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はるか、かなた  作者: 翡翠
この世より愛をこめて
6/22

真相

 静まり返った部屋の中で遥香が加恋と史穂にぽつりと話しかける。

「美音さんをお呼びしてよろしいでしょうか? すべて分かった気がするので」

「すべて分かった? 何が?」

 史穂が遥香に向きなおる。

「美音さんがなぜ、“プロポーズのことは気にしなくていいよ。私の分も幸せになってね、と伝えてほしい”などというまどろっこしい依頼をされたか、です」

「美音が依頼したっていう内容、加恋ちゃんから聞いたけどさ、私もそれは思った。たしかに今さら感あるよね。一回きちんとプロポーズ断っているみたいだし」

 それにうなずいて、遥香が加恋に聞く。

「昇平さん、もうご結婚されてるのかな?」

「ううん、少なくとも三か月前までは結婚してなかったと思う。お姉ちゃんの命日に来てくれたときにお母さんが聞いてたから。余計なこと聞くなよって思ったけど」

 遥香は小さく首を縦に振った。そして少しいいづらそうに次の言葉を口にした。

「私はたしかに美音さんから、さっきお伝えしたような依頼を受けました。それをそのまま実行するのは簡単ですが、それだと美音さんに未練が残るだろうと思ったのです」

「未練?」

 加恋と史穂が同時に言う。

「はい。詳細は美音さんをお呼びしてからお話したいと思いますが、ご準備よろしいでしょうか?」

「ちょっと待って。美音と会うってこと?」

「ええ。私と助手とで別の場所で美音さんとお話してもよいのですが、お二人にもご同席願えると大変ありがたいです」

「私は全然問題ないし、もし会えるなら本当にうれしいけど……」

 そう言いながら、史穂は加恋を見る。加恋も強くうなずいた。

 遥香は加恋の手に自分の手を重ねる。それと史穂とを交互に見ながら奏多は少しおろおろしていた。

「セクハラだなんて言わないよ、少年。私もお願い」

 史穂から許諾を得た奏多は少しためらいながら、史穂の右手に自分の左手を重ねる。史穂はゆっくりと目を閉じた。それを見て加恋も目を閉じる。

「それでは今から美音さんをお呼びします。お二人とも手からだんだん温かくなってくるはずなので、ゆっくりと目に意識を移してください」

 加恋と史穂が同時にうなずいた。

二人が目を開けたとき、長澤美音が生前のままそこに立っていた。二人も美音も少し困惑した表情で見つめ合っている。

「美音さん、申し訳ありません。お二人にも聞いていただきたく、この場を用意いたしました」

「加恋……、史穂……」

 ため息ともつぶやきともつかない声が美音から漏れる。

「遥香さん。昇平さんに私のお願いしたことは伝えてもらえたのでしょうか?」

「いえ、まだです」

「なぜですか? それが私の依頼だったはずでは?」

「昇平さんにプロポーズの件をお伝えすることが本当に適切かどうか分からなかったので」

「私は依頼者ですよ! 依頼されたことを行うのがあなたの仕事でしょ!」

 美音の語気が強くなる。史穂も加恋も久々に美音の声を聞いたはずなのに、一言も発さずに遥香と美音のやり取りに見入ってしまっているようだった。

「私の仕事はあなたの未練を解消すること。そのためにはプロポーズの件をそのまま昇平さんにお話しするだけでは逆効果だと判断しました」

「なぜ……」

 美音が少したじろぐ。

「この指輪です」遥香はリングケースを美音に見せた。「なぜ、指輪を家族ではなく史穂さんに預けたのでしょう? なぜご自身がまだ生きておられたのに自分で持っておかなかったのでしょう?」

 遥香が加恋と史穂を振り返った。

「お二人とも指の太さはだいたい美音さんと同じくらいでしたね」

 二人がうなずく。美音は叫んだ。

「やめて!」

 遥香はそれに構わず二人をこちらに来るようにうながした。そしてゆっくりと史穂の指に指輪を通す。

「あ!」

 思わず史穂から驚きの声が漏れた。指輪を外して加恋に渡す。

「すごく……ぶかぶか」

 加恋が指輪を指にはめたまま上下してみせる。

「そうなんです。お二人の指に合わないということは、美音さんの指にも当然合わなかったはずです。それはなぜか……」

「やめて……」

 美音はもう一度言った。だが、遥香は話を続けることをやめなかった。

「それはこの指輪が昇平さんにあてたものだったからです!」

 加恋も史穂も、そして奏多も遥香の方をいっせいに向いた。美音だけが静かにうつむいている。

「まだちょっと分からないんだけど、それってどういうこと?」

 史穂が首をかしげる。加恋は何か感づいた様子で唇を噛んでいる。

「ここからは推測になります。いつからかは分かりませんが、昇平さんは美音さんではない別の女性とつき合っていた。この指輪はその女性からもらったものだったのでしょう。昇平さんは病に侵された美音さんとは別の女性と交際していたことに罪の意識を感じていた。そのうえで、美音さんから余命三か月であることを告げられたとき、とっさに言ってしまったんです。結婚しよう、と」

 遥香以外の全員が息を詰まらせていた。重苦しい空気が立ちこめる。

「もちろん、さしあたり口約束だけで交わされる婚約もないわけではないでしょう。指輪はあとで用意したりね。ですが、先ほども言ったように昇平さんには強い罪の意識があった。だから心でもなく言葉でもなく、きちんと目に見えるような物が必要だったんです」

「でもさ、そんなのすぐ分かっちゃうじゃん。もし、そのときに美音が指輪はめちゃったらさ。そのときはどうごまかそうと思ってたわけ?」

 史穂がまるで昇平が目の前にいるかのように遥香へ詰め寄る。

「おそらく、突発的な行動だったと思いますが、もし理由を求められたら、サイズが合ってなかったみたいだ、とでも言うつもりだったのでしょう。そもそも病身でやつれていたから、病気のせいで指輪のサイズがあってなかったんだと美音さん自身も思うでしょうし」

 史穂はため息をついた。加恋は最低、と吐き捨てる。

「何も言わなかったけれど、美音さんは違和感を覚えていた。だからこそ史穂さんに指輪を渡したんだと思います。同じ指の大きさを持つ史穂さんに。無言のメッセージを託して。違いますか?」

 遥香は美音に向かって言った。美音は顔をこわばらせたままうなずく。

「おかしいとは思ってた。だって、ずっとお見舞いに来なかったんだもん。昇平くん。それどころか電話一つ、メッセージ一つろくにくれなかった。それくらいの時間はあったはずなのに! でも、あのとき指輪を渡されて、もしかしたらって思ったの。もしかしたら、昇平くんはまだ私のこと好きなのかもしれないって。愛してるのかもしれないって!」

 美音がわめくように叫んだ。

「最初、彼がバカにしてるのかと思った。だましてるのかと思った。けど、あの人はそんなことできる人じゃない。だってあの人、弱すぎるんだもん。死にかけている彼女に別れてとも言えない。守ってやるともいえない。そんな人が私をだましきれるはずがない」

 長澤美音は涙ぐんだ目で史穂を見る。

「史穂。ごめんね。私、分からなかったの。自分の指が細くなったからサイズが合ってないのか、それとも別の理由があるのか。もう考えられなかった。自分の体がきつすぎて。考えることを史穂に任せてしまった。私もやっぱりずるいの」

 史穂は二度、三度、首を横に振り、微笑みながら肩を落とした。

「ううん。考えなかったのは私も同じ。だって結局あのリングケース開けなかったんだし。美音のことだから何かしら意味があるんだろうな、とは思ってたよ。でもさ、やっぱりきついよね。中に入ってるものが辛いものしかないって分かってるのはさ」

 三つの紙コップのなかで無数のコーラの泡が無尽蔵に音を立てている。

 加恋がずっとうつむいていた顔を上げた。

「お姉ちゃん、ごめんね。私、お姉ちゃんにずっとわがまま言ってた。お姉ちゃんに甘えて、反発して、憎んで、ほったらかしにして。私、お姉ちゃんの妹でずっときつかった」

 美音の顔が悲痛な表情になる。

「でも、やっと分かった。お姉ちゃんもきつかったんだね。つらかったんだね。気づけなくて、ごめんね」

 加恋は美音に向かってそっと手を伸ばす。美音の手もすっと伸びてくる。二人の手のひらが重なる。

「これで同じだね」

 加恋が笑った。美音も涙をこぼしながら笑う。

「うん。加恋、ありがとう」

「お姉ちゃんもありがとう」

 史穂がその真ん中からあぐらをかきながら言う。

「もし、まだ何か心残りがあんならさぁ。いつでも出てきなよ、美音。このお嬢ちゃんに呼んでもらうから」

「もちろんお代はいただきますよ」

 遥香が微笑みながら指でわっかを作る。史穂が親指を立ててうなずいた。

「さて、みなさん。この箱なんですけれど、もう誰もいらないみたいなので、報酬として私がいただいてもよろしいでしょうか?」

 遥香がみんなに見えるようにリングケースを掲げた。


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