口惜しい
「父上、残念です」
「…っ、せめて、せめてあの第三王子を始末するまで待ってくれ!」
「いいえ、いけません。貴方は失敗しました。第三王子にこれ以上危害を加えたら、可愛い妹の将来に障る。アベラの幸せを願うなら、どうぞ私に爵位を譲り蟄居なさってください。あの子のことは…甥たちのことも、私にお任せください。父上ほどの熱量でなくとも…愛はある。本当に」
息子に爵位を継承させるための書類。サインしてしまえばもう愛するアベラに会えないことはわかっていた。可愛い孫たちにも。
「…」
だが、私がアベラの幸せの邪魔になるというのなら。
何を迷うことがあるだろうか。
そう、私は失敗した。
ならば潔く諦めるのがアベラの幸せだろうか。
「…その方が、アベラは幸せになれると思うか」
「はい、確実に」
「…わかった」
サインをする。
それは私の人生の終わりを示していた。
「…父上。それでも私は、父上を尊敬します。母と妹を真っ直ぐに愛した貴方を、心から」
「そうだな。結局私には、妻と息子と娘しか見えていなかった」
「え」
驚いた顔に首を傾げれば、動揺した息子に言われた。
「私にも興味があったのですか。こんなに出来の悪い子ですのに」
「何を言う。お前は昔から優しく優秀で良い子だっただろう。自慢の息子だ。そうでなければ後継として認めない。そもそも目元のホクロが妻そっくりなのに興味がないわけないだろう」
「…ははっ」
息子の手で、私は敷地内にある別邸の一室に監禁されることになった。最後に見た息子の顔は泣きそうなもので、そこで初めて愛が伝わってなかったと気付いた。
もしかしたら私の愛は伝わり辛いのだろうか。アベラには伝わっていただろうか。孫たちには伝わっていただろうか。
…なにもすることがない、幽閉生活。せめて、神に一心に祈ろう。息子と、娘と、孫たちの幸せを。
「…もし、可能なら」
息子と娘、孫たちに愛を伝えたい。
もう、遅いが。
伝わっていたと思っていた。
独り善がりだったのがとても悲しい。
ああ、失敗したのがこんなに口惜しい。
「…あの娘」
世話係の娘さえいなければ、こうはならなかったのに。
ああ、口惜しい。
口惜しい。
「あの娘さえいなければ」
クレマンとかいうガキがいなければ、あの娘が来ることもなかったという。
クレマンとかいうガキを呪う。全てはあのガキが悪いのだ。あの娘を第三王子の元に寄越したクソガキめ。
「クレマン・ヒューゴ・マルタン…私の邪魔をしてくれた罰、必ずや貴様に下るだろう」
お前さえあの娘を幸せにしていれば、全ては丸く収まっていたのだ。
責任転嫁だろうがなんだろうが、そうなのだ。




