<十>大きな仕事
<十>大きな仕事
「華子さん。最初の仕事の報酬だ」
社長さんはそう言ってニコニコ顔で封筒を華子に手渡した。中をあらためると一万円札が二枚と五千円札が一枚入っていた。
「普通、報酬は二割だが、太った謎の男と折半で二万五千円だ。最初の仕事にしては上々だ」
――何も動いていない社長さんが八割も取っちゃうワケ!? それって何だかずるくない?
「あの、相談者の男性はもう捜すのを諦めたのですか?」
「自分で捜すって言ってたよ。もうその男性のことは構わない方がいい。あういうタイプの男は下手に絡むと何をしでかすかわからないからね。手を切るに限る。それより次の仕事は東南アジアだからね」
「……」
華子は何かすっきりしない想いであったが、これ以上進めようとすると、自分でも調査に感情が入り込んでしまうような気がして、ここは素直に社長さんの指示に従うことにした。
東南アジアの仕事というのは、或る国の政府高官からの依頼であった。
この国には、打倒現政権を掲げる二つの反政府地下組織があり、それらは政権奪取という意味では同じ目的を有してはいるものの、互いに対立していて頻繁に武力衝突を起こしていた。そのためこれまで現政権も対立を静観していたが、今回その二大勢力が一致協力して現政権を打倒しようという企みが発覚してきたため、現政権は一気に危機に陥ったという。依頼は大雑把に言うと、これらの二大勢力の協力関係をぶち壊して元通り勢力を分散させるか、互いに衝突させるかのどちらかの状態にして欲しいというものだった。
これら二つの勢力は、まず手始めに互いのボスの娘と息子を差し出し二人を結婚させるという事に同意したという。政略結婚は、協力関係の証でもあり且つまた互いの『人質』の意味でもある。社長さんの華子への指示は、近く現地で『お見合い』が有るので、これに乗り込んでぶち壊せ、というものだった。
「ぶち壊せって、どうやって?」
「それは頭のいい君に任せる。もう少しわかっている情報を伝えると、そのお見合いには親である互いのボスは立ち入らないらしい。見合いの日時・場所まで調べがついているから、そんな所へ、のこのこと二大勢力のボスが現れるとは考えられないからだ。あと、向こうには見合いの前に顔写真などを見せ合う習慣はないから当日会うまで相手の顔がわからない。直前に目印を代理人が伝えるというものだ。二人は伝えられた目印を身に付けて相手を識別するのだ。その目印が何であるかは、現地の諜報員が直前に君に伝えることが出来る筈だ」
華子は嫌な予感がした。
「あの。まさか私にそのボスの娘さんと入れ替わって見合いをしろ、なんて言わないですよね。ねっ」
「ははは。どうしてわかった? 本当に君は人の心を見抜く才能があるね」
「ほほほ。またまたお上手ですのね」
「ははは」
「ほほほほ。……! 嫌です! 出来ません!」
社長さんは大きな音を立てて立ち上がった。
「何で? 君なら日本人には見えないしゼッタイ大丈夫だよ」
華子も負けじとその場で立ち上がった。
「何が大丈夫なんですか!? 日本人に見えるとか見えないとかそういう問題じゃなくて、武力勢力でしょ。命が幾つあっても足りませんから! それにお見合いをまとめるんじゃなくてぶち壊すんでしょ! 生きて帰れる筈ないでしょ!」
「君なら大丈夫だよ……大丈夫」
「『君なら』ってどういう意味ぃ!? 私は生身のフツーの人間です。だいいち現地の言語は何語かすらも知らない」
「ベトナム語だよ」
「ほらほら、ねー? 私、喋れませんから!」
「相手の男性はベトナム人じゃないから、もともとベトナム語通じないから大丈夫。適当にぺらぺらしゃべってベトナム語ってことにすればいいんじゃない?」
「いいんじゃないって、しかも、ちょっと、ぺらぺらって。それじゃお見合い以前に話がてんで通じないじゃないのよ! だから相手は一体何語を話すのよ!」
「英語は話せるらしい。君も英語は得意でしょ。君は英語の出来るベトナム人。相手は英語の出来るフランス人。だから大丈夫。でしょ?」
「ふっ、フランス人? 一体相手はどこの人なのよ!」
「だからカンボジアの人だよ。フランス語と英語と現地のチャム語を話すカンボジア人」
「ええ? 今、フランス人って言ったじゃない。一体どっちなのよ!」
社長さんは「ふっ」と言い、くるりと座席を回し言った。
「君、本当にめんどくさい性格だね。私は君のこと評価してるんだよ。仕事人としても、女性としても……。この際、頭のいい君に任せようか。今回の依頼は日本円に換算すると約千二百万円だ。まだまだ円安が進んでいくことを考えれば為替差益によっては千五百万円、いやもっとずっと大きな額になるかもしれない。僕だったら頑張るけどね。その二割が報酬だよ。半分は現地の諜報員に渡すけどね」
「ぶうっ!」