やっと幸せになれたのに
あの女に謝罪をした時の屈辱は、九年経っても忘れない。
「…でも、今の幸せを壊すわけにはいかない」
そう、その思いだけで必死に努力し続けている。
教会で謝罪をした後、憔悴しきった私に神父様は言った。
『謝罪の後の行動こそが大切です。神も人も、貴方方を良く見ていることをお忘れなく。…正しい道を歩みなさい。きっと、そこに幸せがあります』
普段の私だったら、心に響かなかったと思う。
けど、神経をすり減らした私には何かが響いた。
神父様の目が、殊更優しかったからかもしれない。
「リナ、今日は子供たちは?」
「元気に遊びまわって、勉強も頑張っていましたよ。今はぐっすりと寝ています」
あれから私は、病弱設定をかなぐり捨てた。そして、私がどん底まで落とした両家の信頼を回復するためお詫び行脚でもなんでもした。
贅沢もせずに、孤児院や養老院への寄付や慰問などの善行を積んだ。誰にでも優しくした。それはクレマン様も同じだった。
そしてなんとか結婚して、お腹を痛めて大好きな人の子供を産んだ。
神父様の言う通り、そこに幸せはちゃんとあった。
そのはずだった。
その日たまたまクレマン様と二人で訪れた王都。そこで号外の新聞を見たら、あの女と第三王子殿下の結婚が載っていた。
「嘘だろ…」
「…」
あまりの怒りに、感情が抜け落ちた。私たちをどん底へと突き落とした女が、第三王子妃?リアクションを取ることすらできなかった。
「…リナ、行こうか」
「はい、クレマン様」
それでもどうにか自分に喝を入れて、クレマン様には普通に見えるように振る舞った。
けれどその日はなんでもない振りなんかしないで、はやく用事を済ませて帰るべきだった。
「お幸せにー!」
「ご婚約おめでとうございます!」
クレマン様がパレードを見てしまった。あの女と第三王子殿下の、ご婚約をお披露目するそれ。
私はあの女に怒りしか感じなかった。
でも。
クレマン様は、あの女に見惚れていた。
「「「「「………おーっ!!!」」」」」
歓声が上がった。
第三王子殿下が、あの女の頬にキスをした。
それを見た時のクレマン様の表情で全て悟った。
クレマン様の気持ちに気付いて、クラクラする。
ああ、クレマン様は…今更あの女に惚れ直した。
「…はぁ」
それからは、無理矢理クレマン様を引っ張って帰ってきた。
なにかとため息が出るクレマン様を見て絶望しか感じない。
「…ああ」
その呟きだけでわかる。
やっぱり、幸せなんてここにはなかった。
築き上げたモノは一瞬でぶち壊し。
怒りに燃える己を、もう抑えられなかった。




