16.雑踏の中、目で耳で感じた時間
新宿にいた時の話。人がこれでもか、といわんばかりに溢れていて、たくさんの建物や商品や食べ物が溢れているのに、そこにいる私はちっとも満たされなくて。むしろ、どんどん寂しくなって、何をしていいのか、どこに行けばいいのか、一人が良いのか、誰かと一緒がいいのか、わからなくなって。足元ばかりを見て歩きました。立ち止まったときだけ、空を見上げていました。何がわかるわけでも、何が手に入るわけでもないけれど、それでも私は雑踏の中に埋もれてしまうのです。そして苦しくなるのです。
話声は次第に大きくなる
耳にはいってくるのは
どうでもいいような世間話
誰かと誰かがくっついた、とか
誰ちゃんが誰くんを好きだ、とか
誰のことは嫌いだ、とか
もう仕事をやめたい、とか
そんな話ばっかりだった
雑踏の中
ちっぽけすぎるあたしは
つま先とにらめっこをしながら
少し甘すぎて濃いコーヒーで
大人になったような気持ちになって
消えるように薄れていくように
そんな感じで無口になった
歩いて歩いて
どんどん歩いて知らない街
何人かに話しかけられて
何人かにぶつかった
何人かについてこられて
そして結局ひとりぽっちに戻った
そんなことをあと何回繰り返すだろう
世界は同じような
紛い物で溢れているよ
世界はこれだけ広いのに
誰も誰かのかわりにはなれない
違うことが怖いんじゃない
本物が、本当のことが
わからなくなるのが怖いんだよ
そう言ったら
何人の人がそうだね、と
言ってくれるんだろう
改札の前
待ち合わせをしているわけでもないのに
何時間も突っ立っていた
誰か迎えに来てはくれないだろうか、と
誰かのことを待っていたんではないか、と
誰かとありえない確率で出会えはしないか、と
そんな風にして流れた時間
空の色が変わる時間を知った