罠(後)
室内から出たローリーは一回へ降りた。
「おや、お客さん。もう少しで夕飯ができるから呼びに行こうと思うといたところだったんだよ」
ローリーと対面した主人は言う。
「それはありがとうよ。ところで、あんたに聞きたいことがあるんだが、いいか?」
ローリーは尋ねる。
「何かな。答えられることは答えるが」
「そうか。例えばさ、この町で吸血鬼らしき人物が現れたとかってことはあったか…」
ローリーの質問に主人は数秒ほどしてから、
「いや、幸いなことにこの町で吸血鬼らしき人物が現れたということは一度もなかったね。かわりに四日前に一人の神父様が来てね」
「神父?」
主人は頷く。
「この町では見たことのない顔だったが、実に穏和な方で、今じゃ町の人気者だよ」
「ほお、それは一目拝んでみたいね」
「そうしたらいいよ。けど、もう神父様もお休みになられているから会うのは明日にした方がいいよ」
「そうだな。この時間帯に人様のところへ訪れるなんて不謹慎だよな…」
時刻は午後十時。宿の主人を含め宿泊客のほとんどは安眠している。
その頃、ローリーは煙草を吹かしながらしんと静まり返る夜中の町を一人ブラブラと歩いていた。
辺りはとても静かだ。時より穏やかな風が吹く。
数秒ほどしてからローリーはペッと煙草を地面に吐き捨てる。
「俺に何か用があるんだろ。あるんならばさっさと用件を言いな」
すると、ローリーの前に一人の女性が姿を現した。
年齢的にローリーと近く、またそこらの男をイチコロにする美貌の持ち主であった。
「私の存在に気付いていたなんてさすがはヴァンパイア・スレイヤーさんね」
女性は笑みを浮かべる。分かっていることはローリーにとって彼女は友好的ではないということだ。
「こんな時間に何の用だ。まさか凄腕の吸血鬼ハンター様にサインでももらいに来たのか。それとも煙草を分けてほしいか?」
ローリーの言葉に女性はクスッ笑う。
「言っておくけど、私は貴方のファンではないわよ。むしろ貴方なんかにサインをもらいたくないわね。それに煙草なんか吸ったらお肌が荒れてしまうわ」
女性は相手を小馬鹿にした笑みを浮かべる。
「あなたは私が何者か分かるかしら?」
女性はローリーに自分が何者か分かるかどうか尋ねる。
「そうだな。俺の見たところ、あんたは正体は吸血鬼だと思うがね」
ローリーは女性の質問に答える。
質問に答えなくともローリーはこの女性の正体が吸血鬼であることに気付いていた。
「ご名答。私は人間ではなく吸血鬼。私の名前はガブリエル。伯爵様から貴方を始末するよう命じられてね」
ローリーの読みは正解であった。
ガブリエルは正真正銘の人間ではなく吸血鬼であった。
「つまりノスフェラトゥがよこした殺し屋って訳か?」
「まあね。にしても貴方も馬鹿なことをしてくれたものよね。あなたは私達の多くの仲間を殺したんですもの。伯爵様の怒りを買っても無理ないわね」
「ご忠告ありがとよ。だが、お前らも馬鹿なことをしてくれたぜ。お前らがあんなことさえしなければ、ノスフェラトゥは多くの仲間を失わずにすんだはずがだな」
「あんなこと。私は貴方に恨みを持たれることは何もしていないわよ」
「お前のことじゃねえよ。アバズレめが。ともあれ、お前がノスフェラトゥの手先ならば生かしておく訳にはいかないな」
ローリーは鞘から剣を抜いた。
「私を殺すつもり。良いわよ。私もあなたを殺しに来たんですものね。けど、私の首をほしいのならば彼らを倒すことね」
「彼ら?」
ガブリエルは指をパチンと鳴らした。
すると、辺りに建つ家や宿のドアが月々に開き、中から人々が出てきた。
見れば手にはナイフなどの武器を握り、皆凶悪な形相を浮かべているではないか。実はこの町に住んでいたのは正真正銘の人間ではなく、吸血鬼だったのだ。
その中にはローリーを自分の宿へ案内した宿の主人の姿さえ見えた。
「…ヘッ、どうやら俺はとんでもない町へ足を踏み入れてしまったようだな?」
ローリーは罠にハマッてしまったものの、だからといって動揺はしていなかった。
「彼らは人間を演じるのがうまくてね。この町に足を踏み入れた人間は最後、彼らのエサになるのよ」
ガブリエルはクスクスと笑う。
ガブリエルの脳裏にはローリーが彼らのエサになる姿が浮かび、そうなるが楽しみであった。
「謝れば許してくれるか?」
「…そうね。私も鬼じゃないから貴方が自分の悪行を心から詫びるのならば許してあげてもいいわよ」
ガブリエルは意地悪っぽい笑みを浮かべる。言葉ではそう言ってもガブリエルはローリーを無罪放免にする気はなかった。
「分かったよ。俺も死ぬのが怖い。だから心から詫びる。お前らなんか皆殺しにしてやる!」
ローリーは不適な笑みを浮かべながらガブリエル達を罵った。
そう言うと思ったわ。このゴロツキが私達への残忍な行いを詫びる訳がないか…。
「ここを貴方の墓場にしてあげるわ。覚悟なさい!」
その瞬間、血に飢えた吸血鬼達が次々にローリーに襲いかかった。
ローリーは剣を振り回し次々と襲いかかる吸血鬼達を切る。吸血鬼達の怒声と悲鳴と共にその血が飛び散る。
ローリーはトラヴィスとは異なり相棒がいない。にもかかわらずたった一人で吸血鬼達を葬る。
別の吸血鬼はローリーに目がけてナイフを放つ。
ローリーは剣を一振りしてナイフを弾き返し、弾き返されたナイフはその吸血鬼の胸部に突き刺さる。
その吸血鬼は悲鳴を上げて地面に倒れる。
ローリーはヴァンパイア・スレイヤーではなく、そんな彼女がたった一人でこれだけの吸血鬼を相手にするなんて多勢に無勢だ、とガブリエルは思っていたが、ローリーの強さに唖然となった。
「なんて奴なの…」
地面は吸血鬼達の遺体が転がり、血で染まる。
最後の一体が頭部を突き刺され、剣を引き抜かれると同時にバタリと地面に倒れる。
ローリーは無惨な姿になり果てた吸血鬼達を見下ろすとニヤリと残忍な笑みを浮かべ、頭を上げてガブリエルの方へ振り向ける。
未だ息切れはしていない。さて、お次はこのアバズレを始末してやるとするか。
「さて、見ての通りお前の仲間は全滅だ。次はお前の首をいただくぜ」
ローリーは足を一歩動かす。相手が悪いと見たガブリエルは瞬時に姿を消した。
「大物を逃したか。まあいい。憂さ晴らしができたんだからな」
町で人間を演じていた吸血鬼達はローリーに葬られ、しばらくしてから夜が明け始めた。