罠(前)
空が茜色に変わり始めた頃、ローリーは小さな田舎町へ訪れていた。
時間帯もあって人々は家へ戻り始める。
ローリーは小さいケースを二つ取り出してその一つを開ける。
中には煙草が入っていた。
煙草を一つ手に取って唇にくわえる。
もう一つのケースを開けて中からマッチ棒を一本取り出すと、ケースに擦り付けて火を点けるとくわえている煙草に近づける。
煙草を吸っている時であった。
「失礼」
少々太り気味な男性がローリーに話しかける。
「何か?」
ローリーは尋ねる。
「煙草を一本ほど分けてくれないか?」
男性はローリーに煙草をねだる。
「ほらよ」
ローリーはケースから煙草を一本取り出して男性に
手渡す。
「ありがとよ」
男性はローリーに礼を言うと、煙草を吸う。
「なあ、あんた。この町に宿はないか?」
ローリーは宿を探していた。
ここずっと野宿が続いたから久々に宿で一泊したい気分であった。
「ならば俺の宿にくるかい?」
男性は宿を経営している人物であった。
「そりゃあ助かるね。ここ最近、野宿続きで久々に宿で体を休めたい、と思っていたところさ…」
男性はローリーを自分の宿へ案内した。
彼が経営する宿はさほど広くもなく、お世辞にも立派という訳でもないが、宿泊するには十分であった。
俺は何も高額な宿泊費を請求するような立派な宿で一晩過ごす気はないのだ。
宿は二階建てで、ローリーは二回の一室へ案内された。室内はさほど広くはない。
ローリーは荷物をベッドの下に置くと、ベッドの上に仰向けになった。
横になることで体がリラックスする。ローリーはそのままの体勢で天井を見つめる。
「親父…。何で死ななければならなかったんだよ…。俺には分からねえよ…」
ローリーはボソリと呟く。
ローリーは元々鍛冶屋を営む父親と暮らしていた身であった。早くして母親を失ったローリーにとって父親は唯一の肉親であった。
今から四年前のことであった。
ローリーは用事で家を空けていた。帰宅した時であった。ガラスが割れる音とともに父親のただならぬ悲鳴が聞こえた。
「親父!」
ローリーは急いで家の方へ足を走らせた。店内は血でベッタリ染まり、床には既に息絶えた父親の胴体に乗って、その血を肉を味わっている一人の娘の姿があった。
その光景にローリーは思わず言葉を失った。
娘は己の顔面を血で染めながら喉の肉を噛み千切る。
「この野郎…!」
ローリーの存在に気付いた娘は頭を上げて、ローリーの方に振り向く。
娘は凶悪な形相を浮かべながら猛獣のようなうなり声を上げている。
娘は凶悪な咆哮を上げる否や、ローリーに襲いかかった。ローリーはナイフを取り出し、娘に投げ付けた。ナイフは娘の方に突き刺さり、娘は悲鳴を上げて床に倒れる。
「よくも親父を…」
ローリーは怒りの形相を浮かべながら娘に歩み寄る。
娘は肩に突き刺さったナイフを引き抜き、床に投げ捨てると腰を上げる否や、瞬時に割れた窓から飛び出した。
「待て!」
娘の後を追おうとした時であった。 死んでいたはずの父親が息を吹き返したのだ。
「親父…!」
目の前に立っている父親は自分が知る親父などではない。人間の生き血に飢えた吸血鬼であった。
無論、吸血鬼となった父親はローリーを娘とは思っていない。
父親はローリーに襲いかかった。床に押し倒されたローリーを父親は噛み付こうとする。
「親父、やめろ! 俺だ。ローリーだ!」
ローリーは父親に訴えるものの、父親は一方的に娘の喉に噛み付こうとする。
「親父…。悪く思うなよ…!」
ローリーは娘を突き刺したナイフを拾う否や、父親の喉に突き刺した。
娘に喉を突き刺された父親は動きが止まり、そのまま床に倒れた。
「親父…」
父親はそのまま動くことはなかった。体が自由になったローリーは父親の遺体に近寄る…。
「親父…許してくれ…。やむを得なかったんだよ…」
父親の遺体の前でローリーは涙を流した。
ベッドの上でローリーはハッと目を覚ました。
「嫌な夢を見たぜ…」
体を起こして頭を窓の方へ向けた。外は既に暗くなっていた。
窓を数秒ほど見てからローリーはフッと笑った。