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怒りをすべて飲み込んで、手に入れたかった日々

作者: 澪ナギ
掲載日:2026/01/14

「炎上は沸点高いよな」


 落ちてきた言葉に、上を見上げる。そこには帽子をかぶった祈童。

 その言葉に頷く前に。


「いいのか、向こうは」

「あぁ。体力が持たない」


 笑ってやって、隣に座ることを許す。

 目の前のクリスティアが「見てー」と砂の城の進捗を見せてくるのに頷きながら、目は前を見た。


 夏真っ盛り。

 同級生組で海へとやってきて、今大半の奴らはビーチボール中。俺とクリスティアはパラソルの中で休憩していた。

 恋人のこれまた立派な砂の城の制作を眺めていれば、先ほどの言葉が落ちてきて。ようやっと頭の中で処理し。


「沸点は、高くなった、が正しいだろうな」

「ほう」

「もとはそうでもない」


 返してやれば、こちらを見た気配を感じて、俺も祈童を見る。まるで「そうなのか」というような表情に、頷いた。


「そこまで低すぎるわけでもなかったと思うが」

「今ほど高くもなかったと?」

「な」

「うん」


 クリスティアに聞けば、一度こちらを向いて頷き。恋人はまた砂の城へと意識を戻していく。


「沸点を高くしたのか?」

「自然と高くなった、だろうな」


 首を傾げた祈童に、目線は奴らへ。


「あれらと一緒にいりゃあ自然と高くなるだろうよ」


 見えてるぞ祈童、そのから笑いは。


「自由人だらけだからなうちは」

「もれなくお前もだけどな炎上」

「そこまででもないだろ」


 そこは首を傾げるのか。俺はそんなに自由か? そうでもないだろ。けれどそれを言っても納得してもらえなさそうなので、いったん置いておいて。


「怒りたくなるときはないのか?」


 問われたものに、今度はクリスティアを眺めながら考える。



 怒りたくなるとき。



 その答えは、深く考えずとも出た。


「あるだろ。こいつらが傷つけられそうなときとか」

「そういう、ある種当然のものではなく」


 祈童を見れば、こちらを見て。


「彼らに対して、怒りたくなるというのはないのか」


 それはきっと、日常の話なんだろう。

 カリナとなんかはすぐに言い合いになるし、レグナの自由さに「おい」と思うこともある。それはクリスティアにだって。



 けれど。



 思い起こされたのは、すべてを諦めかけたときのこと。



 怒りたくなることは、たしかに今でもある。

 けれど先に出てくるのは、どうしたって良い意味での呆れで。


 そうなったのは、きっと。



「……怒っても、無意味だと思った」

「……」


 体力を使うし。

 それに。


「……怒りに身を任せていると、大事なものを失いそうになるしな」


 そっと。

 クリスティアの頬をなでてやる。話を聞いていただろうに、不思議そうに首を傾げる恋人に笑ってやった。その笑みが、どんな風に見えているかはわからないけれど。



 見えるのは、もうないはずの頬の赤み。


 怒りに身を任せ、自由な彼女を怒鳴りつけ。挙句の果てにはこの頬を叩いたこともある。


 当時は、それでも怒りが収まらなかった。


 どうして思い通りにならないのか。

 こんなに守りたいのに、なんで、と。



 そうして、怒って。怒り続けて、最終的に。



 この恋人を、すべてを。失いかけた。



 今思えばぞっとするような話。けれど当時は、当然だと思っていた話。



 そのくらい、怒りというものは生物を狂わせるもので。



「……失うくらいなら、無駄に怒らなくていいだろうと思うようになったな」

「……」

「そうしたら段々と、本当に自分の許容範囲が広がって。いつしか呆れというような、そんなようなものに変わっていった。良い意味でな」

「わかってるよ」


 優しく言う祈童に、そちらは見ないまま微笑んで。

 クリスティアの頬を、優しくやさしく、撫でてやる。当時のことの謝罪も込めて。


 それが伝わったのかはわからないが、クリスティアは俺に抱き着いて、背をゆるく叩いてきた。それにまた出るのは、嬉しいような、仕方ないというような、不思議な笑み。

 同じように、彼女の背をゆるく叩いてやりながら。


「そんな風に無駄に怒らなくなった結果が今だな。沸点も高くなり、大半のことには対して怒らなくなった」

「さすがは努力家だな」

「なんだそれは」


 大したことはしていない、と。

 謙遜ではなく、自然とこぼれた。


「ただの子供の悪あがきだ」

「……」


 呟けば、横目に見えていた祈童が止まったので、そちらを見る。

 そいつは目を瞬かせて俺を見ていた。


「……なんだ」

「いや、本気でそう思っているのかと」

「本気だが? 実際そうだろ」


 失いたくないとわがままを言ってあがいた結果。


 それのどこが子供じゃないと言うのか。


 けれど祈童にとってはそうではないらしく。まるで「仕方ない」と、俺のように笑って。


「そういうところがかわいいんだろうな、炎上は」

「でしょー」

「閃吏の言うことがわかるな」

「……なんなんだ……」


 最近言われるその「かわいい」に対しては怒りを感じつつ、どうせ言っても無駄なんだろうとわかっているので。


「どうするんだ、俺がその言葉を真に受けて本当にかわいい恰好しだしたら」



 わざと乗ってやったら、恋人と友人は想像したようで。

 腹を抱えて笑いだしたので、それはそれで納得いかないなと。


 今日も今日とて、ため息を吐いた。



『怒りをすべて飲み込んで、手に入れたかった日々』/リアス



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