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はるか、かなた  作者: 翡翠
この世より愛をこめて
5/22

同じ

 インターホンを押すとものの数秒で、ドアが開いた。

「加恋ちゃん、おはようー」

 長めのTシャツにデニムというラフな格好の女性が、出てくるなり加恋をきつく抱きしめた。

「史穂さん……、全然変わってませんね」

 加恋が相手の腕の中であきれるようにつぶやいた。

「何? それほめ言葉?」

 そう言ってしまって、ようやく初対面の二人に気づいたらしい。加恋の肩越しに声をかける。

「君たちが探偵と、その助手か。わくわくするね。まぁ、あがってよ」

 さすがの遥香も少したじろぎながら、奏多をうながすように三〇二号室とプレートのかけられたワンルームの部屋に入った。

 西脇(にしわき)史穂の部屋はほとんど何も置かれていなかった。一脚の灰色のソファ、一台の二十四型のテレビ。これがこの部屋にあるほぼすべてだった。奥のクローゼットを開けてみれば、衣類くらいはしまわれているかもしれない。

一見シンプルすぎるその部屋は、本人の短めのラフな茶髪、ユニセックスな服装の感じもあいまってすごく似つかわしく遥香には思えた。

 その部屋の真っ白な壁面に一枚だけ写真がピン止めされていた。そこには新緑が生い茂るログハウスの前でピースする、史穂と美音が写っている。少し黄色がかったその写真は年月の経過を思わせた。

「ああ、これね……」遥香の視線に気づいたのだろう。史穂が不意に口ごもる。「本当はさぁ、こういうのって目につくところに飾っとかないほうがいいんだろうけどさ、結局忘れられないんだよね、美音のこと。良くないよねぇ。いつまでも忘れられないってのもさ」

 パーティー開けされたポテトチップスが絨毯の上に広げられた。紙コップがぽん、ぽん、ぽんとリズムよく置かれて、コーラが登場する。

「君たちはまだお酒飲めなかったんだよね」

 史穂がそう確認する。三人はそろってうなずいた。

「うん。飲めなくてよかった。際限がなくなるからね」

 史穂は大型のペットボトルのふたを回した。一度、二度、三度回してみるがなかなか開かない。

「あれ、おかしいな?」

 そう苦笑してもう一度史穂がふたを回したが、結果は同じだった。遥香が目で奏多に合図する。

奏多は一息にペットボトルのふたを開けてみせる。

「さすがは男の子だね。あぁ、今そういうこと言うのよくないのか」

 史穂は苦笑しながら、ペットボトルを受け取ると紙コップへコーラを順々についだ。ペットボトルを離したあとの手が震えているのを遥香は見逃さなかった。

「もう六年にもなるんだね」史穂は感慨深げに言う。「まだ信じられない。美音が死んじゃったなんて」

 軽い口調だったがその目は笑っていなかった。遥香が紙コップを出し、史穂の分のコーラをつぐ。

「ありがとう。で、早いとこ本題に入った方がいいと思うから言うんだけど、加恋ちゃん、美音に会ったんだって?」

 急に話をふられて動揺したらしい。加恋は少し言葉に詰まってしまう。

「は、はい。正確に言うと天道寺さんに会わせてもらったという方が正しいというか……」

「天道寺さん?」

 それまで正座をしていた遥香が進み出る。

「申し遅れました。わたくし、天道寺探偵事務所の天道寺遥香と申します」

「同じく助手の進藤奏多です」

 史穂は二人から名刺を受け取ると、表面と裏面をじっくり眺めた。

「ふぅん。いっちょ前に名刺なんか出しちゃって。それで? あなたたち霊が見えるんだって。何なら他の人に見せることもできるの?」

「ええ……、なかなか信じてもらえづらいと思いますが」

 奏多が奥歯に物がはさまったような言い方をする。加恋がそれを援護した。

「史穂さん。でも本当なんです。本当に私お姉ちゃんに……」

「本当でも嘘でもいいよ」史穂はため息をつきながら言った。「私にとってはね。美音を忘れないでいてくれる人がいることの方が大事。こうやって来てくれて、話してくれることがすごくうれしい」

「……史穂さん」

 加恋はまた涙ぐんでいる。それがようやく落ち着いたころに遥香が言った。

「史穂さんは美音さんから指輪を受け取られたんですよね」

「ああ、そっか。指輪の話だったね。ちょっと待って」

 史穂は片膝を立てて立ち上がると、クローゼットのなかから小さなリングケースを取り出してきた。

「はい、これ」

 史穂が放り出すようにケースを遥香の前に置いた。

「これは開けてみられましたか?」

 史穂は静かに横に首を振った。

「一回も。結局人の、しかも美音のものだしさ。結局開けずじまいなんだよね」

「開けてみても?」

「どうぞ」

 史穂は微笑みながら言った。

 遥香はリングケースから指輪を取り出すと、いろいろな角度から見ていたが、最終的に奏多へ向かって言い放った。

「奏多、ちょっとこれつけてみてよ」

「何で僕がつけるんですか。恐れ多いですよ」

 奏多は狼狽している。加恋がその横でため息をついた。

「面白い探偵さんだね。いつもこうなの?」

「はい。本当に申し訳ありません」

 奏多は深々と頭を下げた。

「この指輪を美音さんが史穂さんに渡されたとき、何かおっしゃっていましたか?」

「うーん、そうだな。ずいぶん前のことだからね……」史穂は少し考えこむ。「私じゃ返事を決められそうにないから、史穂預かっといて、って言われたと思う。かなり悩んだよ。死にかけの人間にさ。こんな重いもの渡されて」

「……私じゃ返事決められないから、と。史穂さんなら答えを出せると思われたんでしょうか?」

 遥香が問い直す。

「まさか」史穂が笑い飛ばす。「単純に自分じゃ決めきれないから私に預けたんじゃない?私が判断できるわけないのにさ」

 遥香はそれを聞いて深く考えこんだ。加恋と奏多に目くばせしながら、史穂は肩をおとして見せる。

「あ、そうそう。加恋ちゃんのこともよく言ってたよ。美音」

「私の……ことですか?」

 加恋が首をかしげる。

「加恋はなにかにつけ私と比べたがるって。そんなことしなくても加恋は加恋でいいところあるし、気にすることないのに、って」

「そんなことないです!」

 加恋が叫ぶ。

「お姉ちゃんは勉強もできたし、運動もできたし、顔だって、スタイルだって、私よりずっとずっと良かった。同じ姉妹なのに私たち二人は全然似てなかった。お姉ちゃんは優しいのに私はわがままで……」

史穂は微笑みながらため息をついた。

「たしかにね。美音はずっと完璧に見えたから。私だって少しぐらい嫉妬したこともある。でもね、加恋ちゃん。美音と似てるところが少なくても一つだけあるよ」

「……どこですか?」

「手出してごらん」

 史穂はそう言うと、加恋の手首をそっと九十度に曲げ、空中で自分の手のひらと重ねた。

「覚えてない? 美音の手ってさ、指が短くって、太くて、それなりにあの子もコンプレックスだったんだよ。で、私の手も同じように指が短くて、太くて。二人そろってちんちくりんだね、って、笑いあってた。加恋ちゃんの手も私の手と一緒。美音の手と一緒」

「史穂さん……」

 加恋の手が震えている。史穂の手も震えている。

「だからね、もうあんまり気にしなくていい。もう美音が亡くなって六年も経つんだから。自分のいいところだけ見つめていけばいい。それを美音も望んでる」

「……ありがとうございます」

 うつむいている加恋とその頭をなでる美音。それぞれの思いに浸っている二人を見ながら、遥香は小さな声で奏多にささやいた。

「今から美音さんを呼ぶから準備しておいて」

「お嬢様……、じゃあ」

「これで解決したんじゃないかな。思ったとおり後味は少し悪そうだけどね」


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