闇に染まった男
「残念だよ。こちらは友好的に接したつもりなのだがね…。しかし、相手の親切は素直に受けとるものだよ…」
ノスフェラトゥは指をパチンと鳴らした。
すると、どこからかドアが開く音が聞こえた。
誰かが階段を下りてくる足音すら聞こえる。やがて“そいつ”は姿を現した。
ジャービスは“そいつ”の正体に言葉をなくした。
“そいつの正体”は、彼の父親だったのだ。
「父上…?!」
“そいつ”は間違いなく自分の父親であった。
父親の左手には剣が握られており、刃の部分には血がベッタリ付いていた。
「こ奴はな、己が犯した罪にたえきれず苦しんでいた。そこを私が救ってやったのさ」
ノスフェラトゥは軽く笑う。
父親を狂わせたのはノスフェラトゥだ。にもかかわらず救ってやっただと。よくそんなことを言えるものだ…。
「元凶はお前だろ。お前さえ存在しなければ父上は狂わずにすんだんだ!」
ジャービスは声を張り上げる。
「私は何も貴様の父親を狂わせたつもりはない。こ奴が勝手に狂っただけだ。そうだろ?」
ノスフェラトゥの白々しい言葉にジャービスは怒り、怒声を上げながらノスフェラトゥに剣を振り下ろす。
が、己の父親がノスフェラトゥの前に立ち、剣を振り回しジャービスの攻撃を防ぐ。
「!」
攻撃を防がれたジャービスはその拍子に床に倒れる。
「ジャービス!」
グライムズはジャービスを気遣う。ジャービスは上半身を起こす。
「父上…。なぜノスフェラトゥを庇う?!」
ジャービスは父親に声を張り上げる。
「我ガ主君…ノスフェラトゥ様ニハ指一本触レサセン…」
思いもよらぬ言葉であった。
「ジャービスよ。そなたの父親は今や私の下僕だ。こ奴は私がいなければ生きられぬ身なのだからな」
ジャービスの父親は吸血鬼への脅威に怯えるあまりノスフェラトゥの手駒になりさがり、ノスフェラトゥのために殺人すら犯した。
しかし、本心は正直なものであり自分の悪行に対してすさまじい罪悪感を抱き、吸血鬼への脅威に怯えるあまりに数々の悪行を犯したことに苦しんでいた。
そこにノスフェラトゥが現れ、己の罪悪感から解放する代わりに彼を手駒に変えてしまったのだ。
「私を殺すのならば殺してみるがいい。だが、私を殺せばこ奴は再び己の罪悪感に囚われることになるぞ」
ノスフェラトゥは高く笑った。ジャービスの父親を狂わせたのは自分であるが、ノスフェラトゥには罪悪感などなかった。
「貴様!」
ノスフェラトゥの態度にジャービスは形相を変えて声を張り上げる。
「貴様らは、ここが私の処刑場とか抜かしたな。それは違う。ここで処刑されるのは私ではなく貴様らの方なのだよ」
すると、ノスフェラトゥの背後にグール化した神父達の姿が見えた。
この神父達はノスフェラトゥに仕える殺人鬼となったジャービスに殺され、殺された後にノスフェラトゥの手によってグールとなって息を吹き返したのだ。
「トラヴィスよ。貴様に失望したよ。せっかくこちらが友好的に応じてやったのに、お前は私の親切を突っぱねた。実に残念だよ」
ノスフェラトゥはニヤリと笑みを浮かべると、スーッとその場から姿を消した。
「待て!」
その同時に獲物の肉に飢えたグール達が凶悪な方向を上げながら襲いかかってきた。
トラヴィスとグライムズとジュリアの三人は襲いかかるグール共を相手にした。
「父上、目を覚ましてください。貴方は奴」に利用されているだけなんだ。剣を捨ててください!」
ジャービスは父親に訴える。
しかし、ノスフェラトゥの手によって心が闇に染まった父親が息子の訴えなど聞く訳がなかった。
「黙レ! 伯爵ヲ悪ク言ウト許サンゾ!」
父親は完全にノスフェラトゥの操り人形だ。身も心もノスフェラトゥによって変えられてしまっている。
「父上…」
自分が家から飛び出した時からだが、父親は完全に狂っていた。
吸血鬼への脅威に怯えるあまりにどんな悪行すら犯した父親であるが、こうなってしまったのはある意味では自分にも責任がある、とジャービスは思った。
もしあの時、家を飛び出さず父親をもう少しだけでもフォローしてやっていれば父親はノスフェラトゥに支配された殺人鬼になることはなかったかも知れない…。
これはあくまでもジャービス自信の思い込みやも知れぬが、父親今も心のどこかで悪行を犯す己に苦しんでいるであろう。
が、もう自分ではどうすることもできない。
「父上…」
父親を憎んだ時期もあったが、完全に憎むことはできなかった。
それは肉親ということもあるが、父親ということもあり、憎みきれなかったのだ。
「父上…。辛いでしょう…。僕が貴方を苦しみから解放してあげます…」
ジャービスは目から涙を流した。
再び父親が襲いかかって瞬間、ジャービスは父親の胸部に剣を突き刺した。
「グアァァァァァァァァーッ!」
父親は形相を変えながら叫んだ。
同時にグール達を全て倒したトラヴィス達はジャービスの父親のすさまじい悲鳴に頭をその方へ振り向けた。
「ジャービス…!」
父親の心臓を突き刺したジャービスは泣いていた。
父親はノスフェラトゥの操り人形ではなくなるかわりに、自分とは永久の別れをしなければならないのだ。
「ジャービス…。………ア…リガト…ウ……」
父親はもうノスフェラトゥの操り人形ではないのだ。ようやく罪悪感という檻から解放されたのである。
ジャービスがその部分から剣を引き抜いたと同時に父親は安らかな笑みを浮かべながら膝を崩れ顔から床に倒れた。
「ジャービス…」
ジュリアは足をジャービスの方へ歩ませようとした時、トラヴィスに肩の片方を掴まれた。
ジュリアは頭をトラヴィスの方へ振り向ける。
「今はソッとしておいてやれ…」
今のジャービスに慰めの言葉とかはいらない。とにかくソッとしておいてやるのが一番なのだ。
ジャービスにとって父親を殺すことは実に辛いことであったが、その一方では父親を苦しみから解放した瞬間でもあった…。