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始まりの日•••フラワーナイト・リリィ誕生の日⑥

「もうすぐ着くわ。ありがとう千晶」


「別に。これくらいどうって事…………!」

 

 優里香の家が近づいて来た時、俺は異様な匂いを感じた。辺りを見回すとちょっと先の方で煙が上がっているのが見えた。


「……あたしの家の方だわ!お父さん!お母さん!」


 優里香も煙を目撃し、一目散に駆け出していく。



「お、おい!まて白石!」


 俺は優里香の後を追いながら、救急車を呼ぼうとポケットからスマホを取り出そうとするが見当たらない。多分家に置いてきたのだろう。くそ!こんな事になるなら持ってくればよかったぜ。

 俺が胸の中で舌打ちしていると優里香が先の方で突っ立ている所に出くわす。


「おい白石!一人で勝手に行くな!危ないだろ……それとスマホ持ってないか?救急…………」


 俺は優里香に声をかけながら前を向くと、そこには見た事もない化け物が突っ立ていた。

 そいつは二メートル近い巨体で、トカゲを二足歩行にしたような出で立ちをしていた。そいつの片方の腕からは地面に向けて赤い雫が滴り落ちていた。

 何だアイツ?俺は夢でも見ているのか?


「千晶………千晶にも見えてるよね。あの化け物」


 優里香の問いから俺は同じものを見ているのだと気付く。幸い化け物は背を向けていて俺達に気付いていない。


「白石………一先ずここから離れよう」


 俺は小声で優里香に提案する。優里香は小さく頷き、俺達は化け物の方を見ながらゆっくりと後ずさる。


 ――――カン――――コロン――――コロン――――


「キャァ!」


 すると、優里香が道端に落ちている空き缶に気付かず、そのまま踏んづけてしまった。優里香が転びそうになるのを、俺は腕を伸ばして慌てて支える。


「大丈夫か?」


「うん。ありがとう…………千晶!前!」


 優里香がお礼を言おうとし、慌てて前を指差す。すると音に気付いた化け物がこちらに向かって突進してきていた。


「優里香!」


 俺は優里香を抱き抱えたまま横っ飛びをし、化け物の突進を回避する。幸い回避した先が、細い路地になっていて俺達はそこの電柱の影に隠れる。


「……大丈夫か?白石」


「うん大丈夫」


 俺は優里香の状態を確認する。どうやら怪我は無さそうだ。咄嗟に名前で呼んでしまったと思ったが、今はそれどころじゃない。


「…………白石。俺がアイツを引きつける。お前は逃げて助けを呼んでくれ」


 俺は言い終わるや否や、素早く路地を飛び出す。


「そんな…………千晶!」


 優里香が何か言っているが俺はあえて無視する。辺りを見回すと近くで化け物が辺りを見回していた。どうやら俺達を探しているようだ。俺は近くにあった小石を拾い、化け物に投げつける。


「…………グギ?」


「こっちだ化け物!」


 俺は優里香が隠れている路地とは反対方向に向けて走り出す。俺は化け物が俺の後を追いかけてくるのを肌で感じる。

 これで良い…………化け物に追いかけられながら、俺は何処か安心していた。

 もし俺といたら優里香も殺されてしまう。俺はもう、あの日みたいに目の前で親しい人が亡くなるのを見たくないんだ。


「グガァ――――――!」


 ――――――――ザシュ!――――――


 化け物の咆哮と共に背中に激痛が走る。俺はそのまま前のめりに倒れ込む。

 痛ってえ…………背中が焼けるように熱い。恐らく化け物の爪が背中に当たったのだろう。見なくても分かる。これは相当に深い傷だ。


 ――――――――――ドカァ――――――――


「ぐぁぁぁ――――――」


 そして、その俺の背中を圧迫するように化け物が俺の背中を踏みつける。俺は背中越しに振り向くと化け物は醜悪な笑みを浮かべながら腕を振り下ろそうとしている。

 死んだな……俺は心の中でそう確信した。



 ――――――ピー―――ーーピー――――ーピーーーーー


「クガァ?」


 すると音が鳴った何かが化け物に当たり、化け物はそちらを振り向く。


「ハァ…………ハァ…………こっちに来なさい化け物!」


 優里香の声が聞こえる。おそらく化け物に向かって防犯ブザーか何かを投げたのだろう。

 馬鹿野郎!何でこっちに来た。化け物は俺から足を退けて優里香の方に向かって行く。

 ダメだ。このままじゃ優里香が…………

 そんな……俺はまた目の前で失うのか………あの時のように…………




 



 俺は妹の死に際に立ち会っていた。


「ん…………ハァ…………ぐっ…………ハァ」


 妹はずっと苦しそうにしていた。俺は何も出来ずに、ずっと妹の手を握っていた。

 大丈夫………頑張れ!ずっとそんな月並みな言葉だけをかけていた。

 やがてお医者さんが来て、離れてくれと言わんばかりに俺たちの手を離してしまう。



 そして…………妹はそのまま冷たくなってしまった。





「に、逃げろ!……白石………優里香!」


 俺は何とか声を上げようとするも、背中の痛みが激しくなかなか声が出せない。

 その間にも化け物は優里香に近づいていく。しかも、優里香は逃げようとせずにそのまま突っ立ている。


 またか……俺は……また失うのか…………


 俺は絶望の余り途方にくれる。


 ……………………力が欲しいの?………………


 そんな時、突如頭の中に女の声が聞こえてきた。それは少女のような若い女のような声だった。


 ……………力…………誰かを守る為の力…………欲しくないの?


 俺が黙っているとまた声が聞こえてきた。今度ははっきりと


 …………………誰かを守る力………………


 俺は心の中で頷いた。誰かを守る…………今の俺に優里香を守れる力を貰えるなら、俺は何だってするつもりだ。


 ………………なら、思い浮かべて。貴方が望む姿を…………


 声は俺にそう問いかける。そんな事急に言われても…………

 すると俺はある事を思い出した。

 あれはまだ妹が病院に入院していて元気だった頃の事。





「詩織。見舞いに来たぞ」


 俺は病室のドアを開け、ベットで横になっている妹に声をかける。


「あ、お兄ちゃん。来てくれたんだね」


 妹は俺に気づくと笑顔を向けてくる。あの頃は、学校が終わると真っ直ぐに妹が入院している病院に通うのが日課になっていた。


「どうだ。体の調子は?」


「…………良くも悪くもないよ。それにずっと寝てばかりだから退屈だし」


 妹は口をへの字に曲げながら答える。まあ実際妹はまだ小学生だ。遊びたがりのこの年でずっとベットの上っていうのは辛いよな。


「そうか。そう思ってな、今日はお前にプレゼントとお願いをしに来たんだ」


 そう言って俺は鞄から一冊のノートを取り出し妹に渡す。


「これは?」


「俺が考えたオリジナルの変身ヒロインの物語。退屈しのぎに読んでみてくれよ」


 妹はノートを受け取りパラパラとページを捲る。


「フラワーナイトリリィ?」


「違う違う。フラワーナイト・リリィ。ナイトとリリィの間に・が入るの」


 俺の細かいこだわりに妹は頭に?を浮かべる。まあ作者のこだわりは伝わりにくいからしょうがないか。


「それでお願いって?これを読んで感想を言えば良いの」


「それもあるけど、主人公であるリリィの絵を書いて欲しいんだ。正直俺は絵のセンスが無いから」


 自分で言ってて虚しくなるけど、実際俺の絵は精々人を描いて人に見えるかどうかという物。こういう変身ヒロイン者は可愛いさも大事である。その点、妹は俺よりも絵のセンスがある。兄としては情けない限りであるが、こうして恥を忍んでお願いしているのである。


「……………………」


 妹は黙って俺が書いた小説を読んでいる。そしてしばらくするとノートを閉じてベットに置く。


「正直読みにくいし、言い回しも分かりづらい。けど…………」


 正直辛辣な感想である。まあ初めてちゃんと書いた小説だからしょうがない気もするけど。


「分かった。上手く描けるか分からないけど書いてみるね」


 妹は笑顔で了承してくれた。

 良かった受けてくれて。正直ダメかと思ったが…………


「ありがとう。完成したら教えてくれよな」


 そう言って俺は自分の鞄から鉛筆を取り出し、妹に渡す。


「うん。いつになるか分からないけど完成したら教えるね」


 妹は笑顔で鉛筆を受け取るのだった。



 


 妹が亡くなったのはそれから間もなくの事だった。

 




 


「…………………………」


 俺は過去の思い出から帰ってくる。

 あの後、家族と一緒に妹の遺品を整理していた時、俺が渡したノートを見つけた。

 俺はページをパラパラ捲ると最後のページにある女の子が描かれていた。

 それはまさに俺が想像したヒロインそのものだった。


 …………決まったみたいね。ならその姿を強くイメージして………………


 再び頭の中にあの声が響く。そして俺はそのヒロインの変身の呪文を思いっ切り唱える。


「花の精霊よ……私に力を貸して!フラワーメタモルフォーゼ!」


 その言葉と共に俺の意識は現実に引き戻された。





 目を開けると俺の姿は大きく変わっていた。

 手足に純白のロンググローブとブーツ。髪は銀髪の腰まで届くロングヘアー、身体を包むのはノースリーブのワンピース、背中にかけて垂れ下がる純白のマント、額に花を模した金のティアラ、左腰に一振りのサーベルを履いた美少女…………それが今の俺の姿だった。


「花の騎士!フラワーナイト・リリィ見参!」


 そう名乗った俺の声はまさしく女の子の声になっていた。


「て、ぇぇぇ!……お、女の子になってる!」


 俺は咄嗟の事に狼狽えてしまう。


「ち、千晶なの?その姿…………」


 優里香も急に変わった俺の姿に驚いている。すると化け物はこちら向かって突進して来た。

 ん?なんかコイツさっきと比べて凄く遅く感じる。


「ッ!……ハッ!」


 俺はさっきと同じ要領で横に飛んで避ける。

 何だろう凄く身体が軽い。今ならこの化け物を倒せるかもしれない。

 俺…………私は腰の剣を抜いて化け物と対峙する。


「人に仇なす化け物!このフラワーナイト・リリィが成敗します!」


 私はそう言ってそのまま化け物に接近する。化け物は私の接近に合わせて腕を振り下ろす。


「遅い!」


 私はその腕を素早く回避し、そのまま化け物を斬り伏せる。


「グギャァーーーーーーー!」


 化け物は悲鳴をあげてそのまま後ずさる。

 今がチャンス!


「これで決めます!」


 私は剣を構えて必殺技の構えを取る。これもイメージしていたのでするっと違和感なく出来る。


「光よ!集え!フラワーナイトスプラッシュ」


 私はそう言って剣をそのまま化け物に向ける。すると剣先から光が溢れそのまま化け物を包み込む。

 やがて、光が収まるとそこに化け物の姿は無くなっていた。


「ハァ……ハァ……勝ったの?」


 私は肩で息をしながら安堵の息を漏らす。すると私は光に包まれる。

 やがて光が収まると、俺は千晶の姿に戻っていた。

 俺はどうなってしまったんだろう?確かに力は手に入れたけど、まさか女になるとは思っても見なかったな。


「千晶!」


 俺が一人考えていると優里香が俺に抱きついてきた。


「白石……怪我はないか?」


「うん。私は大丈夫!それより千晶の方こそ怪我大丈夫?」


 そう言われて、俺はその時初めて自分が怪我していたことに気付く。

 しかし…………


「あれ?怪我が治ってる」


 俺の背中の怪我は完全に無くなっていた。唯一服に出来た裂け目だけが俺が怪我を負っていた事を物語っていた。


「一体何だったの?さっきの化け物と言い、千晶が女の子になったり意味が分からない」


 優里香は一人混乱していた。でも今はそれで良い。

 俺は優里香を…………大切な幼馴染を守る事が出来た。

 この先どうなるかは分からないが、俺はこのかけがえの無い日常を守っていきたいと思った。

 


 




「じゃあね千晶。お大事に」


 俺は帰るという優里香を、玄関まで見送っていた。

 あの日、初めて変身した日から半年以上が経過した。

 あの姿に慣れてくると段々と恥ずかしさが募ってきたり、何故俺が変身出来るのかと色々考えるが、今は取り敢えずあのブラックリリィとか言う化け物を生み出している元凶を倒す事に集中しよう。

 そう思い直し、俺は明日元気に学校に行くために部屋に戻るのだった。 


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