愚兄が魔王を継ぎました。
大広間に父上から呼び出しを受けたはずだった。
年の離れた兄上が王様から魔王討伐の命を受けて10年が過ぎた事もあり、いつまでも国を支える家として兄上をいつまでも待っていられないと判断し、自分を後継ぎとして任命してくれるものだと俺『ラグシア=シーリング』は期待していたのだ。
だが、その思いは大広間の中にいる人物を見て打ち砕かれたのである。
「……兄上、お久しぶりです」
「ラグシア、久しぶりだな。大きくなったな」
大広間には魔王討伐に出ていたはずの10歳離れた兄『デュメル=シーリング』と褐色の肌をした女性が座っている。
魔王討伐が成されたと言うわけか? これで俺がシーリング家を継ぐ事はなくなったな。ただ……
長年、魔王討伐の命を受けていた武勇で名の売れた兄と比較され続けてきた事もあり、武の才能に恵まれなかった俺は兄と比較される事はなれている。
これからは武しかしらない兄を裏から動かす事でシーリング家を好きに扱う事にしよう。
ラグシアには腹黒いところもあるようで家を継げないならば、兄を傀儡にしようと直ぐに頭を切り替えるが、その事を表情に出す事はなく、大広間の中にいる人間に気づかれないように兄とその隣にいる女性へと視線を移す。
「兄上が戻ってきていると言う事は魔王討伐と言う大義を達成されてと言う事でしょうか?」
「……ラグシア、心を落ち着かせて聞いて欲しい」
俺の質問に父上は眉間にしわを寄せて話し始める。その様子におかしな違和感を感じたが、父上の次の言葉を待つ。
「……ラグシア、デュメルがこの者と結婚したいらしいのだ」
「それはめでたい事ですね。それが心を落ち着かせると言うのに何か関係があるのですか? 血筋だとしても魔王討伐を成した兄上なら、誰も反対できないでしょう」
「違うのだ。それがな……」
「兄上」
何で、父上はこんなに頭を抱えているのだ?
父上の様子から直ぐに父上が兄上の結婚を反対している事が理解できるその理由を兄に訪ねようとラグシアは兄へと視線を移した。
「私の名前はユフィ=ガーランドと言います」
「ユフィは私達が魔王と言っていた方の1人娘でな。俺はガーランド家に婿入りしようと思うんだ」
……何を言ってるんだ?
兄とその婚約者と思われる女性の口から出た言葉はラグシアの頭では直ぐに理解できずに彼は眉間にしわを寄せているが、徐々に頭が動き出してきたようでその顔には戸惑いの色が濃く現れて行く。
「それで、仲人を俺がユフィと出会うきっかけをくれた王様に頼もうと思うんだけど、父上は猛反対するんだ。ラグシアは私の味方をしてくれるよね」
「……少し、状況を理解する時間をください」
……兄上が連れて来た人は魔王の1人娘で、兄上はその娘と結婚するつもり、それで兄上は魔王を継ぐ?
……そうなるとシーリング家を継ぐのは俺? 違う、そんな事よりウチの家はお取り潰し確定じゃないか?
ラグシアの頭ではどう考えても、悪い答えしか導き出せず、頭を抱えると父上もラグシアと同じ事を導き出したようで顔を引きつらせている。
「で、どう思う?」
「何を言っているんですか? それは兄上が魔王を継ぐと言う事ですよね。それは国家に反すると言う意味です。それを理解しているのですか!!」
「魔王と言ってもこの国の人間が行っているだけで、肌の色が違う人間だ。それを正すためにも良い機会じゃないか。いつまでも無駄に血を流しているのは無意味だ。血を流した多くの者達のためにも無意味な争いを止めるべきだと思うんだ」
……知っていたか。脳筋だと思っていたのに、いや、魔王の1人娘と結婚と言うところまで話が進んでいるって事は魔王がこの脳筋に種明かしをしたと言う事か?
ラグシアはデュメルと異なり、身体が弱く、小さな頃から多くの文献を読み漁ってきた。
その中で彼がたどり着いた真実は魔族と呼ばれている者達は肌の色が違うだけの人間であり、国の尊厳を守るためにお互いの国がお互いを敵とする事で国をまとめるために裏で協定を結び、戦争のようなものを繰り返していると言う事実である。
両国の王はもちろんだが、両国の中枢の貴族達はそれを国民に隠しており、平民を食い物にしている。
ラグシアはそれに気が付きながらも、自分が危険な場所に行かない算段を付け、この国のうまみをすべて吸いつくして生きる気だった。
しかし、その考えをデュメルは真実を国民に話して全て砕こうとしているのである。
「何を言っているんですか? 魔族が肌の色の違う人間? そんな事、あるわけないじゃないですか?」
「ラグシア、私が気が付いていないと思っているのか? お前は気が付いた上でこのくだらない戦争を続けようとしているのか?」
ラグシアは兄へと疑いの視線を向けるが、デュメルはラグシアの事を誰よりも理解しているようで真っ直ぐと彼の目を見て言うとその眼力の強さにラグシアの身体は強張る。
「……兄上の言う事は確かに正しい。しかし、それを正すのは難しい事です。何百年も何千年も権力者達が自分達の利権を守るためだけに続けていた事を正そうとする事は無理です。それにその利権を食い続けてきた我が家が言える事ではありません」
シーリング家も国の中枢を担ってきた名家であり、実直なデュメルでは国の裏の部分を割り切る事は出来ないと父上や王も感じ取り、デュメルを戦地へと送り出したのだったが、兄はその戦地を自らの力で切り抜け、真実にたどり着いたのである。
そんな兄の瞳から逃げる事は出来ないが、それでもラグシアは兄の言葉に頷いてしまえば、自分を含めたシーリング家の者達がこの国の王達だけではなく、民からも狙われ国家反逆者として処刑される可能性が出てくるため、兄の言葉には頷けないと首を振る。
「それに関してはユフィとも話をしたんだけど、シーリングの者達にはこっちの領地に移って貰って、両国の平和のために働いて貰おうと思うんだ。兄を助けてくれるよな」
「それは脅しですが……頷くしかないのですね」
「そう言う事だ」
デュメルは反対される事など最初からわかっていたようで、既にラグシアを含めたシーリング家の面々を受け入れる準備を進めていたようであり、反対するなら考えがあると笑う。
ラグシアはデュメルの表情にすでに逃げ場がない事を理解したようであり、大きく肩を落として兄へと視線を向ける。
「それじゃあ、行こうか? ユフィ、転移魔法の準備はできているね」
「はい。それではこの屋敷事、移動しますので皆さん、何かに捕まってください」
「屋敷事?」
デュメルはユフィへと目で合図を送ると彼女は魔法の詠唱を始め出し、身体は淡い光を放ちはじめると同時に屋敷は大きく揺れ始める。
「兄上、これはどう言う事ですか?」
「いや、ここだと父上や母上、ラグシアの命も危険だから、私の新たな屋敷のそばに転居して貰おうと思って、先の戦争であちらの国は多くの才能を失ったから父上やラグシアには働いて貰うよ」
楽しそうに笑う兄デュメルだが、ラグシアはこの状況に自分が大変な事に巻き込まれている事は理解できているようで顔を引きつらせるが、何もする事が出来ない。
魔王の名を継いだデュメル=ガーランドとその弟であるラグシア=シーリング。
何千年と繰り広げられていた戦争を終結させた2人の英雄の物語の序章に過ぎない。
何となく、短編を書いてみました。
続きが書けそうな気がしますけど、他があるからわかりませんね。
反応しだいで連載化も視野に入れたいと思います。
感想等がいただけると嬉しいです。