◆プロローグ
◆プロローグ
斉藤華子の本業は『弁護士稼業』である。しかし仕事が全くといって無い弁護士だ。何故かと言うと彼女には商売の『コネ』が無い、知り合いや仲間にも一切法廷経験者が居ない。企業にも『コネ』が無い。法律を知っていても判例に極端に弱い。
判例に弱い?
そもそも判例を知らない人が司法試験にパスなどする筈がない、と誰しも思うだろう。その通りには違いないが、判例を『知っている』という事と判例に「強い」ということは全く別の問題のようである。実際に法廷で闘っている弁護士の話を人伝に伺うところによると、司法試験を受験する時点での『判例のお勉強』など法廷で闘い抜く難しさに比べれば、『野良猫に餌を食べさせる』ほど易しいという事らしい。
例えの野良猫のくだりの意味がよくわからないので、筆者は『野良猫 云々(うんぬん)』のベテラン弁護士にインタビューしてみた。
筆者「毎年難関の司法試験にパスして貴事務所に入って来る若者をどう評価しますか?」
ベテラン弁護士「青いね。青い」
筆者「青い!? ですか? それは評価出来ないってことですか?」
ベ弁護士(長たらしいので以下「べ弁護士」といいます)「青い。あおいのよね」
筆者「…………。ところである方から、判例の勉強など法廷で闘い抜く難しさに比べれば、野良猫に餌を食べさせるほど易しい、という先生のお話を伺いましたが、どういうことでしょうか」
べ士(以下「べ士」)「あのね。例えばウチ、猫飼ってるの。ロシアンブルーね。彼女。ああ、彼女メスね。彼女フツーの餌食べないんだよね。しかも毎日変えないとね。ウチのエルザ、ああそう名前エルザね。でもライオンじゃないのよね。ロシアンブルーだからね。猫。彼女に食べさせるの難しいってこと。でも家の周りでうろうろしている野良猫はね。与えれば何でも食べるワケね。この違い分かる?」
筆者は思った。
――ううう。意味わかった様な、わからない様な……。 この人、本当に法廷で闘っているのかしらん。
このベテラン弁護士は、法廷で実際に闘っている人の例としてはちょっと適切でなかったかも知れないが、彼が言う次の言葉には何となく惹きつけられた。
べ士「あのね。昔、勉強中に東南アジアに行った時、たまたま刑事裁判を傍聴する機会が有ったのね。そこで明らかに未成年と思われる少女が裁かれてたのね。本人、何故か自分は未成年でないって言い張ってたけど、検察も詳しく身元確認してないワケ。起訴する検察が被疑者の身元も充分に確認してないんだよ。しかも法廷では、罪状認否に少女が応えられず黙秘になっているのに、ろくな事実審もなしに法律審(量刑の審議)に移っちゃって、僅か十数分で執行猶予無しの実刑。この裁判、変だなあって思ったのね。有り得ない裁判。有ってはいけない裁判。そもそも物事の判断が希薄な「子供」が即『実刑』だなんて変だよね。これは有っちゃいけないよ」
筆者「あの。話、曲がってきちゃいましたが、私は裁判経験の重要性についてお尋ねしたかったんです。でも、今のお話には少し興味を持たされました」
ベ士「そう。ありがとう。私の話。エルザはとっても気位が高いワケ」
筆者「いえ、そっちじゃなくって、少女の判決の話です!」