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最後のことばと、空っぽの墓
十字架の上で、いえすは空を見上げていた。
顔は血と汗にまみれて、目はもうほとんど開いてなかったけど、
その視線は、まっすぐに、どこか遠くを見ていた。
そして、ぽつりと、言ったんだ。
「……どうして、わたしを見すてたの?」
その声は、かすれていて、
でも、はっきりと聞こえた。
風がその言葉をさらっていって、
空に溶けていった。
誰も、何も言えなかった。
ただ、沈黙だけが、そこにあった。
そして、いえすは静かに目を閉じた。
まるで、すべてを終えて、
すべてを委ねたように。
……それから三日後。
墓は、空だった。
石は転がされていて、
中には、誰もいなかった。
いえすは、いなかった。
でも、おれは、知ってる。
あのとき、あの場所に、
確かに、いえすはいた。
姿は見えなくても、
声は聞こえなくても、
その存在は、ちゃんとそこにあった。
おれたちの中に。
裏切ったおれの中にも、
逃げたおれの中にも、
それでも信じたいと願う、おれの中にも。
いえすは、いた。
ゆるしとして。
希望として。
そして、光として。
だから、これが――
いえすの物語の終わりであり、
おれたちの物語の始まりだったんだ。




