互いの正義
日本皇国と中国が正式に戦争状態に入った直後、中国側の工作員が、日本各地で暴動や占拠活動を開始。
1日足らずで鎮圧されたが、警察が動くのはここからがスタートである。
「お前がしたことは、立派な戦争行為だということを分かっているのか!」
五十風実家警視が、直々に犯人を尋問している。
戒厳令が敷かれているがまだ憲兵隊が到着していないため、警察機構は自らの意思によって捜査を行うことができる。
今回の場合では、取調室にいれられている犯人の罪状は、内乱罪とされている。
また、人質強要罪、公務執行妨害罪、暴行罪、銃刀法違反などなど、数々の罪状が逮捕状に記載されている。
「するとなんだ。俺は戦争犯罪人ってことかい。どの罪だい?」
「通例の戦争犯罪だよ。お前には、雑多な罪が、容疑として挙がっている。分かってるだろ」
「祖国のためさ。国のために殉じることは、我らの名誉だ。それについては、そっちだって分かるだろ」
分かる、と言いそうになったのを飲みこみ、五十風は黙って犯人に背中を向ける。
それからすぐにまた向き直り、犯人に詰め寄って言い放った。
「だが、お前の正義ではそうかもしれないが、こっちの国内ではそんなことは通用しない。祖国のためという美辞麗句を並べたところで、お前の罪が消えることはないし、お前が裁かれることは決定事項だ」
そもそも、犯人が有罪になることは間違いなく、刑については極刑以外にあり得ない。
それは犯人も五十嵐も知っていることだ。
だが、犯人は笑っていた。
「ああ、それでも構わないさ。俺には国に残してきた家族がいる、生活がある、国がある。彼らが永く続く事、それが俺が望む唯一のことさ」
高笑いしている犯人を取調室に一人残し、五十風は部屋から乱暴にドアを閉めて出た。
「五十嵐さん、どうしたんですか」
同僚がすぐに話しかけてくる。
「何もないさ」
だが、心なしか怒っている。
「……自分、あの犯人が言ってるのが少しわかるような気がします」
「はぁ?」
五十風は、あからさまにイラついている声で同僚へ返す。
「国のために何かするっていうのは、当然持っているべき愛国心じゃないでしょうか。彼らはその方向性を間違えただけであって、我々も、同じような状況であれば、同じようにすると思います」
同僚は五十風に毅然とした態度で答える。
「愛国心、と言えば、それについてはお分かりになるでしょう」
「愛国心か……」
国を愛する心は、親を愛する心、子を愛する心、隣人を愛する心と、この時代の学校では教えている。
それと同様に、国も愛しなさいと、自然にそうなるように仕向けられているともいえるであろう。
だが、それと今回のはどのようにつながるのか、五十風は同僚に反論した。
「彼らの愛国心とやらは、我々に敵対するということなのか。それならば、我々は正義の名のもとに、彼らを打ち倒す必要がある」
「彼らも、まったく同じように考えているでしょう。我々は彼らの敵、彼らの愛国心――つまり正義は、我々とは相容れない関係です。それゆえに、我々とは敵対する。そうなるのが当然なのです」
「……それは分かった。だが、彼らがそう考えている以上、我々も闘わなければならない。自らの正義を掲げ、それが正しいと確信しながら、唯一の真実であると判断しながら」
五十風はそう言って、再び取調室へと向かった。
今度は、落ち着いて、ゆっくりとドアを開けた。