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日中

「今日は大漁でしたね。」

 彼の明るい声が、外に設えられたテラスのテーブルから聞こえる。

 私は、その声を心地よく聞きながらコーヒーを淹れた。

 最近、彼が持ってきたコーヒー豆を挽く時の香りが私を癒やす。

 ポットから細く落ちる熱湯の湯気を眺めている間も、彼の声は続いていた。

「これ、子嚢菌門ですよね?いつも思うけれど、水虫とトリュフが仲間って、何というか感慨深いんだよな。」

 二つのカップにコーヒーを注ぎ分けながら、彼の声をのんびりと聞き流す。

「これ、食べられるかな?見た目はすごくグロテスクだけれど。」

 私は笑って応えた。

「食べる地方はあるって聞くけれど、慎重に扱う方がいいだろうね。シャクマアミガサダケはギロミトリンを含有しているから。」

「え!毒キノコですか?!俺、素手で触っちゃったけど大丈夫かな?」

 慌てた声色が続く。

「経口しなければ大丈夫だよ。あ、煮沸した時の湯気は毒だから吸わないように注意する必要があるね。ここら辺ではあまり見かけたことがなかったから思わず採っちゃった。」

 トレーに二人分のコーヒーを載せ、彼の待つテーブルに運んだ。

「ありがとうございます。」

 微笑みながら彼は私から彼用のマグカップを受け取った。

「これを食べる地方って、どうやってこれが食べられるって分かったんでしょうね。たくさんの犠牲の上に成り立っているだろうな。」

 ネットで出回る映像より控えめな見た目の毒草を指でつつきながら彼は言った。

「救荒植物だったんだろうね。ただ、きちんと調理すると美味しいって。」

「挑戦してみますか?」

 大げさに眉根を寄せて私に伺いを立てる彼の様子に苦笑いして私は応えた。

「止めておこう。君を失いたくないよ。」

「死ぬなら一緒に、ですよ。結構、幸せな最期かもしれない。」

 冗談で言う彼の顔を見ながら、私は密かにその幸せを想像した。

「…いや、私は、しばらくは生きて君とこんな時間を過ごす幸せを噛みしめたいね。」

 軽口にしたかったが、自分でもひどく切実に聞こえる台詞だなと危ぶんだ。

「嬉しいお言葉です。」

 軽く肩をすくめ茶化すような声色であったが、彼はとろけるような笑顔でそう言った。

「そうですね。死ぬ瞬間より、こうやって一緒にいる時間の方が今は重要ですね。現に今、すごく幸福だから。」

 少しはにかみながら、彼は続けた。

「今ね…、すごく気障なこと言いたくなったんですよ。すぐに忘れて下さいね。

…俺、生まれて初めて、こんな幸せな気持ちになれています。ここにいる時、先生と一緒にいる時、先生と…一緒に眠る時には全然違和感がない。

 先生といる時だけ、幸せになれる。

…中学校の頃から、女の子と一緒にいるのに違和感があった。友人としている分にはいいのだけれど、恋愛感情を告げられると途端に生理的な嫌悪感が広がった。そんな自分が嫌でしょうがなかった…。」

 彼のこれまでの境遇について、私から尋ねることはなかった。彼が話すことだけを受け取っていた。自分のことについても、彼に伝えたことはなかった。

 彼からこの告白を受けて、私もたくさんの言葉を積みたい衝動に駆られたが、言えなかった。

 ただ、この場所の、秋の美しいこの空気を、二人で愛おしんだ。


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