バレンタイン特別編④
一方、リリィと別れたブラックリリィは一人、上空から夜明け前の街を見つめていた。
「さてと、リリィちゃんも敵の本拠地に着いたみたいだし、私もそろそろ始めますか」
ブラックリリィは、眼下の街ではなく、リリィが見ているものを彼女の眼を通して見ていたのだ。
彼女は先程リリィを抱きしめた際に、自らの力を少し渡していたのだ。当然、その事をリリィは知る由もない。
「流石にこれをリリィちゃんに見せる訳には行かないからね」
ブラックリリィは、懐から小さな小瓶を取り出した。その小瓶は蓋がなされてて、中にはひまわりの種のような物が入っていた。
ブラックリリィは蓋を開けて、中身をそのまま眼下の街にぶちまける。すると、地面に落ちたそれらは形を変え、ブラックリリィが普段から従えている魔物に変化した。
「お前達。街にある人型のような物を片っ端から破壊せよ。ただし、人間には一切危害は加えるな!」
ブラックリリィが上空から命令すると、魔物は一斉に行動を開始した。
「うんうん!やっぱりこういう作業は人海戦術に限るわね♪」
ブラックリリィ人型の撃ち漏らしが無いか確認する為、行動を開始するのだった。
「ま、大体こんなものかな?」
ブラックリリィは建物の屋上から、魔物の視点を借りて街の様子を伺っていた。
街にいた人型は、魔物とブラックリリィの手によって完全に駆逐されたのだった。
(新たに人型も出てこないみたいだし、このままリリィのところに向かおうかしら)
ブラックリリィは踵を返して、リリィの向かった建物の方に向かおうとする。
「おや?こんな所にもう一人私の邪魔をする小娘がいるとは」
すると、どこからか声が聞こえて来てブラックリリィの目の前にイロが現れる。
「レディに向かって小娘とは、礼儀がなって無いんじゃ無いの?」
ブラックリリィは突然現れたイロに動揺する事なく皮肉を返す。
「…………どうやら私の気配に気づいていたようですね。改めて初めまして、私の名は………」
「あぁそう言うのいいから。だって…………貴方もう死ぬんだから」
言い終わると同時に、ブラックリリィは風の刃を形成し、イロに向けて放つ。
イロは自分に向かってくる風の刃に対し茶色い壁を展開し、風の刃を防ぐ。
「やれやれ。せっかちな方だ。まだ挨拶も済んで無いと言うのに」
イロは茶色い壁を引っ込め、肩をすくめる。
「貴方の事はリリィちゃんを通じて知っているし、私………そこまで暇じゃ無いの」
ブラックリリィは自身の技を防がれた事など気にせず、自らの周囲に風を展開し、臨戦対戦をとる。
「そうですか…………ですが今は私にお付き合い願いましょうお嬢さん」
そう言ってイロも拳を構え、ブラックリリィと同じく臨戦体制を取るのだった。
こうしてブラックリリィもまたイロとの戦闘を開始するのだった。
「ハァ――――――!」
掛け声と共にリリィはバレンに向けて剣を振り下ろす。
「………フン!」
バレンはリリィの剣を自身の剣で軽々と受け止める。そしてリリィの剣を弾き返し、そのままリリィに向けて剣を振り下ろす。
「…………ッ!」
リリィはバックステップをして斬撃を回避する。
しかし…………
「ッ!…………うわぁ!」
バレンの振り下ろした剣から発せられる風圧に、思わずバランスを崩してしまう。
「ハハハッ!どうした?お主の実力はそんなものか?」
バレンはそんなリリィに追撃を仕掛けず、笑いながら剣を肩に担ぐ。そして先程までリリィ立っていたであろう床には大きな亀裂が出来ていた。
「ッ!…………まだ!」
リリィは体制を立て直すと、バレンを撹乱する為に部屋の中を走り始める。
「ほう、今度は鬼ごっこか。面白い!」
そう言うとバレンは玉座の近くから離れ、部屋の中央付近に移動する。
「儂は王であるからな。逃げも隠れもせんぞ!さぁ、どこからでもかかって来い!」
部屋の中央に立つとバレンは挑発するようにリリィに言い放つ。そしてリリィは、走りながら自らの身体の違和感に気付く。
(何だろう?身体が軽い。さっきまでの戦っていた疲れが全然無い)
実際、ブラックリリィがリリィを抱きしめた際に、自らの力を少し渡していたのだが、その時の効果の中にもう一つ、リリィの身体の疲労を回復させる効果があったのだ。
(どう言う原理か分かりませんが………これなら!)
「…………ハッ!」
バレンの言葉に呼応するように、リリィはバレンの背後から斬りかかる。
「ふっ!」
しかし、バレンは攻撃が見えているかのように剣で受け止める。するとリリィは素早く距離を取り、再び部屋の中を走り回る。
(くっ!素早く接近しても、気配で気付かれてしまう!)
リリィは走りながら考えを巡らせる。
(ここは距離をとってフラワーナイトスプラッシュを…………ダメだ!撃つ前に斬られる可能性がある)
リリィの必殺技、フラワーナイトスプラッシュは自身の力を剣に集めて発射する技なのだが、剣に力を集中させる必要がある為、どうしても立ち止まってしまう。そして、その隙をバレンが見逃すとはリリィも流石に考えてはいなかった。
(何か突破口を見つけないと………あれは?)
リリィは走りながら広間の端の魔法陣の中心に建っている石像に視線を向ける。石像はよく見ると、バレンを模して作られたようである。そして、バレンも一瞬だが石像に眼を向けている。
(あの石像、バレンと何か関係があるんじゃ…………)
リリィは考えをまとめると、もう一度バレンに接近するふりをして方向転換。一気に石像に近づく。
「ん?…………ちぃ!」
リリィの狙いが石像だと分かると、バレンは舌打ちをしながらリリィを追いかける。リリィの前に立ち、剣を振り下ろす。
リリィは冷静に剣の軌道を読み、前に転がりながらバレンの脇腹に一太刀浴びせる。しかし、鎧に阻まれバレンにダメージを負わすことができない。
「浅い………………でも!」
リリィはそのままバレンを抜いて石像に向かう。
「ッ!……やらせん!」
バレンは素早く呪文を唱える。すると、魔法陣から茶色い人型が何体か現れ、リリィの行く手を阻む。
「くっ!」
リリィは人型を一刀の元に斬り伏せるが、その間にバレンに追いつかれてしまう。
「調子に乗るなよ小娘!」
裂帛と共にバレンの剣が振り下ろされる。リリィは距離を取ろうとするが、先程斬り伏せた人型の液体が彼女の足に纏わりつき、思うように身体が動かない。リリィは咄嗟に剣で受け止めようとする。
「っ…………う、きゃあ!」
何とか剣で受け止めるものの、バレンの力は凄まじく、リリィはそのまま吹き飛ばされ反対の壁に激突、土煙が辺りに散らばりリリィの姿が見えなくなる。
「ハァ……ハァ。………もう終わりか?存外呆気無いものよのう」
息を整えたバレンはリリィの生死を確認しようと、ゆっくりとリリィに近づいていく。するとリリィのいるであろう場所から何やら声が聞こえてきた。
「光よ!集え!フラワーナイトスプラッシュ!」
すると、土煙を突き破って光の奔流がバレンに向かって接近する。バレンは咄嗟に避けようとするも後ろに石像があることに気付き、回避を諦め、剣で切り払おうと上段から剣を振り下ろす。
「うっ!オォ――――――――――――――!」
しかしバレンが思ったよりもフラワーナイトスプラッシュの威力が強く、バレンは剣の刃で受け止める様な状態になってしまう。
「ハァ――――――――――――――――――!」
(よし!このまま押し切る!)
リリィは今の状態をチャンスと捉え技の威力を一気に上げる。すると光が威力を増して、バレンの剣を押し戻し始める。
「な、何!グワァ――――――――――!」
そのままバレンは光に呑まれてしまいそのまま背後の壁に直撃する。
「ハァ…………ハァ…………や、やった!?」
リリィは手ごたえを感じ、声を上げる。すると視界が晴れ、そこには…………
「うっ!ぐっ…………」
地面に膝をついたバレンの姿があった。バレンは全身至る所に傷が有り、とてもこれ以上戦える状態ではなかった。
「…………貴方の負けです。さあ大人しく…………」
「くくくっ…………あっハハハハハハッ!」
リリィが声をかけようとすると、突然バレンが右腕を抑えながら笑い出し、立ち上がる。
「ッ!何がおかしいのです!?」
「くく、いや何。お主が儂の思った以上にやるのが嬉しくての」
すると、リリィの目の前で信じられないことが起きる。何と身体の傷が最初から無かったかのように消えてしまったのだ。
「う。嘘?そんな事って………」
「何を驚いておる?儂は神にして王である。このくらいの事どうて事ない」
リリィが驚いている間に、バレンは手を握ったり開いたりして感触を確かめている。
「さて、儂は少々お主を見くびっていたようだ」
そして、自らの鎧の留め具に手をかけ、鎧を外し始める。
「どう言う事ですか?」
リリィの疑問に答えずに、バレンは外した鎧を床に放り投げる。
――――ガシャン――――――
すると、鎧は床に思いっきりめり込んでしまった。バレンはそのまま身体に残った全ての鎧を外していく。
それらは余す事なく全て床にめり込んでしまった。そして鎧を脱いだバレンの身体は筋骨隆々で均整の取れた肉付きをしていた。
「ま、まさか………そんな」
(今まであんな鎧を着て戦っていたっていうの?)
「ふぅ〜。さてここからは本気でいくぞ」
バレンは軽く首や肩を回しながら言う。すると突然バレンの姿が視界から消えてしまった。
「ッ!嘘!?何処に!」
リリィが辺りを見渡すと突如目の前にバレンが現れ、リリィの腹に拳を叩き込む。
「うっ…………グホォ」
リリィは腹を抑えて蹲ってしまう。バレンはリリィの首に手をかけ、そのまま持ち上げてしまう。
「う……ぐっ……く、苦しい!……は、離して!」
リリィは何とか逃れようと、バレンに蹴りを入れる。しかしバレンは全然微動だにしない。そして、そのままリリィを放り投げてしまう。
「キャアアアアア!」
地面を二、三回バウンドし、リリィは壁に叩きつけられてようやく止まる。
「ッあっ!…………くぅ」
何とか立ち上がろうとするも全身に力が入らず、なかなか立ち上がれない。
「…………勝負あったな。お前の負けだ」
そういってバレンは、リリィにゆっくりと近づいていくのだった。
――――――――――――――――――
「全く…………手間をかけさせないでほしいものね」
ブラックリリィはそう言って地面に倒れるイロを見つめる。
「が………は…………ま、まさか、ここまでやるとは」
イロは息も絶え絶えに呟く。そして彼女らの近くの建物は所々にヒビや穴が空き、かなりの激戦があったと予想される。
「だから言ったでしょ。私、そこまで暇じゃないって。貴方ぐらいの雑魚を相手にしている暇はないの。それじゃ」
ブラックリリィは自身に風を纏わせると空に浮かび、リリィがいるであろう方向に真っ直ぐ飛んでいく。
(………さっきからリリィちゃんの視界を確認しようとしているけど、上手くいかない………リリィちゃんに何かあったのかしら!?)
ブラックリリィは焦る気持ちを抑えながら、飛ぶスピードを速める。すると、前方に城のような建物が見えてきた。その城は何やら上から茶色い液体が滴り落ちていた。
「あれね!………入口は一体?………!」
飛びながら城の入口を探すブラックリリィ。すると、城の壁に穴が空いている箇所を見つける。
「ちょっと………行儀悪いけど!」
ブラックリリィは茶色い液体を被る事を厭わずに、穴に向かって突撃する。
「リリィちゃん!」
ブラックリリィは、建物に入るとリリィの名前を呼びながらリリィを探す。しかし何処にもリリィの姿が見当たらない。すると、部屋の入り口から茶色い人型がワラワラと部屋に入ってきた。
「ッ!………邪魔!」
ブラックリリィは向かって来る人型達に向けて風の刃を飛ばす。人型達は刃を喰らいそのまま倒れていった。そして襲いかかる人型がいなくなると、どこからか声が聞こえてきた。
「………やれやれ騒がしいと思ったら、ネズミが侵入しておったのか」
別の入り口からバレンがやってきた。バレンは相変わらず鎧を脱いだまま、ブラックリリィを見つめる。
「………貴方が今回の騒動の首謀者ね」
「首謀者とは心外な……儂はバレン。神であり王であるぞ」
ブラックリリィの言葉にバレンは大仰に答える。
「別に貴方が何者かなんてどうでも良いわ。それより、リリィちゃんを何処へやったの?」
ブラックリリィはそんなバレンの言葉を受け流し、逆に質問する。
「リリィ………あぁ我が妃の事か、それなら……」
バレンはブラックリリィを指差す。
「直ぐそこにいるぞ」
――――ビュン!――――
バレンが言い終わると同時に、何かが風を切る音が聞こえ、ブラックリリィは咄嗟に横にジャンプする。
そして自分がいた方を向いて驚愕の声を上げる。
「………リリィちゃん?」
そこには彼女の探していたフラワーナイト・リリィがいた。しかし、今のリリィはブラックリリィの知っている彼女とは大きくかけ離れていた。
大きく肩の開いた真っ赤なロングワンピースに同じく真っ赤なヒール。手を覆う黒いサテングローブという普段のリリィとはかけ離れた衣装を身に着けたリリィは持っている剣をブラックリリィに向けて振り下ろしていたのだ。
「リリィちゃん……いくら何でもいきなり斬りかかるのはどうかと思うな」
ブラックリリィが冗談めかして言っていると、リリィはゼンマイの切れかかったおもちゃのようにカクカクと、剣を構え直す。
「……………リリィ…………げて……下さい」
そしてリリィはボソボソと何かを呟く。
「リリィちゃん?」
「ブラックリリィ。お願いです!逃げて下さい!」
言い終わるや否やリリィは悲痛な表情を浮かべながら、再びブラックリリィに斬りかかる。ブラックリリィは襲いかかる刃を避けながら一人考え込む。
(リリィちゃんが理由もなく斬りかって来るとは思えない。それにあの格好……もしかして!)
「ハーーーハッハッハッ。どうした?攻撃せんのか?」
すると今まで黙って見ていたバレンが笑いながら声を上げる。
「………貴方の仕業ね。リリィちゃんに何をしたの!?」
ブラックリリィは怒気の孕んだ声で、バレンに問いかける。
「何?ちょっと我が妃の身体を儂の意のままに操っているだけじゃよ。しかし……未だに意識を保っておるとは、さすが我が妃じゃな」
バレンの言葉にブラックリリィは合点がいったのか、再びリリィの方を見つめる。
(なるほどね。それで……あんな辛そうな顔を)
リリィは、先程からブラックリリィに謝罪の言葉や、自分の事を見捨ててバレンを倒せと言いながら剣を振るう。
「ごめんねリリィちゃん。ちょっとだけ我慢してね」
すると今まで回避一辺倒だったブラックリリィは一気にリリィの背後に回り、彼女の首筋に手刀を繰り出す。
「…………!」
手刀を喰らったリリィは意識を失い、そのまま前のめりに倒れる。しかし地面に当たる前にブラックリリィが抱き止め、優しく地面に倒れ込むのだった。
「ほう。ただのネズミではないようだな。我が妃を無傷で無力化するとは」
バレンはブラックリリィの行動に感嘆の言葉を漏らす。
「…………貴方は二つ、私の逆鱗に触れたわ」
リリィを優しく地面に下ろした後、ブラックリリィはゆっくり立ち上がりながらバレンに言う。
「一つ。私をネズミ呼ばわりした事。でもこれは百歩譲って許してあげるわ。でもねもう一つ……リリィちゃんを妃呼ばわりした事だけは絶対に許せないわ!」
彼女は立ち上がると、真っ直ぐにバレンを見つめる。
「許せない、か………儂が何故お主に許しを乞う必要がある?」
バレンはそのまま闘気を漲らせ、拳を構える。
「来い!身の程を分からせてやる!」
そして、そんな戦闘体勢のバレンに対して、ブラックリリィは妖艶に微笑む。
「身の程を分からせる、ね…………その言葉そのまま返すわ」
ブラックリリィは自らの内なる力を解放する。すると彼女の周りに、今までとは比べものにならない風が吹き荒れる。
「ここからは私も、本気でいかせてもらうわ」




