元ヴァンパイア・スレイヤー、スティール
ブカレム国は日が沈み、外は夜となっていた。
南に位置する小さな都市、エリオンでトラヴィスとグライムズの姿があった。
「どの宿の満室か。やれやれ、野宿か…」
二人は宿を探していたのだが、市内にある宿のほとんどが満室であった。今夜は思ったり外が冷える。
そんな日は宿で一晩過ごしたかったが、そうもいかない。
「まあ、そうボヤくな。トラヴィス。確かに今夜は寒い。俺だって宿で一晩過ごしたかったが、その分、金が浮く」
宿で一晩過ごすことは、有料だが、野宿は無料だ。
「まあ、確かにね…」
「その分、酒でも飲むか?」
「良いね。そうすれば体もあったまるかもな」
すると、背後から
「だったら俺の店に来なよ。安くするぜ」
誰かがそう言った。
その声に二人は足を止めて頭をその方へ振り向ける。
二人の背後には一人の黒人男性が立っていた。
「誰かと思えば、お前さんとはな…」
グライムズは彼を知っていた。
「久し振りだな。グライムズ」
彼もグライムズを知っていた。
「グライムズ。彼は?」
トラヴィスは尋ねる。
「トラヴィス。紹介しよう。彼はスティール。元ヴァンパイア・スレイヤーだ」
グライムズはトラヴィスにスティールを紹介する。
「元ヴァンパイア・スレイヤー?」
グライムズは首を縦に振る。トラヴィスはスティールのことは知らない。というのもスティールはトラヴィスがヴァンパイア・スレイヤーになる前に、その道から退いているからだ。
「グライムズ。その兄さんは誰だ?」
スティールはグライムズに尋ねる。
「スティール。彼はトラヴィスだ」
グライムズはスティールにトラヴィスを紹介する。
「トラヴィスだ。貴方と会うのは初めてだな」
トラヴィスはスティールに軽く挨拶をする。
「俺もお前さんと顔を会わすのは初めてだよ。トラヴィス。ま、立ち話もナンだからとりあえず俺の店に来なよ」
スティールは二人を自分が経営する酒場へ案内した。
店内には多くの客が出入りしていた。見る感じ中々景気が良さそうだ。
二人は席に案内され、腰を下ろす。
「ほらよ。今日は俺のおごりだ」
スティールは二人分のグラスとウィスキーを持ってきた。
「長居はしないが、俺も失礼していいかな?」
スティールは別の椅子を持ってきて二人の近くに腰を下ろす。
グライムズはグラスにウィスキーを注ぎながら、
「まさかこんなところでお前と再開するとは思ってもいなかったよ」
スティールの顔を見る。
「確かにな。俺もお前と再開するとは思ってもいなかった。ところでグライムズ。ベネット様は元気か?」
グライムズはグラスを手にして口元へ近付け、中に入っているウィスキーを喉へ流し込み、
「ああ、ベネット様ならば今もご健在だ。どうだ。たまには顔ぐらい見せてやったら?」
グラスをおく。
「そうだな。ベネット様は俺の恩師だもんな。たまには顔くらい見せるか」
「しかし、俺の見たところ随分と景気が良さそうだな?」
「自分で言うのもナンだが、俺はこっちの方が合っているみたいでな」
スティールは足を組む。ヴァンパイア・スレイヤーから酒場のオーナーになってから何年か経つが、経営はうまくいっていた。
「失礼だが、なぜあなたはヴァンパイア・スレイヤーから足を洗ったんだ?」
トラヴィスは尋ねる。
「俺はグライムズとは違って三流のヴァンパイア・スレイヤーだったからさ」
スティールは自分がヴァンパイア・スレイヤーから足を洗った訳をトラヴィスに話す。
「三流? そうは見えないが…」
「ほんとさ。そのおかげで左腕を失うはめになった」
「左腕を?」
スティールは頷く。
「あれは俺が未だヴァンパイア・スレイヤーだった頃、吸血鬼に左腕を噛まれてな。吸血鬼化を防ぐために左腕を切断したんだ」
スティールの左腕は本物ではなく義手だ。吸血鬼に噛まれてしまった以上、吸血鬼化を防ぐためにやむを得ない手段ではあったが、そのためにヴァンパイア・スレイヤーから足を洗わなければなかった。
「だが、後悔はしていない。俺は今もこうやって正真正銘の人間のままでいられるんだ。それに俺は今、酒場経営でもうけているからな」
スティールは笑いながら言った。
トラヴィスはスティールの言葉に一瞬、嫌そうな表情を浮かべた。