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翼--飛翔--  作者: 冬耶心
3/5

擬似シンクロノス訓練は日々続いた。

走り抜ける激痛も、今では慣れてきつつある。


外の世界は今も争いに満ち溢れ、すぐにでも出撃したいくらいだった。


「試してみるか、シンクロノスを。」


相変わらず興味の無さそうな顔を向ける博士。今ではすっかり慣れてしまった。

博士のその一言により、レンは久しぶりの外を味わえる。



「いい、天気だな~。」


普段ならば、学校をサボって屋上で日向ぼっこでもしている時間であろうか。

ついこの間までの日常を懐かしみ、レンは武器を構えて意識を静めた。


「シンクロノス、起動」


シェリスの歌が聞こえる。

翼を持ったシェリスがレンの背中に寄り添う。


『シンクロ・スタート』


すぅ、とシェリスが溶け込んでくる心地よさをレンは感じる。


「行くよ、シェリス。」


周りに溢れた敵を殲滅する。

今日は、一級戦闘地域の任務だった。



これ以降、危険地での任務は格段に増えていった。

しかし、シンクロしたレンの前に敵はない。

元より持った強さに、さらに力を加えたシンクロ状態のレンは文字通りの最強で。

そしていつしか、戦場でその名を知らぬものはいないと言われるまでになって行った。



だがそれは、シェリスの不安を掻きたてる。


重要拠点となった学園の屋上で、夜空を見上げた。

レンとここで初めて出会ってから、随分長い時を過ごしてきたような気もするが、未だにレンを理解できない。


「まだ…好きなの?空…。」


呟きは夜風に流れる。

シンクロするときに感じるレンの意識は、初めてシンクロした時とはまるで違っていることに気づいていた。


「…レン。」


ふと背中に温もりを感じる。

いつの間にかレンはシェリスの後ろに立ち、両手でシェリスの両肩を抱いていた。

顔はシェリスのうなじに埋め、微かな震えを感じる。


「急に…ごめん。」

「…構わない、けど。」


一瞬ぴくりと身体を震わせたシェリスだったが、嫌悪感はない。

普段シンクロで触れ合っている時とは異なった温もりに、少し戸惑いを生じただけである。


「…最近、笑わない。」


シェリスがここ最近ずっと思っていたことだった。

出会った頃は太陽のように明るくて、不安や恐怖を吹き飛ばすための手段として笑っていたレン。

その瞳の奥に恐れはなくて、ただ強い意志が宿っていた。


「怖い、んだ。」


そのレンが、恐れている。

誰にも負けない強さを持ちながら、何に恐れているというのか。

いや、シェリスは感じていた。

シンクロの際に意識を重ねるたび、レンの中に空虚が広がっていたことに。


「…殺すこと?」

「違う。…覚悟はしていたし、戦いだから人は死ぬ。…それは、解ってる。」

「じゃあ…」


レンはこの戦いを通して、沢山の人を、人外を殺し、機械を壊してきた。

そして知ったのだ。

殺すことよりも辛くて暗い、恐怖を。


「…何も、感じないんだ。」


あぁ、ついに彼でさえ感情を失ってしまうのか。


「機械を壊して、人外を殺して…そしてこの手で人を殺めても。…何も、感じない。」


意識に触れるたび、感情を取り戻しかけたというのに、

私はこの人の感情を奪ってしまったのだろうか?


「前は感じてた。殺すことに躊躇は無くとも、疑問はあった。でも…今は何もない。

戦っても、勝っても、褒められても、心が…空っぽなんだ。」


ぽつん


シェリスの髪を伝った雫は、たった一滴で地面を濡らした。


「…怖い?」

「怖い。…戦うだけの兵器、そうなりそうで…怖い。」

「…不安?」

「世界は何も変わってない。…このまま何も変わらないんじゃないかと、思う。」


二人のわずかな間に夜風が突き抜ける。

それがまるで何かの合図であるかのように、シェリスは歌い始めた。

シンクロノスを起動する歌ではない。

戦う力を持たない歌。





澄んだ綺麗な歌声は、レンの心を浄化するようであった。



そしてレンから一歩離れて振り返り、まっすぐにレンを見据える。



「…笑って。」

「…無理だ。」

「不安も恐怖も吹き飛ぶ、だから…笑って?」



シェリスは至極自然な笑みを浮かべた。



「シェリス…。」


なんて、美しいのか。

初めて心から守りたいと思ったもの。


「この気持ち、笑顔…全部全部、君がくれたものだよ、レン。だから、今度は私が…君を笑顔にしたい。あの時のように、笑ってほしいから。」


シンクロを重ねるうちに触れ合った

私にとっての、はじめての光。

心をほどいてしまうような、レンの笑顔。

もう一度見たい。

いつしかずっとそう感じていた。



「…こんな、俺でも?…俺の手は、汚れてる。」


視線を地面に落とし、両手を見つめる。

シェリスは一歩ずつ近づいて、その両手を自身の両手で優しく包み込んだ。

レンが顔を上げると、強い瞳がそこにはあった。


「堕天使だった私を救い上げたのは、この手。」


一緒に翼を広げてくれた。


「君の手は…誰かを救うための手。」


レンは、笑った。

泣きそうな顔をして、喜んだ。


そして、シェリスの手を握り返した。


「…やっぱり、俺は争いをなくしたい。君にもっと、自由に歌ってほしい!」


意思の炎が戻った。


嬉しくなって、シェリスはレンを抱き締めた。


「一緒に飛ぼう、レン。」

「今度こそ君が、好きだと言えるような空にしてみせる。」


しばらく殺していた感情が、久方ぶりに溢れ返る感覚は、奇妙なものだった。

そうだ、俺たちは…

自由のために戦っている。


「ありがとう、シェリス。」


一筋の流星がキラリと瞬いた。


願わくは共に生きんことを。





「もう、これは要らないよね。」


光のない部屋のなか、存在するのは無機質な機械と、一人の男。


「これさえなくなれば、争いは終わる。

血ヘド吐いてやった初めてのシンクロが、これだったなんてな。」


何をしている!

と、ガラスの向こうに叫び声を聴く。

生憎内側からかけた鍵は外から開かない。


「俺も、シンクロしてみたかったなぁ…」


大剣を構える。


「だけど、俺は俺自身の力で頂点にたつ。こんなのに頼るもんか。


轟け、紫電一閃


いっけぇぇぇぇぇぇ!」



大きな爆発音が響く。



「あとは、外を何とかすれば…争いの終焉だ。生かされてきた命、尽きるまで使い尽くす覚悟さ。」


俺は、あいつのようなヒーローじゃない。

だが、俺は俺のやり方で、戦士であろうと思う。


「擬似シンクロノスなんて裏技、卑怯だよなぁ?」


ニヤリと口の端を上げる。


「あぁ、あとあんたらが生きてると、この事件は繰り返される。死んで貰うわー。」

「よせっ…」

「人をゴミのように扱ってきた天罰だな。」

「なぜだ…っ、イクト!」


剣を振るう手が止まる。


「あんた…覚えてたんだ、

俺の……名前をさっ!」


辞めるために止めたのではない。

太刀を振るうことに迷いはない。


俺は、歪んでいるから。


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