酒場での一騒動
クレアを葬るのは俺の仕事だ…。
他の輩にクレアの首を取らせてたまるか…。
「お前のクレアの首を取るだと…。ふざけるな!」
トラヴィスを血相を変えながら怒鳴り声を上げる。
酒を飲んで盛り上がっていた客達はトラヴィスの怒鳴り声に一瞬、静まり返って頭をその方へ振り向ける。
「そんなこと言われてもな。俺もお嬢ちゃんの首がほしいんだよ」
ローリーは片手を後ろへ回して髪をかきながら平然とした表情を浮かべている。
「なあ、俺は何もあんたのお株を奪おってえんじゃねえ。ノスフェラトゥの首はあんたらくれてやるよ。だが、クレアの首は俺がいただくぜ」
ローリーはトラヴィスがヴァンパイア・スレイヤーであることを知らない。
だが、知っていたとしても引き下がる気はない。
「そうか。クレアの首がほしいのならば俺を殺してからにしろ」
トラヴィスは鞘から剣を抜き出す。
それを見た客達は一瞬、悲鳴を上げる。
「ほお、酒場で殺し合いとはな。いいぜ。客達も最高のショーが見れるな」
ローリーは鞘から剣を抜き出す。
「やめろ。二人とも剣をしまえ!」
グライムズは二人を止める。トラヴィスとローリーは客達の前で殺し合うつもりだ。
「グライムズ。止めるな!」
トラヴィスはクレアの件で腹を立てており、ローリーの登場がトラヴィスの怒りを刺激してしまったのだ。
「やめるんだ。剣をしまえ。 お前もだ。剣をしまえ!」
グライムズは頭をローリーの方へ振り向ける。
「そうは言っても、あんたの連れは俺を殺す満々でいるぜ」
「早くしまえ。いいか、お前はトラヴィスを軽く見過ぎている。こいつとまともに戦えば手足の一、二本を失うだけじゃすまないぞ」
「それは連れに言ってやりなよ。俺がヴァンパイア・スレイヤーじゃないからって甘く見ない方がいいぜ」
すると、
「おい、何をしているんだ!」
騒ぎを聞き付けたスティールが彼らの前に姿を現した。
「俺の店で騒ぎは禁止だ。他の客に迷惑だ。出ていってもらおう!」
五秒ほどしてからローリーはヘッと小馬鹿に様に笑い、剣を鞘に納める。
「ああ、分かった。出ていってやるよ。悪かったな。ほらよ。代金は払ってくぜ」
ローリーはスティールに飲み代を投げ渡すと、入り口の方へ足を歩ませる。
ドアの方へ歩み寄ると、一旦足を止める。
「さて、どっち先にお嬢の首を取るか競走しようか。ヴァンパイア・スレイヤーさんよ」
頭をトラヴィスの方へ振り向け、
「ボヤボヤしていたら俺がいただてしまうぜ」
高笑いしながらドアを開けて店内から出た。
「待て!」
トラヴィスはローリーを追いかけようとした。
「やめるんだ! トラヴィス!」
グライムズは背後からトラヴィスを抱き押さえる。
「放せ! グライムズ!」
トラヴィスはグライムズを振り払おうとする。
「頭を冷やすんだ」
「そんなことを言ってる場合か。ボヤボヤしていたらクレアはあの女に殺されてしまう!」
「とにかく頭を冷やせ!」
グライムスの押さえる力が弱まり、トラヴィスは乱暴にグライムスを振り払うと、ガンッと席を蹴り倒した。
「クソッ!」
騒ぎが収まり、店は閉店し客や従業員がいない店内でグライムズはスティールは二人で酒を飲んでいた。
「トラヴィスはどうだ?」
スティールは尋ねる。
「だいぶ怒りが静まったよ。だが、今は刺激するようなことを言うのはやめてくれ」
トラヴィスは二回の一室にいる。頭を冷やすのに一人にした訳だが、少しでも刺激するようなことを言えば、また怒り出すだろう。
「ああ、分かったよ。しかし、トラヴィスがまさかノスフェラトゥの娘と付き合っていたなんて知らなかったよ…」
スティールはグラスを持つと口元に近付けて中に入っているウィスキーを喉へ流し込む。
「トラヴィスはクレアのことを本気で愛していたんだ。しかし、クレアは正真正銘の人間ではなく吸血鬼だったって訳さ…」
グライムズはウィスキーの入った瓶を手に持つと、空のグラスに注ぐ。
「しかし、あの女は一体何者なんだ。なぜあそこまでクレアの首にこだわっているんだ?」
グライムズは嫌な客と会ったな、と思った。
二人はしばらく酒を飲みながら色々な話をした。