴィー・ラプラスの妖絶な裸体の奥に悪魔の本性を「観た」気がした。 それはまるで焼き尽くされた焦土を尚も覆い尽くす不滅の炎の様に、紫色のフレアを揺らめかせて、…