エピソード008「不死身の肉体」
誰かが、僕を、引き起こした。
寝惚け眼に男の人が見える。知らない人だ。 男の人は僕の襟首を掴んで引き摺りあげ、何か言っている? 叫んでる?
そうか、僕はいつの間にかこの部屋で眠ってしまっていたんだ。 そう言えば、何だか変な夢を見た様な、気がする。
男の人は僕の身体を力任せに揺らして。 何だか、怒っているみたいだ。 どうして、此処に、男の人が居るんだ?
男:「お前は一体誰だ? 何でこの部屋にいる? どうやって部屋に入った?」
だんだん、意識がはっきりしてくる。 目が覚めて、男の人の汚い唾の飛沫が飛んできて、僕の唇に付いた。 僕は、思わず顔を庇って、…男の人が、僕の顔を、思い切り殴った。
頬骨の肉が押し潰されて、毛細血管から、涙が溢れだす。
女:「ちょっと! こうちゃん、乱暴な事しないで!」
男の後ろに、痩せた背の高い女の人、でも、あの夢で見た女性とは、違う人だ。
男;「黙ってろ、…」
男は女の人を恫喝して、それからもう一度僕を、睨み付けた。
男:「浮浪者か、泥棒か知らねえが、…警察に突き出してやる。」
女:「警察は、…まずいよ。」
なんで僕は、怒られているんだろう? 警察?泥棒?浮浪者?
望月:「ち、が、」
男:「なにぃ! こらぁ、なんだとぉ!」
ちがう、…そう言いたいのに、言葉が続かない。 何て言えば良いのか、ぐるぐる判らなくなる、…上手く説明できない、
女:「きみ、そのおじさんキレると何するか判らないよ、正直に話しな、…どうしてこの部屋で寝てたの? この部屋の持ち主じゃ無いでしょう? だって、この部屋の家賃はウチが払ってるんだよ。」
多分、この人達は、敏江おばあちゃんの知り合い、「こうちゃん」とか、女の人が呼んでいた、もしかしたら僕と同じ名前、男の人は、敏江おばあちゃんの、子供?
男:「正直に白状しろ、お前は何者だ! ここで何をしてた! ここに居たババアは何処へ行った!」
僕は、グルングルンに振り回されながら、震える指先で、…卓袱台の上の御呪いの紙を、指差した。
望月:「たの、まれた、…おばあちゃん、に、…」
男と女が、互いに目を見合わせる。
女:「頼まれたって、何を?」
何を聞かれているんだろう?何を答えれば正解なんだろう? 許してもらえるんだろう? 僕の頭の中でぐるぐると動悸と混乱が右往左往している。
男:「黙ってたら、解んねえだろうが!」
男が、もう一度、僕の顔を殴った。…目玉が、陥没するかと思う位強く、瞼が切れて、口の中が腫れて、鼻の中を新鮮な血が流れて落ちていく。
女:「こうちゃん! もうやめて!…きみも、早くしゃべっちゃいな。本当にそのおじさん、ヤバいんだから。」
望月:「石を、動かす、こと、…」
僕は、瞼と涙で何も見えなくなって、恐怖で口から泡を吹きながら、…漸くそれだけを答えた。
男が僕を突き放して、僕は畳の上に転がった。
男:「やっぱりか、あのババア、…見回りに来た時は「石」が動いていたから、てっきり此処に居るもんだとばかり思っていたが。ずっと前から姿をくらませてやがったんだ!」
男は、ひっくり返った僕の襟首を掴んで、再び捩じりあげる。
男:「ババアが何処に行ったか言うんだ! 知ってるんだろう!」
僕は、脅えながら首を横に振り、男は2発、いや3発、僕の顔面を殴った。 唇がざっくりと切れて、鼻の軟骨が折れて、
望月:「しらな、い、…」
男:「嘘付け!」
また、殴られた。 それから行き成り、馬乗りになって、男が、僕の首を、絞める。
望月:「か、…は、……、」
女:「こうちゃん、何やってんの! …死んじゃう、死んじゃうって!」
女の人が、男にすがりついて、止めさせようとする。 僕はずっと息が出来ないままで、次第に、耳が、…変になってきて、
男:「おらぁ、吐けぇ!」
そんな風に首を締めたら、しゃべれる訳ないのに、…馬鹿だな。
それから暫くして、漸く男は僕の首を離し、僕は目頭を熱くしながら、今までの過ちを後悔していた。
男:「言え! ババアはどこ行った!」
男は、転がった僕の脇腹を蹴り、鳩尾を思い切り踏みつける。 僕はもう、何をされても平気だった。 だって、きっともうすぐ、死ぬに違いないのだから。
女:「もう、止めて! どうすんのよ、本当に死んじゃったら! 死体はどうするつもり?」
男が、ちょっと怯んだ。
男:「だって、こいつが喋んないから、こいつの所為だ。」
女が、僕の様子を観察する。生きてるか、死なないか。
女:「ほら、君、歩ける? とにかくこの部屋から出ていきな。 此処はウチが借りている部屋なんだ。」
男:「逃がしてどうするんだ、ババアの居所の手がかりだぞ、」
女:「この部屋で死なれたら困るじゃない。」
女は、ゲロを吐き散らした僕を、無理矢理立たせて、そこらの荷物を持たせると、僕に靴を履かせて、
男:「キタネエな、こいつ、…漏らしやがった!」
女:「鍵、持ってんだろ。 返しな。」
僕は、言われるままに、部屋の鍵を、敏江おばあちゃんから預かった鍵を渡して、それから、女は、僕を玄関から、締めだした。
女:「真直ぐに家に帰るんだよ。もう、二度と来るんじゃないよ、」
ぼたぼたと、僕の口から、血がこみあげて、あふれ出る。 よたよたと、僕は咳き込みながら、足を引きずって、アパートを後にする。 もしかしたら内臓が破裂しているのだろうか。 もしかしたら脳の何処かが損傷を受けたのだろうか?
僕は泣きながら、歩き続けて、…家にたどり着いた。
奥の部屋で、お父さんが、いびきをかいている。 弟達は、学校に行っているのだろう。 お母さんは、多分パートに出かけている時間だ。 壁掛け時計は、午前9時過ぎを指していた。
僕は、洗面所の鏡の前で、傷を、確かめた。 殴られて、蹴られて、吐いた。 学校のワイシャツは血と反吐で黒く汚れていたが、…僕の身体には、何処にも傷一つ残って居なかった。
僕は、洗面所の鏡に食い入るようにして、何度も、何度も確かめた。
一瞬の内に恐怖が甦り、僕を震わせる。
ラプラス:「…貴方が魂を失って私の使役する「聖霊」となる代償に、私は、貴方に永遠不滅の肉体をあげる、…」
優しい声が、聞こえる様な、…気がした。