新学期
新章突入です。
私は変身ヒロインに憧れていた。
私が見ていたテレビの中の彼女達は、普段は何処にでもいる女の子なのだが、ひとたび戦うヒロインに変身すると誰かの為に一生懸命戦う女の子なのだ。
そんな彼女達みたいになりたいと、幼かった私はお兄ちゃんや近所のお姉ちゃんに無茶を言ったものだ。そんな私の話をお兄ちゃん達は笑うでも、馬鹿にするでもなく真剣に聞いてくれたと思う。
けれど、そんな私の夢は数年後に儚くも崩れ去ってしまった。
私の身体は病気に蝕まれ、最後には息をするのも苦しくなっていた。家族はそんな私の事を甲斐甲斐しく世話してくれて、特にお兄ちゃんは毎日のように私のお見舞いに来てくれた。けれど、そんな家族の想いも虚しく、結局私はあっけなく息を引きとった。
………最後の瞬間に私は願った。………もし生まれ変われるなら………テレビに出てくるあの子達みたいな、誰かの為に一生懸命戦う……そんな女の子になりたいと…………
地上から遥か上空に位置する場所に天界と呼ばれる場所が存在する。
その場所は、古代ギリシャを思わせるような壮大な外観をしていてその中央にはかつて強大な魔王を倒した戦乙女の銅像が建っている。そして、そこからさらに中央に行った所には、他とは一線を画す荘厳な建物が建っていた。
建物は外の光を遮断するように窓が一切なく、唯一中に入る為の扉があるのみだった。
通称、議会………天界において様々な問題が発生した場合、その事を討論する場所だ。問題によって出席する者の役職や人数が異なるが、そこで出された結論は絶対であり、何者であろうとそれに逆らうことは許されない神聖な場所なのである。
「………………………………」
その扉の近くに、一人の女の子が壁にもたれかかりながら立っていた。
女の子は髪を肩口に揃えたセミロングで、白いキトンのような服を着て、頭に木の枝で出来たサークレットを被っていた。
…………戦乙女………………
天界や人間界に害を為す者達に対処する精鋭達。彼女達は議会の要請があれば、すぐさま持てる力を振るい敵を殲滅する役割を担っている。そして今ここにいる女の子もそんなヴァルキリーの一人なのである。
そんな彼女は、近寄りがたい雰囲気を放っていて、場所も相まって彼女の周りには人っ子一人いなかった。
――――――――――ゴオオオオオオオオオ!――――――――――――
すると建物のドアが開き、そこから彼女と同じような服を着た女性が出てきた。女性は中性的な顔立ちをしていて、一見すると男性のように見えるが胸の膨らみが彼女を女性である事をたらしめている。
「…………お疲れ様です。アイリ様」
女の子は出てきた女性……アイリに敬礼をする。アイリはそんな彼女に頷いた後、そのまま歩き出す。
そんなアイリの性格を熟知しているのか、女の子は何も言わずにアイリと共に歩き出し、彼女の隣に並ぶ。そのままお互い何も言わずにしばらくの間歩き続ける。
「…………議会の方はどうなりましたか?」
沈黙を破ったのは女の子の方だった。彼女はアイリの部隊の副隊長であり、隊長であるアイリから議会の内容を聞くためにこうしてあの議会場の前で待っていたのである。
「……一先ず、我々は待機だそうだ」
「待機……ですか……」
アイリの言葉に女の子は落胆の表情を浮かべる。
今回の議会の議題……かつて封印した魔王が復活するかもしれないと言うものだ。現在、人間界で魔王の力を酷使している者が現れていると言う情報があり、今回はその事についての話し合いの場が設けられたのだ。議会には神官と呼ばれる議題をまとめ、公正な立場で決議をする人達が数人いるのだが、今回はその神官が全員参加すると言う異例の状態だったのである。
「今の所封印が完全に破られたとは言えない。何者かが、かの魔王の力を使って魔王を復活させようとしているが封印の鍵はそう簡単に見つかるとは思えない。もうしばらく様子を見ようと言うのが、議会の見解だ」
アイリは議会で決まった結論を事務的に述べる。しかしその表情は何処か呆れの様相が見える。
「そんな……でしたら封印が破られる。或いは鍵が集まる前に、その者を捕えるなり何なりすれば…………」
女の子はアイリの言葉に反論しようとして思いとどまる。彼女達天界の者達が人間界に顕現すると、その力が強すぎる為人間界のバランスを崩してしまう。その為議会では彼女達ヴァルキリーへの出撃の要請は慎重にならざるを得ないのである。
「……まあそう言う訳だ。正直、私としてはあの魔王が再び復活する前に、何としてでもその者を捕えたいのが正直な所なのだがな……」
「アイリ様…………」
アイリの言葉に女の子は何とも言えない返事をする。
戦乙女アイリ……彼女はかの魔王が人間界で猛威を振るっていた時に、討伐に赴いたヴァルキリーの一人である。魔王の力は強大で、当時彼女達ヴァルキリーが束になっても刃が立たなかった。そこで、彼女達のリーダー格であった一人のヴァルキリーが、自らの身を犠牲にして魔王を封印。それらを五つに分けた後、人間界にバラバラに散らばしたのだった。
「あの時、私達はあの魔王を封印するだけで精一杯だった。だからこそ魔王が復活する兆候が少しでもあるのなら……また誰かが犠牲になる前にその原因を取り除きたいと思っていたのだが………」
「……議会は動いてくれなかった」
アイリの言葉を引き継ぐように女の子は呟く。アイリはその言葉に頷きながら女の子の方を見やる。
「とは言え議会の言っている事も正しい。だからこそ、議会から要請が来たらすぐに人間界に赴く。その時はシオリ、お前も共に来てもらうからそのつもりでな」
そう言ってアイリは自身の部隊の副隊長の女の子……シオリを見つめる。
「了解しました」
シオリはそんなアイリに敬礼をする。そんなシオリを微笑ましく見ながらアイリは肩をすくめる。
「そんなに畏まらんでも良いんだが………まあ良いか」
そう言ってアイリは懐から一枚の紙を取り出しシオリに差し出す。
「これは?」
「議会が待機を決めたのはもう一つ理由があってな。どうやら人間界にいる監視官の報告によると、我々の預かり知らぬ何者かが、かの魔王の魔物を倒しているらしい」
監視官……それはかの魔王の戦いの後、人間界にて様々な出来事を監視する者である。
かの戦いの後、アイリは人間界の被害及び自身の仲間達の被害を議会に報告。その際に人間界の状況把握が著しく遅かった事を指摘していた。そこで議会は人間界に影響を及ぼさない人員を選出し、人間界に監視役として送り込んだのだ。今回のこの紙もその監視員の一人が議会に送って来たものである。
アイリの言葉にシオリは渡された紙を見る。それは写真のような物でその中に魔物と戦う女の子が写っていた。
どうやら遠くから撮ったらしく解像度は高くないが、見た限り手足に純白のロンググローブとブーツ。髪は銀髪で腰まで届くロングヘアー、身体を包むのはノースリーブのワンピース、背中にかけて垂れ下がる純白のマント、額に花を模した金のティアラ、左腰に一振りのサーベルを履いた女の子が人ならざる化け物と戦っている姿が写っていた。
「我々とは大分雰囲気が違いますね。彼女は一体何者なんですか?」
シオリはアイリに紙を返しながら問いかける。アイリは少し考える素振りをする。
「調べた者によると、花の騎士フラワーナイトリリィと名乗っていたそうだ」
「フラワーナイトリリィ……………」
アイリの言葉をシオリはおうむ返しをする様に答える。
「彼女が何者なのか、魔物達を倒してはいるがその目的は何なのか?議会ではまず彼女を監視し、目的を探って行く方針だ」
「では状況によっては彼女とも……」
「ああ……戦う事になるだろうな。とは言え、今すぐと言う事ではない。私はこれから行く所があるからここで失礼する」
そう言ってアイリはそのまま歩き出してしまう。シオリはそんなアイリに敬礼をし、彼女の姿が見えなくなるまでそのまま姿勢でいた。
やがてアイリがいなくなると彼女は一人考えに興じる。
「……………………フラワーナイトリリィ」
(それってもしかしてあの時の……いや、まさか偶然だよね)
シオリは一人考えながら、自身の家に戻るのだった。
この街にはとある噂がある。それは人々を襲う謎の化け物と、それと戦う正義のヒロインがいると言うもの。
ヒロインは騎士風の恰好をして風の如く現れ、化け物を退治したら颯爽と立ち去るという。
そんなヒロインの名は……花の騎士フラワーナイト・リリィ
「ハァ……ハァ……な、何なんだよ一体!?」
四月。学生は進学、新社会人は就職、新入社員歓迎会など様々なイベントがあるこの時期。
男はそんな歓迎会の帰り道に、正体不明の化け物に追い回されていた。
化け物は二メートル近い巨体でトカゲのような出で立ちをしていた。
最初は酒に酔ったせいで幻覚をみたのかと思った彼だったが、化け物から発せられる存在感に現実であると思い知らされ、這々の体で逃げ回っているのだ。
「くっ、くそ!こんな所で死んでたまるか!」
男は前年結婚したばかり。彼の妻のお腹の中には新しい命が宿っている。そんな妻を残して一人死ねるかと言う気合いで逃げているが、そんな男を嘲笑うかのように化け物はぐんぐんと距離を縮める。
――――カッ!――バシ!――――
男に追いついた化け物は、そのまま男の身体を掴み、そのまま宙に持ち上げてしまう。
「ウッ!ガアァ……離せ……離せ!」
男は何とか化け物の拘束から逃れようとするが、化け物の力は強くビクともしない。化け物はそんな男を嘲笑うかのように掴んでいる手の力を強くする。
「ぐっ……あっ……」
(ヤバい……意識が……)
締め付ける痛みに男の意識が飛びそうなる。
――ヒュ!――――――ズシャ!――――――
そんな男の耳に何か聞こえたかと思うと、急に締め付ける力が無くなり、男は地面に尻もちをつく。
「痛ってぇ……今度は何が……」
「大丈夫ですか?」
お尻の痛みを感じている男の耳に、聞き覚えのない女の子の声が聞こえた。
男が前を向くと、目の前に騎士風の恰好をした女の子が立っていた。
女の子は手足に純白のロンググローブとブーツ。髪は銀髪で腰まで届くロングヘアー、身体を包むのはノースリーブのワンピース、背中にかけて垂れ下がる純白のマント、額に花を模した金のティアラ、左腰に一振りのサーベルを履いたその女の子は右手に剣を構えたまま真っ直ぐに化け物を見つめていた。
「君は……」
そんな女の子を見つめ、男は問いかける。女の子は化け物から視線を外さないまま答える。
「私は大丈夫ですから、貴方は早く逃げて下さい」
「でも…………」
「いいから早く!」
女の子の言葉を受けて男は立ち上がり、そそくさとその場を立ち去る。途中振り返ってみると男を締め付けていたであろう腕に切り傷がついているのが見えた。
「あれが………もしかして噂になっている正義のヒロイン……」
男はそんな事を考えなが女の子と化け物がいた場所から離れるのだった。
男がその場から離れるのを肌で感じながら、リリィは魔物と対峙する。
(今まで戦ってきた魔物と見た目は何ら変わりない。けど油断は禁物ですね)
リリィは剣を構え直す。すると獲物に逃げられた事に激怒したのか、魔物はリリィ襲いかかる。
「…………時間をかけたくないので一気に決めます!」
リリィのそんな呟きが聞こえたのかは定かではないが、魔物はリリィに近づき腕を振り下ろす。
「ハッ!」
リリィは素早くその場から真上に向かってジャンプし、そのまま剣を振りかぶる。すると彼女の剣が光り輝き始める。
「光よ切り裂け!フラワーナイトスプラッシュ!ソード!」
リリィは落下する勢いのまま、魔物に向けて光り輝く剣を振り下ろす。
「グギャァ――――――――――!」
リリィの剣を受けた魔物は悲鳴を上げながら仰向けに倒れる。そして傷口から徐々に光となって消えていった。
「ふぅ」
魔物が消滅したのを確認したリリィは剣を鞘にしまい、懐から球のような物を取り出す。球は黒色で、一切の光を反射しないような色をしていた。
「…………やっぱり、そう簡単には見つからないですね」
リリィは球を見ながらそう呟くと、再び球を懐にしまい、すぐさまその場を立ち去る。
…………そんなリリィを、近くのマンションの屋上から見ている人影の姿があった。




