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バレンタイン特別編③

 明朝五時前、夜の帳が薄くなり辺りが白くなり始めた頃。フラワーナイト・リリィは駆け足で、街を駆け抜けていた。

 そして、ある建物の前まで来ると、彼女は足を止めて建物を見上げる。


(遠くで見た時はそこまで分かりませんでしたが、近くで見るとこれは…………)


 その建物は、明らかに他の建物と一線を画していた。

 元々はビルだったであろう高い建物の屋上から、茶色い液体が地面に向かって滴り落ちていて、外壁も従来の四角ばった形から中世の城の様な形をしていた。そして何より上から滴り落ちてくる茶色い液体。

 リリィはその甘い匂いに心当たりがあった。それは、彼女がここに来る前に何回か遭遇した茶色い人型の魔物と同じ匂いだった。その人型は、近くに人間がいると急に襲いかかってくるのである。リリィはその人型を退治した際に嗅いだ匂いと、この建物の屋上から滴り落ちてくる茶色い液体の匂いが同じものだと感じたのだ。


(流れてくるこの液体はもしかしたらチョコレート。………なら、あの人型達もここから………)


「………行ってみるしかありませんね」


 意を決して建物の中に入ろうとするリリィ。すると建物の中から一人の男が出て来た。

 男は燕尾服にモノクル眼鏡といった執事の様な格好をしていた。しかし男が発する異様な雰囲気に、リリィは男が普通の人間では無いと感じた。


「フラワーナイト・リリィ様でございますね」


 男はリリィの姿を確認すると、リリィの前で恭しく一礼する。


「…………貴方は一体?それに、あの人型と貴方は何か関係があるのですか?!」


 リリィは男に質問しながら剣に手を添える。


「私の名はイロ。あの人型は私の使い魔です」


「ッ!」


 リリィはイロの言葉に手を添えていた剣を抜き、イロに斬りかかろうとする。


「おっと、止めたほうがいいですよ。私が念じれば、使い魔に見境なく人間を襲うように命じる事もできます」


 しかしそんなリリィの行動は、イロの一言によって中断されてしまった。リリィはイロを睨みつけながら剣を収める。


「…………随分と卑怯な手を使うんですね」


「ふふ、お褒めに預かり光栄です。さてリリィ様。城内で我が主人バレン様がお待ちです。ついて来てください」


 リリィの皮肉を無視し、バレンは踵を返して来た道を戻っていく。


「……………………」


(今は、従うほかありませんね)


 リリィは大人しくバレンの後をついていく。城内に入ると人型が左右の壁にずらりと並んでいた。すると、前を歩くイロから声がかかる。


「ここからしばらく歩きます。もし疲れたのなら………」


「いいえ。お気遣い結構です」


 休憩を入れますよ、というイロの気遣いをリリィはあっさり一蹴する。そして黙々とイロの後をついていく。


(…………ブラックリリィは上手くやってくれるでしょうか?)


 黙々と歩きながら、リリィはここに来る前にしたブラックリリィとの会話を思い出すのだった。




 ――――――――――――――――――――




 



「…………一体何を企んでいるのですか?」


 ブラックリリィの唐突な提案に、リリィは剣を抜いてブラックリリィに向けて突き立てる。一方のブラックリリィは表情を変えずに淡々と答える。


「別に何も企んでいないわよ。それに今回の件は、私も被害者なのよ」


「被害者?」


 ブラックリリィの意外な言葉にリリィは思わず聞き返す。


「だって外に出たらいきなり変な人型に襲われるし………もちろん速攻で撃破したけど、お陰でリリィちゃんをいじめようようとした計画が全てパーよ!」


 と、仰々しいリアクションをしながら答えるブラックリリィ。


「………今回はある意味。この騒動を起こした者に感謝すべきですね」


 リリィは呆れながらそう答える。


「ウフフ、な〜んて冗談よリリィちゃん」


 そう言うとブラックリリィは真剣な表情で、リリィを見つめる。


「今日はバレンタイン。全員ではないけど、女の子にとっては一世一代のイベント。勿論女の子だけじゃなく、男の子にとってもドキドキの楽しい一日。そんな日に、あんな悪趣味な魔物を街に放たれて、私も怒ってるのよ」


 すると、ブラックリリィは優しく微笑む。


「リリィちゃん。貴女も女の子だから分かるでしょ。だから…………協力してほしいの。それでも私を信用出来ない?」


 ブラックリリィの言葉に、リリィは思い返す。

 千晶の時に見た教室のクラスメイトの様子。

 クラスメイトと優里香が協力してサプライズを計画している事。

 そして………さっき会ったあの男の人の事を。


「………分かりました。今回だけは貴女の事を信じます」


 こうして、リリィはブラックリリィの協力を受けるのだった。





 ――――――――――――――――――――――――


 リリィの協力を得た後、ブラックリリィは眼下の街を見つめる。その先にはリリィも見ていたあの人型がいた。しばらく魔物を見つめた後、ブラックリリィはリリィの方を向く。


「リリィちゃんはあの人型の特性をどこまで理解している?」


 ブラックリリィはリリィにそう質問する。リリィは今まで自分が知り得た情報を伝える。


「ウフフ流石ね。なら聡明なリリィちゃんなら…………なるほどそれで悩んでいたのね」


 ブラックリリィはリリィの説明を聞いて一人納得の声を上げる。


「リリィちゃん。街にいる人型は私が片付けるわ。だから、リリィちゃんは先に敵の本拠地に向かって」


 ブラックリリィはリリィにそう提案する。しかしリリィは心配の声を上げる。


「そんな!ここは二人で片付けた方が………」


「あらリリィちゃん。心配してくれるの?嬉しいけど私は大丈夫よ。それに、街の奴らを片付けてそれで終わりとは限らないじゃない」


 ブラックリリィの言葉にリリィは押し黙る。


「…………確かにそうですね」


「それに私は空を飛べる。だから申し訳ないけど、一人の方が効率良いのよね」


「………分かりました。では街の方はお願いします」


 ブラックリリィの言葉にリリィは納得して早速行動に移る。


「あっ!リリィちゃん」


 そんなリリィをブラックリリィは呼び止める。


「…………どうしました?」


 リリィは立ち止まり振り返る。するとブラックリリィによって優しく抱きしめられる。


「街の人型が片付いたらすぐ向かうから、くれぐれも無茶しないでね」


 ブラックリリィは優しい表情で言いながらリリィから離れる。リリィは照れくさそうに前を向く。


「………貴女に心配されるのも、変な気がしますが………ありがとうございます」


 そう言ってリリィはその場を後にするのだった。






「……………リリィ様。もうすぐ着きますよ」


 イロの言葉にリリィは意識を現実に引き戻す。すると同じような通路が一気に開け、広い空間に出た。ここが城だとするとそこは玉座の間のような場所だった。ただ、本来なら豪華な照明等があるはずの天井はなく、少し白くなった空が見える。そしてリリィから見て玉座から少し離れた左の方に何やら魔法陣があり、その中心には石像が鎮座していた。

 そして部屋の最も奥、おそらく玉座であろう場所に一人の男が座っていた。頭に王冠を載せ、ー口元に髭を生やし、両手足、身体に茶色い鎧を着て背中に同じく茶色いマントを羽織たまま、男は退屈そうに眼を閉じていた。


「バレン様。リリィ様をお連れしました」


 イロは部屋の入り口からバレンに声をかける。するとバレンは閉じていた眼を開く。


「そうか。イロよ、大義であった。下がってよいぞ」


 そう言うとイロは音も立てずにスッと玉座の間を去る。後にはリリィとバレンの二人だけが残った。


「どうした?儂に用があるのではないのか?もっと近くに来たらどうだ?」


 その場を動こうとしないリリィにバレンは声をかける。リリィは警戒しながらも少しずつバレンに近づいていく。そして彼我の距離が残り数メートルの地点でリリィは止まる。


「…………貴方がバレンですか?」


「うむ。儂こそがバレン。神にして王であるぞ。そしてようこそ!フラワーナイト・リリィ。儂はお主を歓迎するぞ」


 リリィの質問にバレンは仰々しく答える。リリィはその言葉に疑問を覚える。


「歓迎って………どう言う事ですか?それより、何故あのような魔物を街に放ったのですか?!」


 リリィの立て続けの質問にバレンは肩を竦める。


「やれやれ、質問が多いな…………まあ良い。まず、あれは儂の意思ではない。イロが勝手にやっているだけの事。儂の知ったことではない」


 バレンはまるで他人事のように言う。


「では今すぐに辞めさせて下さい!このままでは罪の無い人々が…………」


「そんな物儂にとってはどうでも良い事だ。それよりもリリィよ、お主、儂の妃にならんか?」


 バレンは傲慢な態度でリリィの言葉を否定する。そしてバレンの言葉にリリィは困惑の表情を浮かべる。


「なっ………どう言う事ですか?私が………貴方の妃?」


「そうよ!儂はお主の活躍を見て、お主を気に入った。どうじゃ、儂の妃になればお主の言う事も聞いてやらん事もないぞ」


 バレンの言葉に、リリィは怒りの表情でバレンを睨みつける。


「お断りします!貴方のような身勝手な人の妃になんてなりません!」


 リリィは腰の剣を引き抜き、バレンに剣先を突きつける。


「フッ!ますます気に入った!ならば力づくでお主を儂の者にしてくれるわ!」


 バレンは玉座から立ち上がると、玉座の近くにあった剣を取る。


「…………ハァ!」


 リリィは掛け声と共に、一気にバレンとの距離をつめていく。バレンはそんなリリィを満面の笑みで見つめている。

 こうして、リリィとバレンの戦いの火蓋が切って落とされたのだった。




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