COMBINING ENCLOSING SQUARE
七夕の夜空を覆った雲が停滞し、地上を照らそうとしていた太陽を厚く暈す下、新東京の大路を疾駆する狂気があった。
「やった!!やってやった!やってやったぞ!!うひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!!」
叶うなら私としてもこんな者について物語りたくなかった。
生活保護の不正受給を阻む水際作戦に“ナルホドくん”ばりの異議申し立てをキメて背水の舌戦を制した下種の汚らわしい手には、とうとう保護開始通知書が握られていた。
「うひゃひゃひゃこれで俺もめでたく特権階級ってワケだ!!!ちょろいもんだぜえウハハハハ、お役所仕事は無責任ってのはホントらしいな。日本に産まれて良かった――ーッッ!!(泣)いっぱつ闇市の豪勢な合成酒で宴と洒落込むか…!ああ、金があるってのはなんて清々しいんだろう。お仕着せのベーシックインカムじゃー足りねーっつーの!!!もうシケモクを探すこたあねえんだ!!ア゜‼︎いいこと思いついた!!!さっそく成人向けブレインマシンインターフェース(のサブスクリプションを)買っチャオっかナ!!!経頭蓋磁気刺激オナニーの無限ドライオーガズムで即身成仏だあぁァアハハハハ八八ノヽノヽノヽノ\/\」
彼ほど18歳成人制度の法益に喜んでいる者もそう居ないだろう。
下品な男、私たちの主人公が国の憂患を凝縮した暗黒から自然発生したようなこの下品な男であることを、私は非常な不服とともにここに確言する。
はじめに、苗字がなかった。名は ⃞と言う。彼が投函された日、繭のようなおくるみごと遺された紙片に、丁寧な字で書かれていた、たったひとつの贈りものだった。
青々と寂れている、渋谷が。何類の利になったのやら緑化も虚しく真っ昼間から未明同然ひっそり閑、ここに人間はいないのか、ああその通り見る影もない。人っ子一人渡らないスクランブル交差点に帳を下ろすその声は、
散歩が完全な時間の無駄という種の贅沢になるほど向上したVR周辺技術という名の生活環境は酸素濃度も運動効率も現実に比してどうしようもなく鮮やかで、人の営為がVRに閉じた。旧い世界で人目を惹こうとするデジタルサイネージの運用保守は半ば富豪の悪ノリで、一体どこの資本家がその精神性の発育不全を晒しているのか、かつて優良な広告媒体として引っ張り凧だった掲示の中では大仏大のゴールドタイガーがおまえの苦労をずっと見て(い)た。本当によく頑張ったな? 東北関東大震災当時、デジタルとアナログを分け隔てず普く通じたあいさつの魔法。を彷彿とさせる無限……それ以外に広告を打とうと判じる経済主体は居なかったのだ。
飛ぶ様に駆ける彼が蹴った路面に皹が入り、湿気と酸素がしみる。すると眠っていたバクテリアが「そろそろ」とあくびをして起動し、開いた隙間を埋める自己複製を反復した。
国土交通省の舗装機、IH機器を装備した電磁誘導マシンがパーンと破れた混凝土を治療して往く。古耄けた三色信号が都合よく切り替わるので彼は足止めを喰らう羽目になった。苛立ちを吐き棄てるように咳払いしつつ見送りしな、 ⃞は、70-84と刻まれたナンバープレートに取り付いたステンレスの封印の上で国交省のシンボルである心の文字が腐蝕している様を看取した。
一目見て自分の心まで襤褸くなったような気がしながら、常識的には有りえない強い拍動にエイリアンを想起すると同時に突如として催眠的な陶酔に襲われ、トップスピードの維持を中断し立ち止まらざるを得なくなった地形を憎悪しつつ、無我夢中で突っ走って現在地が新東京の何処なのか何の手がかりもないとやっと自覚した。
そもそもスタート時点からランナーズハイのマラソンは如何にして始まったのか。
新鮮な玄関を開けたら手渡された封筒に入っていた存在苦からの卒業証書、保護開始を告げた文面を何度も何度も何度も読み直しながら、かの水際作戦に失敗した人が申請書類を落手させられた時と綺麗に正反対の理由で手を震わせた。
新居の渾々と希望が漲る空気もが邪魔ででもあるのか、ゴミ出しを除いてインドアで暮らしは完成しているというのに、着の身着のまま、何も持たないで、居ても立っても居られず全身で快哉を叫ぶ、わけのわからぬ大きなリビドーとなって室内から弾き出されたのだ。
彼はうち震えていた。絶頂という名の勝利があった。彼は彼の境遇を肯定する為に格差という構造そのものを唾棄したのである。格差という構造を唾棄することで彼は彼の境遇の肯定に成功したのである。研学したい分野もなければ就労したい道理もない。後者は特に(己を僻地に追いやったと思われる)自由経済に手を貸すことを意味し、それは玉に瑕をつけるような隷属だった。〝わずかに光る尊厳の放棄〟の対価として在る生そのものに憮然とする深刻な受け容れ難さがあり、それが恐るべき運命のギロチンとして ⃞を唯一、そして心底まで震え上がらせていたのだった。紛れもなく生涯で最大の達成だった。我を忘れる程の喜びに有頂天になれた今こそ彼は産まれたのかもしれない。
――三週間前
生活保護が受けられなかったら役所の前で自刃しよう。怨めしい奴を全員斬り殺したあと、その刃で切腹して死に逝く身体に放火しよう。
動いた。
生まれつきの卑怯者にしか持ちえない狡猾な演技力をもって精神科医からうつ病の診断を騙し取ったのち一週間シャワーも浴びず人なのか垢なのか怪しくなった彼は、中古のできるだけ見窄らしい服を拵え、生活保護の申請窓口に居合わせてしまった不幸な公務員のもとへ真っ直ぐ走っていった。誰がどう見ても、それは鼻持ちならない圧倒される異……差別無く優しく扱われなければならない者の姿だった。
ケースワーカーが ⃞の住居、▷院を目指して進む。監督不行き届きで荒れた歩道を踏み締めて。「ブリブリですよ!買イませんか?」道々、声をかけてきた大麻の売人が二名。「買いまセんか?ブリブリですよ!」流暢さで見れば完全に日本人のものであっても、それらイントネーションに日本語方言としての学術的記録は存在しない。
稍あって辿り着く。乳児院を擁するその公営児童養護施設は地元でも風紀の乱れっぷりで名を轟かせており、地域住民の心証はといえば虞犯少年の公共伏魔殿と化していたが、先んじて地域全体がスラム化してたので特に問題視されなかった。いやそれこそ一帯に裏社会の影響が無いと言い切れる者は内外になくて、少なくとも行政の担当者と施設幹部と反社会勢力とは文字通り不可思議な〈蜜月の三角関係〉でもって聞こえていたし予感される醜行も恙なく執り行われており、その地獄の3Pで各々それぞれ金・金・孤児を授かるわけだが覇道しか生き方の語彙を知らない憐れな存在の方も好んでワルい快楽に身を窶しているものでその道へ拐かす闇のリクルートは順風満帆、自浄は火種すら起こらない。職員は就業中は就業規則に、退職後は誓約書に緊縛された。法の陥穽を塞ぐムーブメントが芽吹いたそばから暴力に封印される世の中、美辞麗句に領された曖昧さで暴利を貪る貧困ビジネスの図形の裏では今も昔も毒で毒を洗うが如き応酬が繰り広げられていた。
本当の貧しさに養われてしまうと、ヒトが護りたいと思う形にもな⃰れないものだ。玄関口には小さな花壇があり、ヒナゲシがてらてらと咲いている。
反社は生活保護を受けられない。
じゃあ彼は?なぜに人身売買を斥けた?
人間性を全人的に強請る悪徳の波から彼は、何を、守っていたというのだろうか。
景気のいい顧客ばかりとはいえないエッセンシャルワーカーは低賃金で人手不足だった上、助成も停頓してしまっては汚い金の誘惑がいよいよ強まり、特に反骨的で思想的防御力の未熟な若者が多いとなると後ろ暗い勢力も恰好の標的と漁った。断っても断ってもあきらめず救済しようとしてくる切りがない新興宗教特有の、まるでカルト団体かのように往生際の悪い呆れ返るほど粘着質な勧誘に引導を渡すべく、施設に扶養される誰もが信心深い者に嫌われる技術に長じたことは地域において酸鼻をきわめた施設への悪評と必ず(しも)無関係ではない。
モラルを世間知らずの間抜けのたわごと程度に捉える親に荒れた街で育てられた鬼々が支配する学級は猿山以下的な何かで、悪用しかされない理性が牙を剥く戦争のような熱量のマウンティングと権謀術数との渦中では弱みだと論えそうな全てが漏れなく糾弾されるので「肉親に育てられなかった」という単なる事実だけで不道徳なカーストは不可触だった。不登校を促す四面楚歌に対峙した齧り付くような学ぶ権利の行使と、果てに得た最難関進学校の合格と普通科など存在しない進学先、実社会を理解するほど何の為に学んだのか全く解らなくなるキャリア形成だの労役だのとの思想的不協和。
探求する熱意を欠きながら返済義務のない奨学金をせしめるのは何だか果てしなく気持ち悪い恩義を背負うことのように感じられ、利息のある奨学金を背負ってまで取り敢えず進学するのは却って潰しが効かなくなる風に映じた。
起業をするには悪い縁が多すぎた。基礎教養を総動員して選び抜いた黄金の苗木になけなしの資金を信託したが最後、自らの元に下らずメンツに疵をつけたことを思わしく思わない組織の工作員達がより上質な会社を立ち上げてニッチな需要を根刮ぎ掻っ攫い彼がそれで生きていけないようにした上で今一度手中に堕とそうと圧力をかけ、金持ちの不興を買えば夢も希望もあり得ないのだと人生の厳しさを教え、落ちる処まで落ちたヒトという好都合な餌が這い上がろうとする所の執拗な通せん坊が幼稚極まりなくも生き甲斐であるイジメ中毒者のネットワーク=合法ドラッグのシンジケートが地下水脈として存在する事実を思い報せ啓蒙することは火を見るよりも明らかだった。
動けない。
彼は楽になりたかった。兎に角、絶対にこれ以上は頑張りたくなかった。そんな筋合いがあっていい訳ない。割に合わない。認めない。生活保護が受けられなかったら役所の前で自刃しよう。怨めしい奴を全員斬り殺したあと、その刃で切腹して死に逝く身体に放火しよう。
動いた。
さて…… ⃞の自室は主の人格ほど散乱してはいなかったが、それはやはり謹厳居士をもって任ずる施設長の精神が三つ子の魂だろうが幽閉できるその少年院に充填されていたからだった。財力を匂わせるものは何一つない素朴な少年の自室、VR環境然り最低限度の一式を見渡したケースワーカーはややこしい目に合わず済んだと考え胸を撫で下ろして扶養者へ向き直り、確認事項を型通りに点検し、申請者の転居について不審な点がないか検めた。
わずか一週間で保護開始が定った。
そして現在。
オートマチックトランスミッションの癖にどんな料簡をしているのか空吹かしをしでかして去る工事車両から視線を外して
目を疑った
時が、止まったようだった。
視界の開けた前方、短い横断歩道の対岸、服装だけ格式張った、自分が有る。目が合っている。ガラスの天井が落ちてきて目前に突き刺さったかと思う、違う、自分が来た道が映るのなら、こんなビル群は目につかない いや だから服が違う スーツを並べたショーウィンドウで顔ハメ看板でも作ったのか――何が起きているんだ? 声の出し方が解らない、幻覚か何かか。お前もなんで俺がお前を見るのを見てんだ。見んな。何、なんだ、俺はお前じゃないのか ? お前は俺じゃない 。誰だよ?」
誰だよ、と声になった、やっとこえが出た。急激に現実感が回復し音のない都市の音が周囲に帰るように、耳がきこえる。交差点を柔らかく遷移する曇った夏の空気がぬるいそよ風として知覚されている。向こうは……反応がない。
もしかしたら絵かもしれないな、と考えた。さっきの工事車両が悪戯で俺を立派に着せ替えた看板でも捨ててったってことか。あ?なんで俺の?――まさか組織の奴らの嫌がらせ……でも工作員が国家公務員になれんのか? あっそうか、緊急車両だろうが偽ぞ「いいなあ……」
耳を疑った
「だから俺は俺を辞めるって決めたよ……」
立派に仕立てられた方が言った。
「いやいやいや何遍考えても勿体ねえって⃘クンそれは……」
何故か羨ましがられた方が応えた。
深緑を湛えた、まず一度たりとも登られてはいない木の上で、幹を軸として鏡像反転したような丸刈りの坊主頭と顔面が並んで語らっているのを見ると、ハーメルンの笛吹き男から聞こえて来る童話が帯びていそうな奇怪さで食道周りが涼んでくる。当たり障りのないショットでこわごわとラリーをし始めてすぐ、何一つ釣り合わない身なりの中で髪型だけが奇跡的な一致を見せている滑稽さに二人共怖気付き、止まり木に適しているできるだけ高い木をできるだけ早く探して逃げ込むように昇り、身の上話を続けていた。
「何も勿体なくないよ、価値の高いものにもすぐ飽きてしまうのだからもっと貧しく産まれられたら良かったんだ。とにかくあと一段だけでも……繰り返しになっちゃうけど、名家の品位を落としてはならない、って押し付けられたものばっかりなんだからね?そうやって良い物を消費するたび、自分には相応しくない、こんなの分不相応だって悪いことしてる気になる……この息苦しさ、わかって貰えないものかなあ。ただでさえ最悪なところが二重で最悪になる。難儀だよ、これは」
「話の上だったらわかるけどな……考えた事も無さすぎて全然実感湧かないんだわ、いくら飽きてるったって気に障らねーわ文句言われねーわなんだから良いんじゃねえの?有り難がって消費してくしかねえだろうさ。そういう立場に生まれたんなら仕方ね……まあ、だから抜け出してきたのか」
「大抵のものが手に入るのが当たり前で、周りも率先して与えてくるとなると意欲の容量が試されるんだね、能く消費することでしか得られない品位の器……俺はそれじゃなかったんだよ。どうしても性に合わない。ただその分、人一倍、解放感だけが望ましくて……こんなに金があって何故得られないのかと憤慨してる」
「変な方にブルジョワなのな……」
「もう何もかも要らないんだ。何もかも興味を持てないし、時間を置いてみてもだめだった。深いところでうんざりしてるからだ。これ以上あの家には居られないし、あの家が求めてるというより必要としているのも初めから俺ではなく適材だった。そもそも歴史の長い家系だからってどれも末長く続いていくわけじゃないし、少なくとも現代までには数は減っていく一方だしね、ウチは俺が末代だ、それで良いんだよ。だから自由にも飽きてしまうのか、俺は自分を試そうと思う。格差社会の下の方で……自力で生きられるところまで静謐に暮らせたら――」
「いいなあは全くこっちの台詞だよ……もう一回聞くけど、本当に本当は双子だったって話は誰からも聞いたことがないんだな?たった一度も!!」
「保証するよ、ごめんね。しっかし本当によく似てるよなあ、丁度そんな感じの顔をしてたよ。ブロックチェーンがなければ入れ替われただろうに」
「なんで自分の顔をよく覚えてないんだよ、まんまだぞ」
「意味が無いんだよ……理容師がいつも整えてくれてるけど、いつ見ても全く同じだったんだ。そのうち見向きもしなくなったし、興味がないと何かに反射しても意識に昇ってこない。……うんざりするまで眺めてた訳じゃないよ」
「よく分かってるよ」
二人の口角が同時に上がった。どちらも今一度顔を拝見しようとしたが、それぞれが幹を後側、前側から覗き込もうとして互いが失敗しているのを互いに発見したので、今度は二人とも同時に吹き出した。
「――でも、そっか、面白いかもしれないな。どうせ断絶は決まってるんだ、もうひと波乱起こすくらい何の問題があるだろう?」
「おお、俺からも同じ提案をしようとしてた所だ!貧民街に住みたいんだろ?新居に引っ越したところで部屋がすっからかんだ、おまけに生活保護まで付いてくる。ケースワーカーが来た時だけ鬱病の真似をしてれば維持できるだろうよ、働きたきゃ働きな。金と運があればブロックチェーンの包囲も突破して更に別の誰かになれるかも知れねえぞ」
「感謝する。ウチはウチだからバレたら騒ぎに巻き込まれるどころか、背乗り防止法違反はもとより詐欺罪や建造物侵入で検挙されるだろうし、最悪俺の皮を被せたスパイアンドロイドウェアとして解剖されても構わない、ってサインするならだけど」
「上等だな。記憶喪失を演じ切ってやるよ、顳顬を手で持った石で殴って切り傷開いてな」
「ウィッグを振り捨てて来たことがこう役立つとはね……いやもう書面の効力なんか関係ないか。今から君が俺で、俺が君だ。住所を交換しよう、電柱が無いと番地が判らないとか言わないよな?」
「何世代だよ、ほらこれが鍵な。何か都合よく覚えておいた方がいいことは?」
「何も覚えてなければ好都合だよ、空っぽで有りさえすれば満たされる。空っぽで有るほど祝われる」
住所を暗唱できたことを確認し合うと、 ⃞は邸宅への入り方と共に⃘が教えた通りに公衆便所へルートを辿り、もう一人も後から着いた。ここは個室の上部が空いているので互いの衣服を投げて送ることができ、金属でできた長方形の監視プレートが放つ超音波と電磁波も個室の方までは感知していないとのことで、 ⃞は何処で誰がどうやってそういう情報のデータベースを構築しているんだと考えながら服を脱ぎ、そういう情報がどうやって使われているんだと考えながら服を着た。
「問題ないか」
「あとで眉毛を剃れば完璧だろう。いや、生え方から万が一にも見抜かれないよう傷を洗ったことにして首から上は湿らせた方がいい。療養が終わった後、眉毛だけは理容師の施術前に自分で描くことを習慣にするんだ。これまでそうしたことはなかったからそれで完璧なはずだ。こっちは」
「ご丁寧にどうもな。こっちからは特にないよ。まるで本当の入れ替わりだ、気味悪い」
「俺には気味悪さ以上に悪い気がしている。本当に良かったのか? どうしても自分に都合が良すぎる気がするんだ、またここで落ち合う日にちを決めて考る時間を作ってもいい」
「いつもそうやって相手に自由を押し付けて決断の責任から逃げてきたんだろ、卑怯だな。」
「…………、何を言い出すんだ」
「甘えん坊の女々しい箱入り娘クンに大切な事を教えてやってんだよ、脳味噌まで甘くて何も理解できないんだな、何が名家だよ救えねえ」
「好きでこの家に産まれたわけじゃない、自己憐憫じゃなく本当に憂鬱だったんだ」
「誰もテメェのお気持ちなんて聞いてねえよ興味ねえわ図々しい、品位を高める為に生かされててそんな下品な性根にしかならねえって、お前本当に人間か?ああそれも周りの人の責任だよな!!お前の母親!父親!召使い!先祖!!お前が思ってる通り全部使えねえゴミだよ!!この地球から消えて当然のザコの遺伝子だ!」
「そ……な風には、思ってない!何なんだ急に!落ち着け!」
「空っぽじゃないから逃げてきましただあ?お前ほど中身のない奴あ見た事ねえから安心して巣に帰れゴキブリ……!貧民街で自分を静謐に試す!?自由に飽きる!!?お前なんか3日も孤独に耐えられずに外にでて野垂れ死ぬわ」
「嫌なのか!??いや、嫌なら嫌でいいんだ!服を返せ!!帰るから!」
「ほ ら な !!!せっかく固めた家出の意思もちょっとつついただけでパァだ!!これがお前の弱さだよ!お前に足りねえのは自由なんぞじゃねえ、責任を運命ごと引き受ける渋とさと覚悟だよ臆病者の負け犬が!!服はもう俺んモンだあ返してやんねえ!!スラムじゃなくてここで血統を潰してやるぜ!!!」
いつの間に持っていたのか、 ⃞が石を胴体に向かって投擲し、肺の辺りに命中して鈍い音を立てた。力が抜けたように膝から崩れ落ちた⃘は飛び蹴りを受けて後ろに跳ぶように倒れ込むところをすかさず引き戻され捩じ伏せられた。覆い被さった ⃞が眼前の頬に拳を一撃し、鼻や前歯に向けて俯角45°の頭突きを執拗に繰り返し始めた。
突然、頭突きの猛攻が止んだ。肺を蝕んだ石は⃘の手に固く握られ ⃞の顳顬に沈んでいる。打突が何度も、何度も行われる。血眼で障害物を排除しようする⃘。割れた顳顬から流れ始めた鮮血は ⃞が中古屋で拵えた最も見窄らしい服に一方的に注がれていた。
「もういいよ」
⃘の腕をつかみつつ、肩で息をしながら呟いた。立ち上がると同時に腕から手が離れたが、腕は小刻みに震えながらそのまま硬直している。
「生きていればいいよ」
脅威が斥いた奥の夕焼けがかった曇天に視線を放任しつつも、声は聞こえていた。砂利が踏まれる音が遠ざかっていく。間を置いて、最後の言葉が涼しい空気に乗って聞こえてきた。
「嘘は吐かない」