番外会話集
◇新婚さんがいらっしゃーい
「やぁ、イヨルデ。頼まれた物を持ってきたよ」
「わっ! いつもありがとう、お兄様!
やっぱり、森の中だけじゃあ調達できない物も多くって。
買いに行こうにも私は顔が知られているし、ゴブさんはゴブさんだし、中々難しいのよね」
「あ、うん。それは良いんだけど……あの、イヨルデ」
「なぁに?」
「イヨルデはいつまで、その、彼のことをゴブさんと呼び続けるんだろうと思ってね。
確か、彼は見た目こそゴブリンだが本当は別の生き物なのだろう?」
「やだ、お兄様ったら。ゴブさんは、ゴブさんよ?
ゴブリンのゴブじゃなくて、私があげた名前ゴーブルメイ・ヴェッゾ・デイミオンⅣ世の愛称だから、ゴブさんで良いのよ」
「……なぜⅣ世?」
「なぜって……格好良いでしょう?」
「…………えーと、それは本人も了承しているのかな?」
「もちろん!
つけてあげた時なんか、感動でしばらく固まっていたくらいなんだから!」
「………………そ、そう」
(す、すまない! 妹が本当にすまないっ!)
(ギャー……)
◇その時ゴブリンが動いた
「さぁ、ゴブさん!
落ち着いたところで答えてもらいましょうか!
一体どこに消えていて、何をしていて、どうやって元の姿に戻って、いつ森に帰って来て、どうして早く私を迎えに来てくれなかったんですか!
言葉が話せないからーなんて言い逃れはさせませんよ。
文字でも絵でも身体でも何でも使って、余すことなく説明してもらいますからね!
さぁ! さぁ! さぁ!!」
「ギ……ギャー」
~三時間後~
「……ゼェ……ゼェ」
「ふぅん。
例の瘴気を浄化する緑のドロドロ液と癒し効果を得たキュウマ草と帝国研究部の設備をこっそり使うことで体を戻して、その後は捕まっていた人間や魔物を時に逃がし時に殺し、研究所と呼ばれる場所を悉く破壊し尽くして、ようやくシンヤの森へと戻って来たところで私の匂いを近くに嗅ぎ取り探しに来た、と」
「グギョー」
「……研究員に手を出さなかったんですね。
どうして?
自分をそんな姿にした彼らを憎いとは、復讐したいとは思わなかったのですか?
私、納得できません。
ゴブさんに酷いことをした人間が、何の報いも受けないなんて」
「グェー」
「もう、ほら!
寝てないで質問に答えて下さいよぅ!」
「ゥグゴゴ……」
~二時間後~
「……グッ、ゲフッ! ゲフッ!」
「ええっと、同じ職員という立場にあっても、その心持ちや行いは千差万別。
自分には、それを個人個人見極める時間も目も無ければ、まとめて悪と断罪する権利も無い。
今回の件で非人道的な研究内容が公のものとなった。それだけで充分だと思った?
……うぅん、何だか難しいことを言って誤魔化そうとしてませんか?」
「ギャギェッ!?
ギョッ! グギャギャー! ギョギャー!」
「って、あら。もう夕陽が射し込むような時間だわ。
ゴブさん、一旦話は置いておいて夕食の支度をお願いします。
今日はデザートにさっぱりした果物が食べたいです」
「……ギャー」
◇お義兄さんと一緒
「グギャァアアアアン!」
「グギャァアアアアアン!」
「……やはりと言えば良いのか、なぜと言えば良いのか。
産まれる子どもは皆ゴブリンなんだなぁ」
「みたいですねぇ」
「ビェグギャァアアアン!」
「彼のように賢く育ってくれるのだろうか。
もし、ただの魔物と同じく理性すらないゴブリンであるようなら……」
「あら。うふふ、お兄様ったら。
賢く育てますよ。無理やりにでも」
「む…………あ、いや……名前はもう決めたのかい」
「グギャギャアアアアアン!」
「えぇ、ゴリアテとブリガンティアよ。
今回はどうしてもゴブさんが決めたいって言うから任せたの」
(あぁ、名付けセンスはどっちもどっちだったか……って)
「今回、は?」
「そうよ。次に産まれたら私が決める約束なの。
候補が沢山あるから、少なくともあと三人は産みたいわ」
「ビェグギャギャギャアアン!」
「ふ、ふぅん。ところで、イヨルデ。
先ほどから、当のゴブ君がとても困っている様子なのだけどね」
「え? ……あらあら、いやぁね。
耳慣れすぎたのか、近頃はすっかり赤ちゃんの泣き声を認識し辛くなっちゃって。
あんなに大きな声なのに、あぁ、泣いているなって思うまでに少し時間がかかるのよ。困るわ。
んーと、あの泣き方だと、ご飯かしら。
ちょっと悪いけれどお兄様、私これで失礼するわね」
「あぁ、うん。
あの、イヨルデ。二人で頑張るんだぞ、二人で」
(ゴブ君にばかり押し付けるんじゃないぞ)
「えぇ、もちろんっ。そんなに心配しないで、お兄様。
ゴブさんにもいーっぱい手伝ってもらうから、私は大丈夫よ」
(……くっ……すまない、ゴブ君……本当にすまないっ)
(ギャー……)
◇恋愛どうでしょう
「ところで、お兄様はまだご結婚なさらないの?
思えば、恋人がいたって話も聞いたことが無いわ」
「ん? あぁ、するよ。三か月後に」
「三っ!? えっ、いつの間に!?」
「まぁ、黙っていたからね。
相手は王都在住の身分が少々上の娘で、元々どう転ぶのか分からない話だったから、ぬか喜びさせるのも悪くて……。
それこそ本当に、少し前まで婚約解消寸前まで行ったんだけど」
「少し前……ということは、例のキュウマ草の件で?」
「そうだね。で、まぁ、無事に問題も解決したから……」
「晴れて結婚することになった、と。なるほどー。
ね、お兄様。お姉様になる方って、どんな人なのかしら。
優しい? キレイ?」
「そうだなぁ……ちょっとふっくらした感じの……穏やかで可愛い人だよ。
それに、心配で見ていられないくらい、すごくお人好しでね」
「へぇーっ。それでそれで?
お兄様は、その人とどこで知り合ったの?」
「四年前に殿下の成人パーティーがあっただろう。
そこでだよ」
「ふんふん、とすると結構長い付き合いなのねぇ。
でも、相手が王都じゃ会うのだって一苦労じゃないかしら」
「あぁ、だから手紙のやり取りが主だったよ。
実際会ったのは……四、いや、五回くらい、かなぁ」
「えぇーっ、少なぁい!」
「ギギョグゲー! ギェーグ! ギェーグ!」
「あっ、はぁーい! ゴブさん、なぁにぃ?」
「……おっと、もうこんな時間か。
じゃあ、そろそろ私も帰路に就かせてもらうよ」
「あら、そう? 何のお構いも出来ませんで。
じゃあ、お兄様。道中お気を付けて」
「あぁ」
「あっ、そうだ。今度いらっしゃる時に、お姉様の絵姿を持って来てくれないかしら。
立場上、直接会うことが出来ないのは寂しいけれど、それでも身内になる方でしょう?
顔くらい知っておきたいわ」
「そういうものかい?
まぁ、分かったよ。絵姿だね」
「やったぁ、約束よ!」
「ギーギョーグーゲぇー!」
「はいはぁーい!
じゃあ、お兄様。また」
「うん。
暖かくなってきたとはいえ、風邪なんかひかないよう気を付けるんだよ」
「えぇ、お兄様も」
◇ひとつ部屋の中
「お父様、お母様。長らくお世話になりました。
イヨルデはこの魔物……ゴブさんの元へ嫁ぎます」
「何を言い出すのです、イヨルデ!?」
「っバカなことを!
愛娘を、よりにもよってゴブリンの慰み者にしたい親なぞいるものか!」
「本当に、親不孝者で申し訳ありません。
ですが、例え魔物でも何でも、彼は彼です。
共に暮らした日々は両手で足りる程度でしかありませんが、それでも他の魔物と同一視することがいかに愚かしいことであるかくらい私ごときにも理解できます」
「っイヨルデ、目を覚ましなさい!
魔物が情を持たぬ存在であるのは常識でしょう!?」
「そうだ!
その卑しい化け物は、純粋なお前を謀っているのだッ!」
「ただの魔物しか知らぬお父様とお母様がそう思われるのも無理はありません。
彼の存在はあまりに異例で、異質ですから。
だから、私は敢えてこう言わせていただきます。
あなた方の娘イヨルデは矢の月準四の日陽落の刻、イエローオーガに襲われ死亡しました」
「イヨルデ!?」
「お前なにをっ……!」
「死人が自宅でのうのうと生きている姿を目撃されたとあれば、モメヤケベス伯爵様の面目は丸つぶれ……当然、黙ってはいられないはずです。
ゴブさんが魔物の脅威を退けてくれた以上、彼の方からの救援はもはや不要のものとなりましたが、いらぬ不興を買い新たな脅威を招く必要もない……でしょう?
それに、伯爵様の妾となることが助けを乞う条件であったとすれば、実際にそれ以上を成した彼に私が嫁ぐのはむしろ順当だと言えるのではないですか。
そもそも、下等な魔物と通じた人間の裏切り者である私を、例え実の親であろうと民を守る立場の領主が庇って良いものではありません」
「…………私に……切り捨てろと言っているのか、お前を」
「そうです」
「なぜ、頑なに正体を隠していたのかと思えばっ!
全てはそのためか!!」
「そうです」
「止めて! イヨルデ! もう止めてちょうだい!!
ランズマイルっ、貴方も黙っていないでイヨルデを説得して!!」
「……別に、私はイヨルデが彼に嫁ぐことに反対しておりませんよ」
「っな!?」
「気でも違ったか、ランズマイル!」
「率直に申し上げて、彼は妹を任せるに値する男です。
むしろ、妻がイヨルデでは役者が不足していると言ってもいい。
彼は強く、賢く、そして器用だ。それは人間と比較しても突出している。
その能力を埋もれさせてしまうのは、正直惜しい」
「貴方まで何を言い出すの!?」
「馬鹿な! 最下等種のゴブリンだぞ!?」
「……父上。何をもってこの魔物を下等と断ずるのです。
そもそも彼は正体を明かす以前も以後も、実に大人しく、そして人間らしい態度を崩していないではありませんか。
ふるまわれた紅茶にミルクと砂糖を落として器用に音を立てず小匙を使用し、正式な作法を知らずとも最低限見苦しくない姿勢でカップを口に含む。
父上の認識するような最下等の魔物風情には、けして不可能なことだと思いますが?」
「なっ!」
「それに……まだ、気が付かれませんか。
イヨルデは、このゴブリンに七日間も監禁されていたんですよ?
だが、当の妹を見てください。
外傷もない。痩せこけてもいない。
服だけは少し薄汚れているが、髪にも艶があり、身体が臭うこともない。
目には光があり、精神だって正常です。
この異常性……少なくとも父上には理解していただけるはずでは」
「…………っそれは」
「頭で理解したところで、気持ちが追い付かない…………ですか?
父上、母上。
本人も言った通り、イヨルデはすでに死んでいるのですよ。
私は妹を見つけられはしなかった。
今ここにいるのは、きっと我々を心配して現れた亡霊なのです」
「……ごめんなさい、お父様。お母様。
でも、私きっと幸せになれるわ」
「………………イヨルデ」
「二人とも……本気、なのだな……」
◇お兄様は見た
「おーい、イヨル……」
「ギョゲゲギャー」
「えぇー?
またそんなこと言って、だめだめ。
だぁめですー」
「ギギョグゲ。ゴギョーギャギャギャー」
「もうっ、ゴブさん!
そんなことで子どもたちに示しがつくとでも思っているんですか!」
「ギョゲギョギョゲーギャゲ」
「私はいいんです、私は。立場が違うでしょっ」
(…………い、いつの間にか妹がゴブ語を習得している!?)
◇言葉遣いは嫁教育の賜物です
「君の木彫り人形、孤児院の皆にすごく好評だったよ。
それこそ、もっと欲しいって言って聞かないくらいなんだ。
良かったら、また時間を見て作ってやってくれないかなぁ」
「ギュアーゴ」カリカリ
【恐縮です。
素人の拙い手慰み程度の品ではございますが、幼子のためとあらば不肖この私、骨身を惜しまぬ所存です】
「うん、ありがとう。
君は本当にできた魔物だねぇ」
「ギョギョ」カリカリ
【いえいえ、そんな。めっそうもない】
「ところで、ゴブくん。
君は全身甲冑についてどう思う?」
「ギャ? ……グギョー」カリカリ
【ランズマイルさん、話が急すぎて意図が掴めません】
「っあ。あー、ええっと。
今後も色々と力を貸してもらう前提で悪いとは思うんだけど……。
手袋にしろ口当ての布にしろマントにしろ、何かの拍子に破けて正体がバレないとも限らないだろう?」
「グゴギャゲ」カリカリ
【把握しました。
それで、その代わりに丈夫な甲冑を着用してはどうかという事ですね】
「そうそう。さすが、話が早いな。
実は、私の知り合いにそこそこ高名な鍛冶師がいてね。
君さえ良ければ、その人に頼んで作ってもらおうかと思っているんだけど」
「ギョア?」カリカリ
【その場合、採寸などが必要になるのでは?
私の正体がその鍛冶師の方に露見しても問題にならないのですか?】
「うーん。多分、大丈夫なんじゃないかとは思うんだけどね。
冗談ぽく『魔物に鎧を作って欲しいと言ったらどうします?』なんて聞いてみた時も、『お前さんが信用して連れてくるなら構わん』とか何とか言ってたくらいだし」
「グーギョ」カリカリ
【大丈夫だったとして、それはきっとランズマイルさんが積み重ねてきた信頼と人徳によるものですね。
ともあれ甲冑の件、承知しました】
「紹介者が私じゃなくても、ゴブくんなら意外とあっさり受け入れて貰えそうな気もするけれどね。
じゃあ、相手方の都合もあるだろうから、具体的なことは後日また」
「ギャー」コクコク
~数日後~
「ふむ。良い筋肉してやがる。
ナリは小せぇが、これなら鎧の重さも問題にならねぇな」
「ギョッギャギャーゲグギョ」
「で、お客さんよ。あんたデザインに希望はあんのかい?」
「ギョッ?」カリカリ
【デザインの希望? よろしいんですか?
あの、でしたら、自分はこんな感じの……】カリカリカリ
「……ん?」
カリカリカリカリカリ
「ほぉ、見たことねぇ形状だな……」
カリ、カリカリカリ
「それだと関節部分……あ?
あぁ、なるほど。そっちで繋げんのか」
カリカリカリカリ
「…………」
カリカリ
~数十分後~
「ギョェエエエエッ!」
「ぬおおお帰さん! 帰さんぞぉぉ!!
お前はいずれ俺以上の鍛冶師になれる才能を秘めている!
近年稀に見る逸材だ! 紛う方無き天才だ!
その才能を磨きもせず埋もれさせてしまうなど絶対に許さぁん!
弟子になれ! 俺の弟子になれぇえええ!!」
「止めて下さい、親方ぁーーっ!」
「正気に戻ってください、親方ぁーーーッ!!」
「くっそぉ!
大の男三人がかりとあのゴブくんの力でまだ引き剥がせないなんて、一体どういう握力をしているんだ親方は!?」
「逃がさぁん!
逃がしてたまるものかぁああ!!」
「ギェェ!
ギェーグ! ギェーグ! ギギョグゲェエエエエ!!」
この会話集にて珍ゴブリンの拾い嫁、全エピソード完結です。
長らくお付き合いいただいた皆様方には、本当にありがとうございました。