遭遇
うす暗い森の中で一人の男性が木を切っていた。
彼はこの森のすぐ近くに住む木こりであった。
斧で切られた木はドシーンと大きな音を立てながら地面に倒れる。
木こりは左腕で額から流れる汗を拭うと、近くの切り株に腰を下ろす。
一息吐いている時であった。
生い茂った草からガサッと音が聞こえた。
その音に木こりは反応し、頭をその方へ振り向ける。
確かに音はしたものの、何もいなかった。
「何だ、気のせいか…」
そう思った時であった。草の中から一人の娘が姿を現した。
「ああ!」
木こりは悲鳴を上げた。
その娘は吸血鬼であった。凶悪な唸り声を上げながら木こりの方へ足を歩ませる。
木こりはすかさず腰を上げて斧を構える。この娘が噛み付こうとしたところを斧で切ってやるつもりだ。
しかし、間近で見る吸血鬼は実に恐ろしいものであり、木こりは表情が強張り体がガタガタと震える。
「やめろ。来るな!」
が、娘は足を止めようとはしない。獲物を目の前にした娘は牙が生えた口をグワッと開ける。
「ヒィッ!」
その時だ。
「捜したぜ。お嬢様」
誰かがそう言った。声は娘の背後から聞こえ、娘は足を止めて頭をクルリとその方へ振り向ける。
背後にはローリーとブリューワが立っていた。
「お食事の最中だったみたいだな。だが、お食事はおあずけだぜ」
ローリーは鞘から剣を抜き出す。
「さてと、お食事のありつきたいのならば俺を殺すこったな。クレアお嬢様」
この娘の正体はクレアであった。
「クレア。てめえの首を親父にプレゼントしてやるぜ」
その瞬間、クレアは凶悪な咆哮を上げながらローリーに襲いかかる。
「馬鹿野郎。俺はお前の元愛人ほど甘くねえ」
ローリーはクレアの腹部を蹴り、地面に倒す。
思った以上に腹部を強く蹴られたクレアは胃液を吐き、腹部を押さえながら顔を歪める。
ローリーは頭をブリューワの方に振り向け、
「ブリューワ。こいつを連れて森から出な」
ブリューワは頭を縦に振り、足を木こりの方へ走らすと「さあ、俺と一緒にここから出るズラ」木こりの腕を掴む。
「だが、あんたの連れは…」
「それならば心配ご無用ズラ。さっさとするズラ。時間がねえズラ!」
木こりは頷き、ブリューワは木こりを連れて森から出た。
痛みがおさまったクレアは腰を上げる。クレアは怯んだ様子を見せない。
「思った以上、強いんだな。ま、俺もその方が助かるがね」
どうせ殺るのならば骨がない奴よりも、骨がある奴を殺った方がいいだろう。ともあれこの小娘は殺す!
「来いよ。俺はお前に仮があるからな。親父を殺した報いを受けてもらうぜ」
ローリーは手招きする。
あの時、父親を惨殺した吸血鬼の正体はクレアであった。
だからこそ生かしておく訳にはいかないのだ。
クレアは頭を空に上げて咆哮を上げると、再びローリーに襲いかかる。
「相手が悪かったな」
ローリーはクレアに薙ぎ払いを浴びせた。同時に胸部辺りを切られたクレアは地面に倒れる。
起き上がろうとしたが、ローリーはすかさず片足でクレアの左肩を踏みつけ動きを封じる。
「どうした。もうおしまいか?」
ローリーはクレアを見下ろす。クレアは動きを封じられながらも抵抗の唸り声を上げながら体をバタバタと動かす。
「俺と遭遇したのが運の尽きだったな。だが、良かったよ。ようやく親父の弔いができるんだからな」
ローリーは剣を高々と上げる。
そのまま振り下ろしてクレアの頭を落として文字通り親父にプレゼントしてやるつもりであった。
「クレア!」
その声にローリーは嫌そうな表情を浮かべ舌打ちした。
やれやれ、こんな時にお出ましかよ。
ローリーは剣を下ろした。
その声の持ち主はトラヴィスであった。隣にはジュリアの姿が見える。
「おやおや。誰かと思えばトラヴィスじゃないか」
ローリーはわざと白々しく言う。
「言ったはずだ。クレアは俺が殺す。お前は引っ込んでろ!」
トラヴィスはローリーを睨む。
「そうは言ってもなあ。クレアを見付けたのは俺だぜ。早い者勝ちだ」
「もう一度言う。クレアから離れろ!」
「『断る』と言ったら、俺を殺すか?」
ローリーはわざとトラヴィスを激情させるように言う。
一々何かと言ってくるローリーにトラヴィスは苛立ちを覚える。
「これが最後だ。早くクレアから離れろ。さもないとお前の首が飛ぶことになるぞ!」
トラヴィスは単なる脅しで言った訳ではない。本気でローリーを殺す気でいた。
あの時はグライムズの邪魔が入ったものの、トラヴィスが本気になればローリーを殺せるのだ。
トラヴィスの言葉にローリーは口をニヤリと笑わせ、高く笑った。
「何がおかしい!?」
「俺を殺すだと。殺ってみろよ。だがな、お前がその気ならばこっちも容赦はしないぜ」
ローリーの言葉にハッタリはない。こいつは俺が先に見付けた獲物だ。こいつを殺すのはあいつじゃない。
この俺だ!