廃工場の戦い
とある廃工場で金属同士がぶつかり合う音がしている。
辺りは灯りがなく薄暗いが、音を発生させている者たちにとっては特に苦にならないようで、激しい攻防が繰り広げられている。
「ハァ……ハァ……強い……」
その内の一人。騎士風の格好をした女の子は肩で息をしながら目の前の相手を見つめていた。
女の子は手足に純白のロンググローブとブーツ。髪は銀髪で腰まで届くロングヘアー、身体を包むのはノースリーブのワンピース、背中にかけて垂れ下がる純白のマント、額に花を模した金のティアラをつけて右手に剣を構えていた。
彼女の名はフラワーナイト・リリィ。悪の怪物と戦う正義のヒロインである。
彼女はとある目的でこの廃工場に来ていたのだが、そこで今、目の前で戦っている魔物と遭遇したのだ。
一方の魔物は右手には海賊のカットラスのような剣を持ち、左手には円形の盾。身体には軽装ながら鎧を装備したトカゲのような魔物だった。
今までリリィが戦ってきた魔物は徒手空拳で戦ってきたのだが、この魔物は武器を使いこなしていて、リリィは苦戦を強いられいた。
彼女のコスチュームは至る所に刃物で切られた後があり頬や二の腕、太ももからは血が滲んでいた。
それは目の前の魔物も同様だが、魔物は意に介すこと事なく魔物は武器を構えたままリリィをじっと見つめている。
(強いだけじゃない。この魔物……今までの魔物と違って隙がない)
今まで戦ってきた魔物は、何も考えていないように突撃して攻撃していたのだが、この魔物は武器を構え、リリィの隙をついて攻撃してくるのだ。
「……………………!」
すると何の前触れもなく魔物が動き出すと、リリィの目の前に接近し右手のカトラスを振るう。
「……くぅ!やぁ!」
リリィも慌てて剣で応戦するが魔物はリリィの懐に入っていて、何とか剣でカトラスを弾く事が精一杯であり、リリィは思わずバランスを崩してしまう。
「…………!」
それを見た魔物は空いている右脚で、リリィの横腹に蹴りを入れる。
――――ドゴォ!――――――
「ッ!キャアアアアア!」
魔物の蹴りをまともに受けたリリィはそのまま吹っ飛び、廃工場の壁に激突する。
「………………」
魔物はそのまま追撃する事はせず、その場に留まり再び剣を構える。
「…………ハァ………ハァ………ハァ」
瓦礫の中から、リリィは剣を支えにしながら立ち上がる。しかし先程の蹴りのダメージがある為か、左手で脇を押さえている。
「ハァ……ハァ……くっ!」
それでも闘志を失っていないのか、リリィは右手で剣を構え魔物を睨みつける。
「期待外れだな」
すると、魔物はそう言うと持っていたカトラスを腰に履いた鞘に収める。
「喋った!?…………一体どういう意味ですか!」
リリィは一瞬驚いたが、すぐさま切り替えて魔物に問いかける。彼女が今まで戦ってきた魔物の中に意思疎通が出来る魔物がいたのを思い出していたのである。
「そのままの意味だ。あの女がやたらと肩入れしたので期待していたのに、全然歯応えがない。正直拍子抜けだ」
そう言うと魔物は腕組みをしてリリィを睨みつける。
「あの女……もしかして、ブラックリリィの事ですか!?」
リリィは魔物の生み出していると言う女の事を思い出した。しかし目の前の魔物は彼女の生み出した魔物だとは思えなかった。
「その通りだ。しかし、我はあの女の下僕にあらず!」
リリィの考えを肯定するようにそう言うと、目の前の妖魔は己が右手を左胸の前に持っていく。
「我の名はガガ!偉大なるあの方に仕える魔将軍ガラム様の臣下にして一番槍を承りし誇り高き戦士!」
戦場で名乗りを上げるような感じで妖魔ガガはリリィに名乗りを上げる。そんな勢いのある名乗りにリリィは困惑の表情を浮かべる。
(魔将軍ガラム……あの方っていうのは確か、ブラックリリィが言っていた魔王だったはず。と言う事は新たなる敵!?)
「フラワーナイト・リリィ!我はあの女の言葉を確かめる為にお主に戦いを挑んだ。しかし、お主の実力はあまりにも拍子抜けだ。と言う事でお前は我がここで始末する!覚悟してもらおう!」
そう言うとガガは再び鞘からカトラスを引き抜きリリィに向ける。しかし、直ぐに仕掛ける事はせずにリリィの様子を伺っているようだ。
「………黙って聞いていれば随分と好き勝手言ってくれますね」
ガガが一人で喋っている間に痛みが引いたのか、リリィは脇腹から手を離し剣を両手で持って構え直す。
「貴方達の目的が何なのか知りませんが、あの方……つまり魔王ですよね。その復活を目論んでいるような者達に、私は負けるつもりはありません!」
ガガに負けじとリリィも啖呵を切る。すると、ガガの表情が先程までと違い一段と真剣なものになる。
(ほう。先程までと違い、顔付きが変わったな。これは気を引き締め直さないといけないようだな……)
深夜の廃工場で少女と魔物が互いに獲物を構えながら睨み合う。しかし、お互いに力量を分かっているのか先程から一歩も動かない。
(このガガと言う魔物に攻撃をさせたら負ける!こうなったら多少不利でも先に攻撃を仕掛けないと!)
「ッ!ハァァァァァァァァァ!」
覚悟を決めたリリィは、掛け声と共にガガに向かって突進し、剣を振り下ろす。
(気合いの籠った一撃。しかし、そのような直線的な攻撃など我には通じぬ!この盾で受け止め、体制を崩したのちにこの刃で仕留める!)
ガガは円盾を構えてリリィの剣を受け止める体制を取り、来る未来を考える。
「…………フラワービット!」
ガガにもう少しで届く距離で、リリィは何かを叫ぶとそのまま上にジャンプする。
「上段切りか……笑止!」
ガガはリリィの軌道を予測して剣を振るう。
しかし、リリィは見えない床を蹴るようにさらにジャンプを重ねる。
「…………何!?」
リリィはそのままガガの背後に回るように飛び越え、ガガの背中に向けて剣を振り下ろす。
(これで決める!)
「ヌウウン!」
すると、ガガは掛け声と共に身体を捻り、無理矢理リリィの剣筋に円盾を挟み込む。
――――ガキーーーーーン!――――――
剣と円盾がぶつかりあい、辺りに甲高い音が響き渡る。ガガはそのまま盾のついた左腕を振り抜き、リリィを吹き飛ばす。
吹き飛ばされたリリィは、空中で体制を立て直し、地面に着地すると素早く剣先をガガに向ける。
「光よ!集え!フラワーナイトスプラッシュ!」
掛け声と共にリリィの剣から光の奔流が発生し、ガガを呑み込もうとする。
「…………ヌゥン!」
ガガは迫る光の奔流に対して、盾を持つ左腕を突き出し腰を屈める。
――――ズガーーーーーーン!――
やがて光と盾がぶつかりあう。光はガガの盾にぶつかると左右に分かれ、ガガを通り過ぎていく。
「……ハァァァァ!フンッ!」
掛け声とともにガガは左腕を振り抜くと、光の奔流は完全に無くなってしまった。
「……そ、そんな!」
(フラワーナイトスプラッシュが、完全に防がれるなんて……)
光が消え去り、目立ったダメージのないガガを見てリリィは驚愕の表情を浮かべる。
今までフラワーナイトスプラッシュを受けて倒すまでには至らない事はあっても、無傷というのは今回が初めてだった。
――ピキッ―――ピキッ―――ピキッ――
するとガガの持っていた円盾に亀裂が入り、盾の一部が地面に落下する。
「…………………………」
ガガはそれを無言で拾い上げると、真っ直ぐにリリィを見つめる。
「フラワーナイト・リリィよ。先程の期待外れ、拍子抜けという言葉は取り消させていただく」
急なガガの言葉にリリィは眉を顰める。
「急に何を……」
「その上で問いたい。お主は何のために戦っているのだ?」
ガガの真意が分からずにリリィは黙り込んでしまう。けれど、ガガは答えを急ぐ訳でもなく黙ってリリィの答えを待っている。
(この魔物は一体考えているの?………けど、私の答えは決まっています!)
リリィは考えをまとめると、真っ直ぐにガガを見つめる。
「…………私は貴方達のような者達から罪のない人達を守る為に戦っています」
一呼吸入れてリリィは宣言するように答える。
「…………そうか」
その答えに、ガガは笑うでもなく馬鹿にするでもなく一言呟くと、持っていた盾の欠片を明後日の方向に向けて放り投げる。
――――――バン!――――――――
飛んで行った欠片は壁に激突すると物凄い音を立てる。ぶつかった箇所はあまりの衝撃だったのか、ベッコリとへこんでいた。
「うわぁ……な、何だ!?」
すると、欠片がぶつかった直ぐそばの物陰からびっくりしながら男が三人出てきた。
「あ、貴方達!」
リリィはその三人に見覚えがあった。最初に廃工場に来た時に会った三人組で、廃工場に魔物が出るという偽の情報を流していたのだ。
リリィは彼らに安全な所に逃げるように言ったのだが、彼らはそれを守らず二人の戦いを見ていたのである。
「こやつらはずっとそこで我らの戦いを見ていたぞ。しかも、お主がやられそうなのを見て昂揚しておったぞ」
ガガからもたらされた情報にリリィは思わず驚き表情をしながら三人を見つめる。三人は罰が悪そうに顔を背ける。
「リリィよ。お主の信念にどうこう言うつもりは無いが、そのような奴らを守る価値があるとは我は思えんが……」
そう言うと、ガガはカトラスを鞘にしまいリリィに背を向けて廃工場から立ち去ろうとする。
「まっ……待て!」
立ち去ろうとするガガをリリィは呼び止める。するとガガは顔だけをリリィの方に向ける。
「リリィよ!この勝負は預ける。いずれまた誰の邪魔のない場所で雌雄を決しようぞ!」
そう言ってガガは大きくジャンプし、廃工場を後にする。
「あの……俺達どうすれば……」
ガガが去った後、未だ空気の読めない三人組をリリィは何も言わず安全な場所まで送り届ける。
(守る価値なんていちいち考えてたらキリがない……けど……)
三人を送り届けた後、モヤモヤした思いを抱えながらリリィは家路に着くのだった。




