<十二>シクロタクシー
<十二>シクロタクシー
二人は空港のロビーから建物の外へ出た。
一月下旬の現地時間で既に夜八時過ぎだというのに、空港を出て外気に触れると熱帯独特の熱気が華子の肌を襲った。しかし今は乾季に当たるということで湿気は殆ど感じないカラカラの気候だ。空港の外は人々の活気に満ち溢れていて、建物の外を埋め尽くすように大勢の現地人らしき人々が夫々の待ち人を探している。二人はその間を掻き分けながら歩いて、少し人の疎らな場所へと移動した。華子はビンさんが「待ち合わせは空港建物内のロビーで」と連絡してきた意味を理解した。
空港は市街地中心から十キロほど北に位置していて、街まではスーツケースを転がして歩ける距離ではない。
「タクシーで行くで」
普通の乗用車のタクシーが列を成して次々と客を乗せていく中で、ビンさんは別に並んでいた『シクロ』と言われる三輪タクシーに華子のスーツケースを載せながら言った。
「ワテ、荷物と一緒にこれに乗るやさかい、ワリャアそのバイクで追いかけてこんかい。ボケ」
ビンさんは脇に置いてあったホンダのスーパーカブを指差し、キーを華子に投げた。彼女が空港まで乗ってきたようである。華子は車の運転はした事があるが、今だかつて一度もバイクに乗った事はない。エンジンをかけるのに手をこまねいていると、ビンさんは呆れたように首を傾げ近くに来てエンジンのかけ方を丁寧に教えてくれた。
「ワレ、ほんまにアホちゃうか? ボケ!」
本当に、嘘なく、丁寧に教えてくれたのである。
「ええ加減にしたらんかいや。このクソボケ!」
華子は感謝しながら少しだけムカついていた。感謝しながらも眉がやけに吊り上っているのに気付き、これはいけない、と一生懸命に指で眉尻を下げていると、それを見たビンさんはニコニコしながら言った。
「何さらしとんね。ワレ、人おちょくっとんかい。シバクで!」
シクロはタクシーといっても人力である。つまり自転車の三輪車なのだ。しかしこれがやけに速く、バイクの運転に慣れない華子はくっついて行くのに必死だった。