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後夜

一年後の同じ時期、旅人は、山奥に佇む荒れ果てた山荘に来ていた。以前より更に荒廃が進み、玄関とおぼしきドアも長らく開けられた形跡がない。

「居ない方が正解。」

そう独りごちながら、旅人はドアまでの木製の階段をふた足で上った。

もうそろそろ夜が明ける頃だが、山はまだ暗い。

下界より数度低い気温だが幸いにも道の凍結はなかった。

旅人はあのときのように軽くドアをたたいた。返事はなかった。

念のため、ドアノブを軽く回すと、思いのほか簡単に戸は開いた。闇の中に小さい光が一点滲んでいた。

途端に、旅人は軽い動悸を感じ、そっとそちらに近づいた。

ランタンのようなものの光の近く、キッチンにその男は立っていた。一年前より細い。髪は肩まで伸び、髭が口の周りを覆っていた。唇は白くひび割れているのが分かった。経った年月以上に、男の変貌は激しかった。

気配を感じたのか、男はゆっくりと、旅人の方を向いた。

「…ああ…、こんばんは。やっと来ましたね。」

声は掠れていたが、よく知った隣人を迎えるような調子で男は話した。

旅人はしばらくポケットに両手を突っ込んだまま、男を眺めた。

男も黙って、旅人を見つめ返していた。

「……約束、果たしに来ました。まだ、自分の思うとおりの夢を見ることが出来るツボを探し当てた訳ではないんですけれど…。一年前より腕は上がってます。

それで、以前伺った質問についてですが、あなたの答えは見つかりましたか?」

幽鬼の口角が微かに上がった気がした。

「ええ。あの後ずっと何度も考えたんです。私を幸せにしてくれる夢とはどんなものなのか。でも、どう考えても、思い出せる、思い浮かべる光景は同じだという結論に辿り着くんです。

だから、それが私の幸せな夢です。」

「それで、それはどんな夢です?」

男は、床の方に視線を落とし、何かを思い出しながら、楽しそうにも聞こえる小さな声で答えた。

「夜のない夢を見せてもらえれば十分ですよ…。」


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