始まりの日•••フラワーナイト・リリィ誕生の日⑤
「ねえ千晶。今日千晶の家に行ってもいい?」
ある日、いつものように学校に登校すると、優里香が挨拶の後にそう切り出してきた。
「は?なんだよ藪から棒に」
俺は訝しむように優里香に問いかける。と言うのも、優里香は俺に話しかける事はあっても今回みたいに踏み込むような事はしなかった。
「えっとね…………私、まだ詩織ちゃんにちゃんと挨拶出来ていなかったからさ。お焼香上げたくって」
優里香は何処か申し訳なさそうに言う。俺に遠慮しているんだろうな…………らしくない。
「どうかな?ダメだったら別に……」
「いいよ」
俺の言葉に優里香は目を丸くする。おいおい自分で言っといて俺の言葉がそんな意外かよ!
「別に俺も用事もないし、今日家に母ちゃんもいるから会ってやれば、詩織だけじゃなく母ちゃんも喜ぶと思うぜ」
小学生の時、よく家に来ていた優里香を、母ちゃんは自分の娘のように可愛いがっていた。一応俺が優里香の態度を軟化させた際、優里香のことは話しているけど話を聞くのと直接会うのは違う気がする。
「うん!分かった。じゃあ放課後ね」
そう言って優里香は俺の側から離れ、クラスメイトの元に向かっていく。
「オッス天風!何白石と話してたんだ?」
すると、教室に入ってきた金山が俺に絡んで来た。コイツは毎朝毎朝俺に絡んでくるが他に友達はいないのか?
「いや。別に大した事じゃ……」
「おい金石!お前また天風に絡んでるのか?」
すると金山の唯一の友人?である男子生徒…………名前を中山と言う…………が話しかけてきた。
「絡んでるとか失敬な!俺は普通に天風と話しているだけだよ」
金山は中山に反論する。まあ普段の金山の行動を見れば絡んでいるように見えるのは当然か。
「はぁ……天風も嫌だったらはっきり言っていいからな。コイツ、ちゃんと言わないと分からない所あるから」
中山は溜息まじりに俺にそう言う。実際小中と金山と一緒でかなり苦労させられたと、前に話してたっけ。
「ああ、分かった。その時はそうする」
「おい!そこで天風も同意するな!」
俺は中山の言葉に同意する。横で金山がなんか言っているが、おそらく大した事じゃないだろう。
「ッたく!…………ただ単に白石が天風と何か話してたから気になって聞いてただけだろ!」
金山は必死になって弁明する。ちょっと可哀想になってきたので、俺は金山をフォローしてやる事にした。
「ああ、白石が今日、家に遊びにくるって言う話をしていただけだ」
「「……………………」」
俺の言葉に二人とも固まってしまった。
ん?俺なにか変な事言ったか?
「お、おい!天風それってお家デー………ごふ!」
金山が何か言おうとしたが、途中で言葉が詰まる。よく見ると中山が金山の脇腹に肘鉄を入れていた。
「そう言う野暮な事は言うな!ったく…………」
すると教室のドアが開き、担任の先生が入ってくる。
中山は金山を引っ張りながら自分の席につく。
「え―――ホームルームを始める前に………最近、この辺りで不審者の目撃情報が多発している。なるべく寄り道はせず真っ直ぐに家に帰るように」
担任の先生はそう言うと連絡事項などを伝える。
不審者か………そういえば最近この辺りで化け物の目撃情報も多発していたな…………
俺はそんな事を考えながら授業を受けるのだった。
そして放課後…………
「それじゃ千晶。行こっか」
本日最後の授業が終わると同時に、優里香は鞄を持って俺に声をかけてきた。
と言うか早くね…………さてはこいつ授業中にもう帰る準備をしてたんじゃ。
「ちょっと待て。今準備する」
俺は取り敢えず帰りの準備をする。
視線を感じ、ふと横を見るとニヤニヤしながらこちらを見つめる金山と、それを嗜める中山の姿が見えた。とりあえず見なかった事にして俺は鞄に荷物を入れる。
「よし、じゃあ行くか」
「うん!」
俺と優里香はそのまま連れ添って教室を出て、学校を後にする。道路にはまばらだが下校中の他の生徒が歩いていた。
「千晶の家に行くの久しぶりだな〜。おばさん元気かな?」
「相変わらずだよ。白石が行く事は言ってないから多分驚くと思うぞ」
俺は優里香の言葉に相槌を打つ。すると優里香は黙ってこちらを見つめる。
「ん?どうした?」
「千晶さ……私の事まだ苗字呼びだよね。昔みたいに名前で呼んでくれればいいのに」
おいおい何を言い出すのかと思えば……そんな事、思春期の男子に求めるなよ。
確かに小さい頃は名前で呼んでいたけど、もう俺達は高校生だ。高校生には高校生なりの付き合い方があると思うし何より恥ずかしい。
「別にいいだろ。特に困る事もないんだしさ」
「でもさ…………」
「ほら、あんまりのんびりしていると日が暮れるぞ」
俺はゴネる優里香を他所に家路を急ぐのだった。
「ただいま〜」
「お邪魔します」
玄関を開けてただいまの挨拶をすると、奥から母ちゃんが顔を覗かせる。
「おかえり千晶。あら…………もしかして優里香ちゃん!?大きくなったわね〜小学生以来じゃない?」
母ちゃんは俺の隣にいる優里香を見るや否や、優里香だと気づき驚きの声を上げる。
「お久しぶりです叔母様。それと、詩織ちゃんの事お悔やみ申し上げます」
優里香は母ちゃんに挨拶をする。母ちゃんは一瞬悲しそうな顔をしたがすぐに笑顔になる。
「…………ありがとう優里香ちゃん。きっと詩織も喜ぶわ」
「母ちゃん。優里香が詩織にご焼香をあげたいって言うんだけど、いいよな?」
このままだと玄関先でいつまでも話し込んでしまいそうなので、俺は話を進める。すると母ちゃんはハッとして手を叩く。
「ええ勿論よ。ねぇ優里香ちゃん。もし急ぎじゃないならちょっとお話ししていかない?中学時代の優里香ちゃんがどんなだったか聞きたいんだけど?」
母ちゃんの提案に優里香は少し考える素振りをする。俺も気になる所だが、学校で言っていた不審者の事もあるし無理強いは出来ないな。
「………あまり遅くなると、両親が心配するので長くは居られないですけど」
優里香は申し訳なさそうに答える。
「ええ構わないわ。ごめんなさいね、久しぶりに優里香ちゃんに会って嬉しくなっちゃって」
それじゃ案内するわね。と母ちゃんは優里香を伴って奥の部屋に向かって行く。俺は自分の荷物を置くために自分の部屋に向かうのだった。
優里香はその後、詩織の仏壇の前で焼香を上げ、一時間ほど俺の家で過ごした。
母ちゃんは優里香が引っ越してしまった中学の頃について聞いていた。俺も一緒に聞いていたが、どうやらかなり勉強に力を入れていたらしく授業についていくのが大変だったと言っていた。
「じゃあ私はこれで」
「待って優里香ちゃん」
そして帰宅しようとする優里香を母ちゃんは呼び止める。そして一旦奥に引っ込んだかと思うと、手にタッパーを持ってやって来た。
「これ……優里香ちゃんが好きだ佃煮。良かったらご両親と一緒に食べてね」
母ちゃんはそう言って優里香にタッパーを渡す。優里香は一瞬困った顔をしたが、すぐに笑顔になりタッパーを受け取る。
「ありがとうございます。今夜早速頂きますね」
どうしたんだろう?一瞬だけ困ったような顔をしていたような…………
「ほら千晶。優里香ちゃんを家まで送ってやんな」
俺が一人考えていると母ちゃんが俺にそう言ってきた。
「良いですよ!そんなに遠くないし一人で帰れますよ」
「遠慮しなさんな。最近ニュースでこの辺りに不審者が出るって言うし、女の子一人で帰らせる訳にはいかないよ」
「でも……」
優里香は申し訳なさそうな顔で俺の方を見る。
まあ実際……優里香を一人で帰すつもりはなかったし聞きたい事もある。
「送って行くよ。じゃあ母ちゃん、行ってくるわ」
「お邪魔しました」
俺は優里香を伴って家を出る。それからしばらく歩いてから、俺はさっき気になった事を聞いてみる事にした。
「なあ白石。さっき母ちゃんから佃煮を貰った時、一瞬困った顔してたっぽいけど何かあったのか?」
俺の言葉に優里香はバツの悪そうな顔をする。
「…………あまり良い話じゃないけど………聞く?」
そう言うふうに言われると気になるんだが………
「白石が話せるなら」
俺がそう答えると、優里香は一呼吸置いてから話し始める。
「私の両親ね、私が中学に上がる前に離婚してるんだ」
話し始めたが思ったよりも重い内容で、俺は言葉に詰まる。
「私はその時、お母さんに引き取られて、その後お母さんが再婚して新しいお父さんと暮らしているの」
そうだったのか………………
「悪いな。変な事聞いちゃって」
「ううん。ねぇ千晶、前に自分に気持ちに嘘をつかないでって言った事覚えてる?」
覚えてる。あの時は優里香とまたこんなふうに一緒に帰る事になるなんて思いもしなかった。
「ああ」
「あの時ね。新しいお父さんっていうのに慣れなくて…………でもお母さんの手前仲良くしなきゃって思って、自分の気持ちを押し殺していた時期があったんだ」
意外だなと思った。俺が知っている優里香はそう言うのを我慢するような奴じゃないと思っていたからだ。
「でもね。ある日ぷっつり来ちゃってお母さんと大喧嘩しちゃって家を飛び出したんだ。でもしばらくすると急に寂しくなっちゃって一人で泣いていたんだ」
俺と同じだと思った。俺もあの日一人で大泣きしていたから…………
「その後お父さん…………えっと再婚した新しいお父さんが私の事必死に探しに来てくれて、その時にお父さんに言われたんだ…………自分の気持ちに嘘をつかないでって。それからお父さんとも上手くいって今は仲良く暮らしているんだ」
そう言う優里香の顔は凄く晴れやかだった。多分、俺と同じように優里香はそのお父さんに救われたのだろう。
「良かったな白石」
「うん」
俺は心からの言葉を優里香に送る。俺は久しぶりに小さい頃に戻ったような気持ちになるのだった。