迫る脅威!フラワーナイト・リリィ危機一髪 後編
◯✕公園。
そこは、隣の県にある自然公園である。県民だけでなく隣の県からも、休日には親子連れが来る人気の公園なのである。公園内は芝生広場と森林を楽しめるエリアに分かれている。
「…………ここね。あのカラス一体何処に?」
そんな公園も今は夜遅く、辺りに人気は全く無い。そんな公園に、騎士風の格好をした女の子が一人やってきた。
彼女の名はフラワーナイト・リリィ。
先程、隣の街に現れた魔物を撃退した彼女は、その後現れた魔物を使役しているというカラスに、この公園に来るよう言われたのだ。彼女は公園に着くと辺りを見回す。
(魔物の姿は見当たらない……出来れば早く帰りたいんだけど……)
彼女の正体は高校生……しかも男である。明日も学校がある彼にとって深夜まで事が及ぶのは避けたいのである。
「ふっ!来たか!」
そんな彼の願いが通じたのか、近くの木の枝に件のカラスが降りてきた。
「約束通り来ましたよ!さぁ、私を倒すと言う魔物は一体何処ですか?」
現れたカラスに対し、リリィは激しく言葉を投げつける。
「ふふっ、そう焦るな……今から案内してやる。ついて来い」
そう言ってカラスは飛び立ち、森林エリアに向かって飛んでいく。
「あっ!ちょっと!……待ちなさい!」
リリィも慌てて飛び立ったカラスの後を追って走り出すのだった。
「……見失いました。あのカラスは一体何処に?」
辺りに木が生い茂る森林エリアを、リリィは一人彷徨っていた。先程まで、視線の先を飛ぶカラスを追いかけていたのだが、カラスは途中から森林エリアの舗装された道を外れ、獣道の方へと進路を変更したのだ。急な進路変更と慣れない獣道のせいで、リリィはすっかりカラスを見失ってしまったのだ。
(彼奴が進路を変えた時に、木の上伝いに追えば良かったのですが……今更後悔しても後の祭りですね)
リリィは一人心の中で愚痴りながら、獣道を進んでいく。
カサカサ…………
すると、彼女の背後の草むらから、微かに音が聞こえてきた。
「……ッ!何!?」
リリィは草むらの方に振り向きながら、腰の剣に手をかける。
「…………………………」
音がした草むらの方をじっと見つめるリリィ。
すると、彼女の背後に蔓のような物が迫っていた。
「……ッ!はっ!」
気配を感じ、振り向きざまに剣を振り抜くリリィ。彼女の剣は自身に迫っていた蔓のような物を見事に両断した。
シュルシュルシュル
すると両断された蔓のような物はそのまま引っ込んでいく。
「ッ!待ちなさい!」
リリィは慌てて蔓のような物の後を追う。しばらく追いかけていると、開けた場所に件の元凶たる存在が待ち構えていた。
そいつは童話に出てくるような木の化け物だった。太い幹の部分に目、鼻、口が存在し、枝を広げ、ウネウネとさせている。根っこは凧の足のようになっていて、リリィの近くまで伸びている。
「……まさか……此奴が……」
「その通りだ。フラワーナイト・リリィよ!」
リリィの考えを肯定しながら件のカラスは近くの木の枝に降り立つ。
「こやつがお前を倒す為にあの御方が生み出した魔物。ウッドデーモンだ。リリィよ。ここが貴様の墓場となるのだ」
カラスは自分の功績のように高々と言い放つ。
「……ッ!」
(確かに今までの魔物とは違う……なら!)
リリィは、先手必勝とばかりに必殺技を撃つ構えをとる。
「喰らいなさい!フラワーナイトスプラッシュ!」
リリィの必殺技が放たれ、ウッドデーモンに迫る。
すると、ウッドデーモンは自らの枝を、幾重にも自身の前に張り巡らす。
ズド――――――――――――ン
リリィの必殺技がウッドデーモンの枝に直撃する。
しかし………………
「なっ!……そんな……」
ウッドデーモンは幾つかの枝が消失したものの、本体は全くの無傷である。
しかも、消失した枝は瞬く間に再生してしまったのだ。
「ふふふっ!どうだフラワーナイト・リリィよ。ウッドデーモンは脅威の再生能力を持っている。貴様の技ごときでは倒せんぞ!」
カラスはまるで鬼の首を取ったかのように揚々とリリィに言い放つ。
「……ッ!なら!」
リリィはカラスの言葉を聞きつつ、ウッドデーモンに向かってダッシュする。
(……彼奴の言った通りの再生能力を持っているなら、わざわざ枝を張り巡らして防御はしません!なら……本体を立て続けに攻撃すれば……)
リリィはウッドデーモンの動きから、そう予測を立てる。
実際、リリィの予測通りウッドデーモンの再生能力は枝や根だけであり、本体である幹には枝等程の再生能力は無い。
ウッドデーモンの方も迫りくるリリィに向けて、幾重にも枝を伸ばす。
「はっ!……ふっ……やぁ!」
リリィは迫りくる枝を手に持つ剣で斬り裂いていく。
しかし……
(くっ!……数が多くて、キリが無い!……それに……何だか身体が……重い)
リリィは迫りくる枝の多さに苦戦しながらも、自身の身体に違和感がある事に気付く。
彼女はこれまで、長期に渡り変身して戦ってきた経験が無い。更に今回、隣の県にあるこの公園まで変身したまま、リリィの人間離れした身体能力を使ってやってきている。彼女自身が思っている以上に力を使ってしまっているのである。
「ふふふっ!どうしたリリィよ?最初の頃に比べて動きに精彩さが無いな」
それを知ってか知らずか、カラスは面白げにリリィを見つめる。
「うっ、うるさい!貴方には関係ないでしょ!」
リリィは剣を振るいながら、カラスに反論する。しかし、集中力を欠いた状態でそれが仇になったのか、リリィは、自らの後ろから迫るウッドデーモンの根っこに気づかず、足を掬われバランスを崩す。
「なっ!しまった!……キャア!」
慌ててバランスを取ろうとするも、今度は前から来た枝がリリィの右腕に絡みつく。
(マズイ!……これじゃ、剣が振るえない!)
武器を持つ右手を封じられ、無防備になったリリィにウッドデーモンの枝が殺到する。そして、リリィは残りの左腕、両足を拘束され空中に磔にされてしまったのだ。
――――――――――――――――――――――――――――
白石優里香は自身の部屋で勉強に励みながら、一人、物思いに耽っていた。
「さて……リリィちゃんは今どんな感じなのかしら?」
そう言って虚空を見つめ、意識を集中する。
優里香……ブラックリリィは自らの使い魔であるカラスと、視界を共有する事が出来るのだ。
すると、彼女の視界がカラスのいる森の中に切り替わる。
そしてその先には、枝によって四肢を拘束されたリリィの姿があった。
「あらあら……リリィちゃん捕まちゃったのね」
優里香はリリィの様子を見て一人ほくそ笑む。
(さぁて……正義のヒロインさんはここからどうすのかな?)
優里香は内心でワクワクしながら、再び勉強に励むのだった。
――――――――――――――――――――――――――――
「くっ!……この……離しなさい!」
ウッドデーモンの枝に拘束されたリリィは、四肢に力を入れ、枝を引き千切ろうとする。しかし、ウッドデーモンの枝は強固でビクともしない。
「ふっ!お前の負けだ。リリィよ」
カラスはそんなリリィを見てほくそ笑む。
「……ッ!まだ……負けたわけじゃないわ!」
リリィは力強い言葉でカラスに反論する。
「いいや。もはや貴様の命運は尽きた。ここからは、ウッドデーモンのもう一つの力を披露するとしよう」
カラスの言葉と共に、ウッドデーモンから別の枝が伸びてきて、リリィの首に巻き付く。
「あっ!……うッ……うぅ……く、苦しい!」
首を絞められ苦悶の声を出すリリィ。すると、彼女の身体が淡く光り出した。
「んっ……あッ!……あんっ!……」
そして、光は枝を通して、ウッドデーモンに向かって流れ始めた。
(何?……力が……私の……力が……抜けていく……)
「ふふふっ!どうだリリィよ。己の力を吸い取られる気分は?」
「んっ……力を……吸い取る?」
「そう、それがウッドデーモンのもう一つの能力。このまま貴様の力を吸い取り、ウッドデーモンは更にパワーアップする。そして貴様は……ここで廃人となって死ぬのだ!」
カラスの言葉に呼応するかのように、リリィの全身がまた淡く光り出し、そのまま枝を伝ってウッドデーモンに吸い込まれていく。
「んっ!……くっ!……じょ、冗談じゃないわ!」
(こんな所で、死んでたまるもんですか!)
リリィは全身に力を入れ、何とか枝の拘束から逃れようとする。
「ふふふっ、無駄よ!今の貴様の力では抜け出す事は出来ん。大人しく力を吸われて死ぬが良い!」
しかし、そんなリリィを嘲笑うかのように、彼女の力は無常にも、ウッドデーモンにどんどんと吸い込まれてしまう。
「んっ……くっ……あっ……あぁ……」
そしてリリィの意識が段々とあやふやになっていく。
(だ、ダメ!段々……意識が……と……お……の……)
そして、リリィの瞼が徐々に閉ざされ全身の力が抜けてしまった。
「…………………………」
そして、リリィはそのまま動かなくなってしまった。
「……気を失ったか。まぁいい……ウッドデーモン!そのままリリィの力を、全て吸い出してしまえ!」
そしてカラスは、リリィに対し、警戒を解く事なくウッドデーモンに命令を下す。
(……ようやく、我等に仇なす邪魔者を消し去る事が出来る。ブラックリリィ様、これで我等の目的も直に達成出来ましょう)
カラスは内心で、自分達の勝利を確信するのであった。
――――――――――――――――――――――――――――
「……………………ふぅ」
ブラックリリィは再びカラスの視点から様子を眺めていたのだが、再び視界を戻し、勉強に励んでいた。
(あぁ〜あ、リリィちゃん。もうちょっと何かしてくれると思ったのに、期待外れね)
彼女はリリィの敗北を悟り、興味を無くしてしまったのだ。
「本来なら、喜ばしい事なんだけど……はぁ……」
優里香は溜息をつきながらもペンをはしらせる手は止めていない。
(まぁ……いいわ。明日からは、つまらなくとも目的の為に頑張らないとね)
彼女は内心で決心を固めながら勉強に励むのだった。
――――――――――――――――――――――――――――
「んッ!……ここは?」
気がつくと千晶は、辺りが真っ暗な空間にいた。
先程までフラワーナイト・リリィとして戦っていたが、今は変身前の千晶の姿に戻ってしまっている。
(そっか……俺……あの魔物に負けて……)
千晶は先程までの出来事を思い出した。フラワーナイト・リリィとして戦っていたが魔物に負け、四肢を拘束された後、力を吸われ意識を失った事。
「俺……死んだのかな?」
千晶は周りを見渡すが辺りは暗く何も見えない。唯一、自分の身体は見える程度である。
「つーか死んだにしても、ここが何処だか分からないと……ッ!」
千晶が一人ぼやいていると、急に彼の前方が明るくなる。千晶は咄嗟に手で顔を覆い目を瞑る。
「ッ……一体何なんだよ……」
千晶が目を開けると、先程までの真っ暗な空間ではなく、何処かの家の中の居間に立っていた。
(……ここって!?……俺の家の)
その居間は彼の家の居間であった。すると居間のドアが開き、兄妹らしき子供が入ってきた。
「お兄ちゃん!早くしないと始まっちゃうよ!」
妹らしき女の子はドアの方を向き、早く来るように声をかける。
(あれは……詩織!……ってことは)
「そんなに急がなくても、始まるまであと一分あるんだから大丈夫だよ」
そう言ってドアが開き、兄らしき人物……千晶が居間に入ってきて妹の隣に座り、テレビを点ける。
(……懐かしな。そういえば二人でニチアサとか見てたっけ)
千晶はそんな二人を見ながら懐かしい気持ちになる。
「お兄ちゃん。プリキ◯ア負けちゃうの?」
すると、テレビ画面ではヒロインが怪人に押され、地面に倒れ伏していた。妹はそんなテレビ画面を見て兄に縋り、悲しそうな声を上げる。
「大丈夫だよ。正義の味方はこんな事では諦めないさ」
そんな妹を元気づけるように、兄は妹に声をかける。
すると、画面の中のヒロインは立ち上がり、力を合わせて怪人を倒したのだった。
「やった!勝った!勝ったよ!わーい!」
その姿を見て妹は嬉しそうにはしゃぐのだった。
「………………………………」
千晶はその様子を黙って見つめていた。
(そうだよな。今の俺は、曲がりなりにも正義のヒロインなんだよな。こんな事にいる場合じゃないよな)
すると、千晶の想いに呼応するように、再び視界が真っ白になった。
――――――――――――――――――――――――――――
「んっ!……わ、私?……一体?」
リリィは目を覚ました。しかし、自身の状態は更に悪化していて、彼女の力はもう変身を保つ程度しか残っていない。
「ふっ、目覚めたか。大人しく寝ていればいいものを」
そんなリリィをカラスは嘲笑混じりに声をかける。
「まぁいい。このまま貴様の断末魔を聞きながら、トドメを刺すのも悪くない」
そう言ってカラスは、ウッドデーモンにエナジードレインの指示を出す。
「…………………………」
リリィはカラスの言葉を無視して、再び目を瞑る。
「どうした?命乞いをするなら聞いてやらんでもないぞ」
「………は…………ない…………だから」
カラスの声を無視しリリィは一人何かを呟く。
「何?」
「私は、決して諦めない!正義のヒロインだから!」
リリィはカラスに対して力強く言い放つ。
「……ふん!威勢だけでこの状況を何とか…………ん!」
すると、リリィの言葉に呼応するように彼女の身体が力強く光りだす。それは先程までの枝によるエナジードレインではない力強い光だった。
(何?この光……力が戻って……今なら!)
「はぁ――――――――――!」
光の中で、リリィは拘束された枝を引き千切る。
「なっ……馬鹿な!」
カラスは驚愕の声を出す。その隙に拘束を解いたリリィは地面に降り立つ。すると彼女の全身が淡く光り輝く。そしてそのまま、ウッドデーモンに向かって再びダッシュする。
「くっ!小癪な!ウッドデーモン。再びリリィを捕らえるのだ」
カラスの言葉にウッドデーモンは無数の枝をリリィに伸ばす。
「…………はっ!」
迫りくる枝を見ながら、リリィは掛け声と共にそのまま大きくジャンプし、近くの木の枝の上に着地する。
「バカな!今の貴様にもう力など残ってまい。何処からそんな力が…………」
カラスが疑問を口にする合間にも、リリィに向かってウッドデーモンの枝が接近する。リリィは枝から枝へとジャンプしながら、ウッドデーモンの攻撃を回避する。しかし、その間にもリリィを覆う淡い光は、徐々に消え始めている。
(……身体が軽い!……でも、そんなに長くは持たないかも…………一気に決める!)
リリィ自身も気づいていた。この状態は長くは保たないと。そして決意と共に、リリィは枝から思いっきりジャンプし、ウッドデーモンの真上に到達する。
「ハァ――――――――――――アッ!」
そこから落下する勢いのままに、ウッドデーモンに剣を振るう。
ガキィ――――――――――ン!
「ッ!……硬い!」
しかし、リリィの斬撃はウッドデーモンの木の幹の一部を傷つけただけで致命傷には至らない。
「ふん!ウッドデーモンの幹は貴様が先程倒した魔物以上の硬さだ!貴様のナマクラな剣などでは精々幹の一部を傷つけるのだけで精一杯だろうよ!」
「ッ!……くっ!」
地面に着地したリリィはウッドデーモンの枝や根が来る前に、素早く距離をとる。
「しかし、貴様の先程の必殺技なら、倒す事は出来るだろうがな。最も……撃たせる程の隙など与えんがな!」
リリィは再び距離を取りながら、木の上の枝に飛び乗る。
(どうする?フラワーナイトスプラッシュなら奴を倒す事は出来るけど……恐らくまたあの枝によって防がれちゃう……)
リリィは枝から枝に移動しながら打開策を模索する。しかし、なかなか思いつかない。
…………ドクン…………
「ッ!……何?」
すると、彼女の手に持っている剣が、自己主張するように脈打ったような気がした。
そして、それに呼応するように彼女の全身を包む光が剣に集まり始めている。
(そうか。剣にフラワーナイトスプラッシュの力を集めて、そのまま斬ってしまえば……)
「………………一か八かやってみるしかないですね」
決意を決めたリリィは、再びウッドデーモンの真上までジャンプし、先程と同じように剣を振り下ろそうとする。
「ふっ!学習能力がない奴だ。貴様の斬撃はウッドデーモンには効かんと言っただろう!」
カラスは勝ち誇ったように叫ぶ。すると彼女の全身で光り輝いていた淡い光が、彼女の持っている剣に集まっていく。
「これで終わりです!光よ切り裂け!フラワーナイトスプラッシュ!ソ――――――――ド!」
光は剣に纏わりつき、そのまま刀身を長くしたような形になる。リリィはそのまま剣を振り下ろす。
グギャァ――――――――――――――――――
すると、先程とは打って変わり、ウッドデーモンは悲鳴を上げる。さらに斬られた箇所から、徐々に亀裂が広がっていく。
バラ…………バラ…………バラ…………
するとウッドデーモンの枝が、乾いた粘土のように徐々に崩れていく。そして、崩壊は幹にも及び、ウッドデーモンはそのままバラバラに崩れ去ってしまった。
「か、勝った……の?」
リリィは崩壊するウッドデーモンを見つめながら、半信半疑気味に呟く。
「ばっ……馬鹿な……ウッドデーモンが……あの御方に頂いた魔物が、敗れただと……」
一方、カラスは目の前の現実が信じられないのか呆然としている。
「……次は貴方の番です。覚悟しなさい!」
カラスの言葉に我に帰ったリリィは、よろめきながらも剣先をカラスに向けて、毅然と言い放つ。
「……調子に乗るなよ小娘!……貴様はここで始末する!覚悟……」
「は〜い。そこまで」
すると突如、リリィとカラスの間に、空中から人が降り立ってきた。その人物は全身を黒一色で統一した美少女だった。この時期には寒すぎる黒いワンピースを着て、長い黒髪をそのままストレートにし、黒いヒールを履いたその女は顔に笑みを浮かべたままリリィを見つめている。
「ブラックリリィ様!何故ここに!?」
カラスは驚愕と畏怖の混ざった声で、突然現れた女に問いかける。
(ブラックリリィ?一体何者?)
カラスの言葉に疑問を覚えながらも、突如現れた女に警戒を露わにするリリィ。
「アンタがやり過ぎそうだったから飛んで来たの。今回の目的は達成したわ。帰るわよ」
ブラックリリィは、リリィを見つめたまま返事をかえす。
「し、しかし……今ならあの憎きリリィを……」
「クロウ……二度は言わないわよ?」
ブラックリリィは怒気の籠った声でカラス……クロウに問いかける。
「……畏まりました……では……」
クロウはそう言って飛び立っていった。
「……な、ま、待て……」
リリィは慌ててクロウを追いかけようとする。
「あらあらリリィちゃん。私の事を無視するつもり?」
そんなリリィの前にブラックリリィが立ち塞がる。
「……貴女は一体、何者なんですか?」
リリィは警戒しつつブラックリリィに問いかける。
「うふふ、そうね。こうして顔を合わせるのは初めてかしら?」
そう言ってブラックリリィはリリィに対して優雅にお辞儀をする。
「初めましてフラワーナイト・リリィ。私はブラックリリィ。貴女がさっき倒したあの魔物達の、主人ってところかしらね」
ブラックリリィの言葉にリリィは怒りを露わにする。
「魔物の主人って……貴女は何の目的でこんな!」
「まあまあ。今回は挨拶だけよ」
すると突如、目の前からブラックリリィの姿が消えてしまった。
「……ッ!一体何処に?」
リリィは警戒しながら周囲を見回す。すると、頬に何かが触れた感触を感じた。
「うふふ。やっぱり可愛いわね。リリィちゃん……チュ!」
気がつくとブラックリリィはリリィの背後に回っており、そのまま彼女の頬にキスをする。
「んなッ!……な、何するんですか?!」
リリィが動揺する合間に、ブラックリリィは再びリリィの前に現れる。
「次は私が相手になるから、首を長くして待っていてね♪リリィちゃん」
そう言ってブラックリリィは宙に浮かびそのまま去ってしまった。
「……………………」
一人残ったリリィはブラックリリィの飛び去った方を見て呆然としている。
「全く反応出来なかった……けど!」
(ブラックリリィ……魔物達の主人……次に会ったら必ず……ッ!)
リリィが決意を固めていると、彼女は自らの力が抜けていくのを感じ、地面に倒れそうになる。
「うっ!……あっ……」
何とか踏みとどまるも、リリィの身体が強く光り輝き始める。光が収まるとリリィの姿は、元の天風千晶に戻ってしまった。
「……やべ……変身が解けちまった。……はっ、ハックション!」
その後、隣の県から自宅までそのままの姿で帰宅した千晶は、親にこっぴどく叱られ、翌日風邪を引いて学校を二、三日休んだのだった。
「ブラックリリィ様!何故お止めになったのです?あの場でリリィを始末してしまえば、我らの目的は用意に達成出来ますのに……」
先程の森林公園から少し離れた場所で、クロウは戻ってきたブラックリリィに先程の件を問い詰めていた。
「あのねクロウ……何度も言わせないで。今のリリィちゃんなんて、私の力なら簡単に倒せるわ。でもね、それじゃつまらないじゃない」
ブラックリリィは子供を諭す親のようにクロウに問いかける。
「今回彼女は追い詰められてパワーアップした。けれど、それでもまだまだ私には及ばないわ。だから……もっと強くなって、私と対等に戦えるようになってもらわなくちゃ♪それまでは絶対に殺しちゃダメ!」
「しかし……それでは貴女様の身にもしもの事が……」
クロウは主人の身を案じ不安の声を上げる。
「大丈夫よ!そんなヘマはしないわ。それに……クロウにはやってもらいたい事があるの」
ブラックリリィはクロウ心配を一蹴し、提案をする。
「…………例の件ですか?」
「そう……これはお前の方が目立たないから、明日からそっちを優先して」
ブラックリリィは先程までの茶目っ気を無くし、真剣な表情で言う。
「分かりました。貴女様の仰せのままに」
そう言ってクロウは飛び立っていった。ブラックリリィはそれを黙って見つめる。
(うふふ……まさかリリィちゃん。追い詰められてパワーアップするなんて。まさに理想のヒロインだわ。今後の成長が楽しみね♪さあて次会うときはどんなふうにいじめてあげようかしら?)
ブラックリリィは内心で嬉しそうにしながら帰路に着くのだった。