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最終話 今さら敬語を使っても






「イオリさんから、電話があったんです。ミヅキさんが、一切ご飯を食べないって」


 ポツリ、とタイヨウ君が言った。

 

「俺みたいな子どもに連絡するなんて、イオリさんもよっぽど参っていたんだと思います。俺を頼ろうと思って言ったわけでもないだろうけど……でも、嬉しかったんです。俺にとって、家族みたいなものだったから」


 ――タイヨウくんは、シングルファーザーのお父さんと二人で暮らしていた。

 けれどお父さんは、タイヨウくんのお母さんを亡くしたあと無気力になってしまったのだ。

 それを見かねたお父さんとお母さんが、タイヨウくんをうちに連れてきた。しばらく我が家で暮らした後、タイヨウくんはお父さんではなくて、お母さんのお姉さんの家に預けられることになり、中学に上がる頃に引越しをすることになった。

 タイヨウくん経由だったけど、伯母さんはとても優しい人で、届いてくる写真を見る限り幸せそうだった。


「その後、ミヅキさんが食べるようになったってイオリさんが言った時、『タイヨウくんがいつもいてくれたら、ミヅキも元気になるよなあ』って言ってくれて。

 本気にしなくてもよかったんだろうけど、嬉しくて、高校を理由に住まわせてもらって。でも、……イオリさんとミヅキさんの信頼を裏切っちゃいけないと思って、敬語を使ってました」

「ごめん。そこがよくわかんない」

「……敬語を使えば、距離がおけるかなって」


 何となくわかったかもしれない。


「ええと、もしかして、その時には私のこと好きだった?」


 私がそう尋ねると、タイヨウくんはそっぽを向いた。耳がめちゃくちゃ赤かった。つられて私の顔も熱くなる。


「敬語使って距離を置けば……変なことしないかなと……」


 したけど、とタイヨウ君が付け加える。さっきのキスを思い出して、さらに私の顔が熱くなった。


「ずるいのは俺です。頼りにされてるのをいいことに、家にまで押しかけたんですから。でも」

「でも?」

「正直、気付いてもいました。俺、いらないな、って」


 ずん、とタイヨウ君の頭が低くなる。


「ミヅキさん、中学時代は『王子様』って呼ばれていたぐらい人気者だったし。うちのクラス、全員ファンにさせるし。俺の知らないミヅキさんのこと、ハルヤマは知ってるし……」


 ハルヤマとは、ハルコちゃんのことだ。中学校が一緒だから、中学時代のことを知っているのは当然として。


「多分、ミヅキさんが遠い存在になった気がして、寂しかったんだと思います」

 

 ――もしかしてタイヨウ君も、私がナツヒコ君に抱くようなものを感じていたんだろうか。

 こそばゆいような、嬉しいような、どこかホッとしたような気持ちが、じんわりと広がった。


「……だからと言って、今やったことは不同意わいせつ罪なので、ミヅキさんの負担にさえならなければ今すぐ警察に出頭、」

「いや、合意じゃないかなあれは⁉」


 私が先に告白したわけだし、予想外だったけど全然嫌じゃなかったし!

 しいて言うなら、公衆の場でやるのは恥ずかしかったぐらい。でも人がいない公園をわざわざ選んだし、家でうっかりお父さんと鉢合わせする方がヤバい。さすがにお父さんの目の前でされてたら、恥ずかしくて気絶していた。


「大丈夫だから、ね! ……しいて言うなら、お返事が欲しかったかな」


 キスも嬉しかったし、あれが返事みたいなものだけど、でもやっぱり言葉が欲しい。

 そう言うと、タイヨウくんは、腰掛けていた車止めから離れて、私の前で片膝をついた。

 私の手を、タイヨウ君の手が包む。綺麗な目が、じっと私の目をまっすぐ見た。

 

「ミヅキさんが好きです。俺と、付き合ってください」

「……はい」


 喜んで。

 言外に含ませて、私は笑った。


「ふふ。なんか、王子様のプロポーズみたい」

「……あんまりカッコよくないですけどね、俺」

「そんなことないよ」


 むしろカッコ悪いのは、つい最近まで自分の感情すら無自覚だった私だし。

 そのまま手を繋いで、私たちは帰路を歩く。


「……近々、あの家を出ますね」


 ポツリ、とタイヨウ君が言った。

 私も、そう言われることは覚悟していた。タイヨウ君にその気がなかったら、やっぱり一緒に住むのは嫌だろうなと思ったからだけど、今は違う。


「お父さんの信頼を裏切るから?」

 私が笑いながら言うと、「それもありますけど」と、少し先を歩いたタイヨウ君が言った。



「敬語程度で、理性を保てる自信がない」


 タイヨウ君は、後ろ姿からでもわかるぐらい、耳を赤くしていた。


「……みゃあ」

 今度こそ私は変な声が出た。

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