返しきれない恩と罪悪感
「…」
ワインを流し込む。
「…ああ」
いつかはこんな日が来るとは思っていた。むしろここまでよく無事だった。
けれど。
「声が、出なくなるとは」
末の息子は、世話係に守られたとはいえ心に深い傷を負った。
声が出せなくなるほどに。
狙撃犯は捕まえた。地下牢に閉じ込めた。拷問にかければ、口を割るのも意外と早かった。やはり義父…王妃の父の仕業だった。
「…せっかく、幸せそうにしていたのに」
末の息子のことは時折ちらっと様子を見ていたが、言葉を交わすことはなくとも幸せそうなのはわかっていた。
それなのに、このタイミングで暗殺未遂。
なんてことをしてくれたのか。
「だが、彼女が守ってくれた」
末の息子を何度も救ってくれたアンナ嬢。再び奇跡を起こしてくれた。
…けれど、本人が傷を負った。
「彼女には、本当にどう恩を返せば良いのか…」
返しきれない恩に、どうしようもない罪悪感に押しつぶされそうだ。
「やはり、今回の暗殺未遂の件は口止めした上で世話係の任を解き…褒賞をたっぷりと与えて良い婚約を用意してやるのが良いだろうか」
そのくらいしかしてやれまい。
「まあ、その辺りもアンナ嬢がある程度落ち着いてからだな。勝手に相手を決めては、またアンナ嬢の良さに気付かない愚か者に当たる可能性もあるし」
アンナ嬢の良さは見た目では測れないからな。
「…アンナ嬢の方は回復を待つとして、今は暗殺未遂の方だな」
狙撃犯には、拷問もたっぷりと堪能させたし証言も得た。なので息子達も起きてこない深夜帯に毒を与える。今回の毒は、遅効性のものでかなり苦しみ抜いてから終わりを迎える代物だ。まあ、仕返し程度にはなるだろう。
公の罪は与えない。そもそも今回の暗殺未遂は公にはしない。なので、狙撃犯の死体も内々に処理される。
事件をなかったことにするのは、当然黒幕がラジエルとラファエルの祖父だからだ。ラジエルの王位の継承に障るし、ラファエルの騎士団長という夢にも影響が出かねない。
「とはいえ、いい加減決着をつける必要がある」
公の罪には問えずとも、爵位をいい加減義兄に渡させて蟄居させる必要がある。
義兄もまあ私を恨んでいるが、義父ほどではないしサミュエルへの恨みはないようなので代替わりさせれば問題ない。
…問題ないと思いたい。
「ああ、あとは…アンナ嬢の兄君には、どうしたものかな」
相当なシスコンと見える。むしろ後が怖いのはこっちな気がするのは気のせいだろうか…。




