<十七>浴室でのこと
<十七>浴室でのこと
短いシャワーが済んでドアを見た華子は瞬間、呆然とした。ドアノブが割れて落下し心棒がむき出しになっている。華子はその細く突き出た心棒に指を当てて回そうとした。しかし、心棒はピクリとも動かない。割れたドアノブを重ねて心棒に当てて回そうともした。完全に割れてしまっているのでこちらもピクリとも動かない。華子は濡れたタオルを心棒に巻いたり、ソープのケースで挟んだりしてあらゆることを試してみた。しかし、心棒はいずれの方法によっても微動だりしなかった。最初のうちは何とかなるだろうと思っていたが、華子は段々と焦ってきた。そしてとうとうどうにもならない事を悟った。
――どうしよう。電話連絡もとれないしここから叫んでも誰にも聞こえない。もう出られない。どうしよう。明日の任務も中止だ。でも、連絡すら出来ない。
華子はバンバンと浴室のドアを叩き続けた。手が真っ赤になったので、浴室にあるあらゆる物を使ってあちらこちらを叩いて助けを求めた。しかし、それらはすべて無駄な努力だった。
その後、部屋の入口の扉が開いた様な音がした。誰かが確実に自分の部屋に侵入して来ている様な感じだ。いえ、感じではなく間違いなく華子の部屋へ何者かが侵入してきている。華子は先ほど部屋のロックを外して通路に出ようとしてそのまま施錠を忘れていた事に気が付いた。
――キャー! やめてぇ。
浴室を出ることの出来ない華子は判断を迷った。
今の華子は自分で浴室から出ることは出来ない。しかし、外に居る人からなら簡単に開けることが出来る。
今、部屋に侵入している者にはそれが出来るのだ。でもその人に頼むにはリスクが大き過ぎる。
華子が迷っているうち、そろそろと浴室のノブの心棒が回りだした。
――やだ! 誰か浴室に入ってくる! 助けて!
――ダメダメ! お願い!
ノブが止まった。僅かにドアが開きかけているように見える。
華子は浴室のドアに触れてみた。
ドアはすうっと開いて華子は開放された。華子は浴室から頭を半分だけ出してキョロキョロと部屋の中を伺った。
部屋には誰もいない。
――何だかよくわからないけど、ともかく助かったみたい。
華子は玄関のスコープから通路を覗いてみた。真っ暗のままだ。少なくとも三分前までは人の出入りはなかった筈である。
誰も居ないし今までの事がなかったかの様な感じだ。
――訳わかんないし。でも、何でもいい。ともかく助かったもんね。明日、頑張る。うん。
華子はその場で足を踏ん張ってガッツポーズで自分に気合を入れた。そしてすぐさま、自分がすっぽんぽんの生まれたままの姿であることに気が付き、体を閉じて小さくなった。
窓辺の蘭の花は花びらを閉じて恥ずかしそうにうなだれていたが、華子が目をやるとみるみる花びらが広がった。華子はこの花が自分に見られていると元気になるような勝手な想像をして「うふっ」と息を吹いた。