とある国王のわがままな王命
「サミュエルの世話係の婚約を王命で破棄しろ?」
「はい、父上」
「…まさか、ラジエルがそんなことを言い出すとは思わなかった。いつのまにそこまでブラコンになったんだ」
「まあ聞いてください、父上」
息子の言葉に、とりあえずは耳を傾ける。
「サミュエルはこの国の第三王子です。それなのに冷遇され、本来与えられるべきだったものを奪われていた」
「…」
「そんなサミュエルに、愛情と教育、そして健康まで与えてくれたのが世話係のアンナです」
それはそうだ。知っているとも。
「そんなアンナは、婚約者に蔑ろにされています」
「…ほう?」
それが本当ならば、私としても面白くはない話だ。彼女は息子の恩人とも言える、息子お気に入りの世話係だから。
「アンナの婚約者は、アンナを邪険にして病弱だという幼馴染ばかりを可愛がる。そんな婚約者とその幼馴染に、アンナは相当悩まされていたようです」
「ふむ」
「このまま結婚しても、アンナの幸せはそこにないでしょう。そして、アンナ自身結婚するよりこのままお世話係を続けたいと周囲の使用人に話していたようです」
「なるほど」
言いたいことはわかった。
「だから、王命で婚約を破棄しろと言うのだな。私のせいで不幸になった息子を救ってくれた女性を、今度は私が罪滅ぼしとして救えと。そして不幸にした息子がこれからは幸せでいられるように世話係を続けさせるようにしろと」
「はい。サミュエルへの罪滅ぼしの良い機会ですよ」
「むう」
「滅多にないサミュエルのわがままですよ」
「…わかった」
ここまで言われて断れるほど強い私ではない。まあ、この私が言えたことではないがこの国の国教では不貞行為は厳禁だ。王家にのみ側室制度があるとはいえゴリ押しした私が言えたことではないが、まあ国教に反する行いだと断罪すれば一応婚約破棄の王命の道理は通る。一応。
「…それと、あともう一つ」
「うん?」
「王命での婚約〝破棄〟。解消ではなく、破棄です。それも、アンナは第三王子であるサミュエルの〝お気に入り〟。浮気の噂も流れていることですし、どちらに非があるかなどすぐにわかるでしょう。…仕返しするまでもなく、潰せます」
「我が息子ながら末恐ろしい…」
「レッテル貼りも我が優秀な弟にお任せ下さい」
やめてやりなさいよ、とは思うが相手はサミュエルの大切な世話係を蔑ろにした男。情けをかける理由はない。
「…やり過ぎると却って面倒も増える。ほどほどにな」
「はい、父上。では、王命よろしくお願いします」
「…はぁ」
私的な理由で王命を下すことは二度としないつもりでいたが…まあ、婚約者に浮気された不幸な少女を不本意な結婚から守るためだ。
そう思うことにしよう。
私は王命を下し、クレマン・ヒューゴ・マルタンの有責でアンナ・ミラ・ディオールとの婚約を破棄させた。
相手の有責ということで、マルタン公爵家はディオール公爵家に多額の賠償金を支払うことになった。
これで少しは、アンナ嬢へ恩を返せたことになればいいのだが。
「この度は妹の婚約を潰してくださりありがとうございました。クソ野郎に妹を渡さずに済んで本当に良かった」
どこもかしこもブラコンシスコンまみれか。やめてくれ。
「そ、そうか」
「しかし今回は何の御用でしょうか?」
「アンナ嬢に、これからも息子の…第三王子の世話係を続けてもらいたい。今まで冷遇してきた手前、第三王子の健気なわがままを断れないのでな。そちらからよろしく伝えてくれないか」
「それはもちろんです。妹にとっても光栄でしょう。ですが何故それを私に?」
「私から頼んだら、アンナ嬢が断りたくても断れないだろう」
私がそう言ったら、ヴィクトルとかいう最近ディオール公爵家を継いだばかりの若いのはにっこりと笑った。
「妹の意思を尊重していただけて嬉しいです。でも、妹はもはや第三王子殿下のお世話係が天職だと思っているようなので断らないと思いますよ」
天職、か。
「アンナ嬢がいてくれて、本当に助かっている。…ありがとう」
「いえ、こちらこそ妹をよろしくお願いします」
席を立ち帰っていったヴィクトルを見送った私は、ため息をつく。
「これでなにもかも上手くいくのであればいいのだが」
変な火種にならないことを祈る。




