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<十四>作戦会議

<十四>作戦会議


 食事が終わると華子はビンさん(『〇〇二』)、ゴンザレス(『〇〇七』)と共に、華子が宿泊するホテルへ向った。食事をした屋台から僅か数十メートル先の小路を入った所にやや貧弱で古めかしいホテルがあった。

「目立たへんやろ? 一見してホテルかどうかもわかれへんしな。安心やで。ドアホ」

 華子がチェックインして部屋に荷物を移動した後、やたら広く誰も居ないロビーの隅を借りて三人は最終段取りの打ち合わせを行った。まずはゴンザレスの入手した情報を伝えることから始まった。彼は日本語がからきし駄目なので最初はビンさんが翻訳していたが、ビンさんの『アホ! ボケ!』発言は留まるところを知らず、『ドアホ! カス! クソボケ! イネ!』が加わってきたので、華子は段々とムカついてきた。このためついつい大きな声になってしまう。華子はビンさんに「シッ!」と何度もたしなめられた。やがて華子は英語で話すようになり、皆の会話が少しずつ落ち着いてきた。


◆◇◆


 問題のお見合いは明日の午後一時からシティホテルのレストランで始まる。夫々の両親は立ち会わないし、二人の身分はホテル側にも明かされていない。華子が替え玉としてお見合いをする筈だった女性は本国出身の二五歳。華子より五歳程若い。依頼者である本国政府高官の情報によるとベトナム語しか話せない。お相手の男性はカンボジアに住んでいるが元はフランス人でフランス語とカンボジアの地域現地語(チャム語)と英語を少しだけ話すことができる。このため女性の方に英語の通訳が付くと依頼書には書かれていたが、その後の情報で大きく状況が変化した。女性は幼少の頃六年間日本に住んでいたので、日本語が結構できるというのだ。しかも男性の方もフランスでの学生時代の親友が日本人だったので相当日本語は達者らしい。お見合いの会話は通訳なしのどうやら日本語で行われることになりそうである。この情報は華子にとって大きな安心感となった。お見合いを破談にする事が目的であっても言葉が行き違う様であれば思うように事が進まないからだ。

 お見合いの女性は朝十時にホテルに隣接する美容院を予約しているので、済んだ後そこで拘束する。拘束といってもお見合い場所のホテルが変更になった事を伝え、そちらに移らせ携帯は『危険だ』と言って外部との連絡を絶たせた上、軟禁するいうものだ。

 相手の男性の顔写真は一切入手出来ていない。二大武力勢力のボスのご子息だけあって顔も出さず地下組織を暗躍している様である。華子にとって互いに顔もわからない相手をどこで見分けるかが一番の問題である。その方法は逆に女性側の組織に入り込んだゴンザレスが提案したというので確実だった。

 以下、英語の原語と和訳の併記は煩雑なので和訳のみの表示とする。

 ゴンザレスがカバンから一つの大きめのぬいぐるみを出して言った。

「このアライグマのぬいぐるみが目印だ。特注で同じものはない。男性側にも今晩中にこれと同じぬいぐるみが渡る手筈となっている」

 華子はアライグマと聞いて、すぐ事務所の武者小路さんを思い出した。今頃くしゃみでもしているのではないかと……。

 ビンさんが首を傾げて言った。

「これって目立ち過ぎやへん? こんなん持ってロビーでうろうろしてる人はあまり居らへんのとちゃう?」

 華子は思った。


――『あまり居ない』じゃなくて、ゼッタイ居ないから。そんな人。


 ゴンザレスは首を横に振りながら、しかし胸を張って言った。

「ミズ ビン。君も知っての通り、アライグマはこの国の国民にはよく親しまれていてそんなに不自然なことではない。しかしこんなに大きなぬいぐるみは誰でも持ち歩かない。一見目立ちそうで目立たない、目立たなそうで実は目立つ。そのビミョーな所がポイントで、これこそがプロの仕事だ」

 ビンさんはすぐに反応して彼の意見に同意した。

 しかし華子にはやや納得がいかない。


――ホントにビミョーなのかなあ。女性ならともかく大の男がこんな大きなぬいぐるみ抱えていて、注目されないの? 空港にもそんな人居なかったよ。


 そしてもう一つ、気になることが有った。

「あの、ご説明の途中ですいませんが、くだらないこと言っちゃっていいですか?」

「何だい?」

「このぬいぐるみって、アライグマじゃなくって、もしかしてタヌキじゃありません?」

「えっ!?」

 ゴンザレスの顔が一瞬曇り、その後一気に歪んだ。

「なっ、何だって? 君。本当か!?」

 彼はぬいぐるみを目の前に掲げ、正面からじっと見つめた。それは三人にとってかなり緊迫した長い時間に感じられた。そして彼は顔を再び歪ませて、ぬいぐるみもろともテーブルを叩いた。

「しっ、しまった。俺は何という初歩的なミスを犯してしまったんだぁ! これはそう、君の言う通りタヌキだ。アライグマではない! タヌキに間違いない!」

「あのう……」

 ゴンザレスは頭を抱え天井を仰いで言った。

「もう駄目だ。残念だが計画は中止するしかない!」

 華子は首を傾げながら言った

「あのう……。タヌキじゃ駄目なんですか? だって相手に同じもの渡してるんだったらどっちでもいい訳でしょ?」

 ゴンザレスははっと我に返った。

「そうか。別に『アライグマ』なんて言ってないし、タヌキでもゼンゼン問題ないんだ。ようしでかしたぞ! ミス華子! 凄いよ」

 華子はこの男と組むことがますます不安になってきた。

 二人の会話を聞いていたビンさんは吐き捨てるように言った。

「ホンマにワレ、アホとちゃうかいな……」


――ほらやっぱり、『アホちゃうか』は親しみを込めての言葉なんかじゃないじゃん!

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