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<四>採用

<四>採用


 五階の入り口には『探偵 有栖川』とだけ書かれた表札がドアに貼ってあった。華子はこのテナントビルの三階より上、五階までマンションになっていることは知っていた。しかし、用事もないのでこれまで上がったことはない。彼女はやや緊張しながらインターホンの釦を押した。

「はい」

 女性の声が聞こえた。

「あの。斉藤華子ですが、面接に来ました」

「サイトウさん? 有栖川さん、サイトウハナコさんだそうです。通していいですか?」

 全部外まで聞こえている。

「華子さんね。二階の。あの弁護士さん。結構いい女だよ。吉瀬美智子とインド人を足して二で割って寸詰まりにした様な……。通してすぐ!」

 若い男の声がした。どうやら青年社長のようだ。


――失礼ね! 寸詰りってどういう意味よ! だいいち吉瀬さんとインド人じゃ、タイプ違いすぎてどうやって足すのよ……。


 再び女性の声。

「鍵空いてますからどうぞ」

 華子が入るとすぐにエレベーターで会った秋葉さんと社長さんが面会した。

 社長さんは予想に反して『カメナシくん』に似たような典型的なイケメンだった。

「私は代表の有栖川です。今回の得意先の倒産ではお互い大変だったですね」

 今後の生活のことがあるので、華子はチャンスを逃すまいと努めてきちんとした対応をした。

「同じビルにいらっしゃるとは思いませんでした。私は法律家ですので、少しでも御社のお役にたてればと……。正真正銘の法律家ですから」

「何か余計なことを秋葉君が言ったのかな。あなたは自己アピール力にけてますね。よろしい。とても気に入りました」

 若いながらもリーダーシップの有りそうな社長さんに華子の目は星になった。

 社長さんに華子はにっこりと微笑んだ。

 社長さんは華子に即座に微笑みを返して頷いた。彼女の採用を決めたようだった。

 それを汲み取ってか華子がほっとした顔をしたのも束の間に、室内のインターホン近くに居た女性が手招きするような仕草をした。華子は「はいっ」と応えて彼女の席の近くへと歩を進めた。年の頃はアラフォーという感じのベテラン風の女性だ。テーブルには『易』と書いた名札カードが立ててある。

 社長さんが言った。

「ああ。彼女易者なんだ。武者小路むしゃのこうじさん。彼女の占いは結構当たるよ。ちょっと見てもらったらいい」

 華子は指を差された丸椅子に腰掛け、やや上目遣いにその女性を見た。占いの彼女は団扇うちわほどもある大きな天眼鏡を持って華子の顔を覗き込んだ。


――何? 手相じゃなくって『顔相』なの?!


「あなた今悩み事抱えているでしょう。顔にそう書いてありますよ。それから自分の時間が取れないことにも不満を抱いている。もっと遊びたいし、趣味の世界をもっと拡げたい。ねっ? そうでしょ?」

「…………」

「ああ、それから最近肩が凝って体調もすっきりしない。何となく全身がだるくて、集中力が続かない。それに、睡眠不足気味で疲れが溜まってしまっていますね。ねっ? そうでしょ?」

 占い師などがよく使う手で、程度の差こそあれ、大抵の現代人には何らか思い当たるフシがあるような内容だ。華子は言葉を返した。

「あの……。ゼンブ違ってますけど」

 確かにその通り、殆ど当たっていない。

 占いの彼女は一瞬ひるんだような表情を表したが、すぐにそれを引っ込め言葉を続けた。

「ああそう、悩み事、全くない訳ね。自分の時間もたっぷり有って、思う存分遊んでるし趣味の世界も拡がっている訳ね。そして体調ブンブンで睡眠も十分。羨ましいかぎりね」

 大人気ない逆襲だ。華子はちょっとまずかったかな、と思い、一部を修正した。

「ああ、いえ。悩み全くない訳じゃないです。はい」

「まったく素直じゃないわね。最初からはっきりそう言えばいいのに。あのね。あなた気を付けた方がよくてよ。風邪はいわゆる馬鹿はひかないって言われてるけど、今年の風邪はそうとも言えないんですってよ。特にあなたみたいにひねくれてる人間はね、風邪は風邪でもひねくれたバイキンが寄ってくるものですからね」


――ひねくれたバイキンって何? て、言うか、素直なバイキンとか聞いたことない!。 


 占いの彼女の言葉は初対面にして極めて人を見下げた発言だ。華子は自分なりのプライドを傷付けられて憤ったがぐっと飲み込んだ。

「はい。気を付ける様にします」そして、その場で立ち上がろうとすると、占いの彼女はさらに追い討ちをかける様に言った。

「ちょっと、まだ終わってないのよ! あなた猫がかぶってるわね」


――気を付けろって言うから、そうしますって言ったのに、今度は私が猫かぶってるですって!?


 華子は言葉尻を捉えて憤りを発散させることにした。

「あの。言葉の使い方間違ってますよ。それを言うなら『猫かぶってるわね?』ですよね」

 占いの彼女は胸を張り、勝ち誇ったように顔を近付けて言った。

「残念でした。へっへえ、そうじゃないのよ。『猫が』かぶってるのよ。つまり猫が乗り移ってるかも知れないってこと。ふふふ。あーこわぁ……」

「ええっ!? 何ですって?」

 華子はこれ以上インチキ易者に付き合っている暇はない、と思った。そしてついに逆襲に出た。

「それなら、ええっと、シャレコウベさんでしたっけ……」

 占いの彼女は一気に眉を釣り上げた。

「武者小路よ。ふざけてるんじゃないわよ。まるで当たってないじゃないのよ」

「武者小路さん。私が猫ならあなたはアライグマか何かかぶってるんじゃないかしら」

「何ですって!? 」

 そういえば占いの彼女の顔はどちらかというと下膨れで目の周りに隈が回っていて、雰囲気もどことなくアライグマに似ている。

「ぶうっ!」

 社長さんの吹き出す声が聞こえた。彼も常日頃から武者小路さんのことをアライグマに似ていると感じていたに違いない。武者小路さんは向き直って社長さんを睨みつけた。

 慌てて社長さんは矛先を華子に向けようとした。しかし、それが墓穴を掘ることになった。

「あっ、いや。その。君、アライグマはまずいよ。華子さん。失礼だよ。言うならもっと可愛らしい奴がいるだろう? レッサーパンダのフータくんとかタヌキちゃんとか……」

 武者小路さんはさらに声を強めた。

「有栖川さん。あなたそれは、私が『黒魔術』(※呪いの術)の使い手だってこと知ってのご発言でしょうね」

「えっ…! ええっ、あの、そうだったの!?」

 

 ところで筆者は、目の前にアライグマとレッサーパンダとタヌキを三匹並べられてどれがどれかと問われても、百パーセント当てる自信はない。

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